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4 騎士と破壊のお姫さま編

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「にゃぁぁぁ」

「逃げるわけ?」

 シュッと風を切る音を立てて、破壊の大鎌を振り回す。
 ここには邪魔なものがない。何ひとつない。自由に動けてとてもいい。

 大鎌の見た目は、私の身長に不釣り合いなくらいの長さと大きさ。でも、重さは感じない。それが魔剣だ。

 三番目は大鎌をギリギリで避ける。

「がはっ」

 と見せかけて、大鎌を急転させると、見事に三番目の腹にめり込んだ。

「小動物を虐待してるみたい」

 黒い大理石のような床に丸くうずくまる猫を見て、口から言葉が漏れる。
 猫の姿をしてはいるけど赤種。小動物ではない。小動物ではないけど見た目は猫。

「ちょっと、やりにくいなぁ」

「さっきから、殴り回していて、やりにくいも何もないだろ!」

「あ、まだ喋れるんだ」

 うずくまったまま抗議の声をあげた猫は、私の冷めた声を聞いて、体躯をビクンと震わせた。

 後ずさろうとしている。うまく動けない。ヨロヨロと立ち上がってはペタンとうずくまる、を目の前で繰り返す。

「そろそろ終わりにしようかな」

 私はゆっくりと、猫に近づいていった。




 世界が暗転した後、目を開けると、例の空間が広がっていた。

 姿見があちこちに浮かぶだけの広い空間。時間と空間の狭間にあるという、始まりの三神の神殿だ。

 神殿で猫を苛めるっていうのも、どうかとは思うけど。
 大神殿の裏庭でやり合えば、他に被害が出る。責任取れと言われて直させられるのは目に見えていた。
 ならば、赤種以外は立ち入れないここでやり合った方がまだ、マシというもの。

「四番目、転移はできないんじゃなかったのか?!」

 三番目が、聞いてないとばかりに驚きの声をあげるのに対して、私は首を傾げた。

「転移ができないなんて、言った覚えないし」

「確かに見た。四番目が転移に失敗するところ。それに一番目も言っていた。トカゲのせいで四番目の能力が制限されてると」

「だから、『転移ができない』とは誰も言ってないよね」

 バカにしないでもらいたい。

 元々、転移はできる。
 ただ、ラウから離れる方向へ転移ができなかっただけ。それも最初の内だけだ。

 私だって、日々努力してるし日々進歩している。覚醒直後のままだと思わないでもらいたい。

「騙したのか」

「騙すも何も、そっちが勝手に勘違いしただけでしょ」

 私は静かに告げて、左手を横に振る。
 すると、振った方にあった姿見がすーっと消え、何もない空間ができあがった。

 破壊の大鎌をくるりと回して、肩に担ぎ上げたら、準備完了だ。

「悪い猫はしっかり躾ないとね」




 こうしてヨロヨロの黒猫ができあがる。

 ゆっくり近づく私を避けるように、少しずつ後ろに下がっていた猫が、ついに動けなくなった。

 ペタンと座り込む猫の身体から、突然、緋色の魔力が溢れ、黒い大理石の床に広がっていく。
 と思ったら、猫自身が緋色の霞のようになっていった。

 様子がおかしい。

 逃げられないよう、紅の魔力で取り囲むと、緋色の霞が徐々に人型となり、若い男性が現れた。

「ちっ。切れたか」

「そっちが本体?」

 床に座り込んだ三番目は人間だった。

 年齢はラウより少し上くらい。体つきはほっそりしている。
 座り込んでいるので背の高さはよく分からない。メモリアより少し大きいくらいかな。

 柔らかそうな黒髪が額にかかるのをかきあげる仕草は、どこか、けだるさを感じる。

「普段は猫型になってるだけだ」

「え? 趣味?」

「そんなわけあるか。隠れて行動するのにちょうどいいだけだ」

 テラが言ってたね。

『三番目は表舞台には出てこない。ひっそり隠れて変化を与える。それが三番目だ』

 だから、いつもは赤種だと分からないよう、猫に姿を変えて行動してるのか。
 三番目の権能は変化。姿を変えるのなんてお手のものだ。
 これでいろいろ合点がいった。

 でも、いつも猫になってるということは、いつも誰とも接しないということでもある。寂しくないのかな。

 そんな三番目をじっと見つめて、私はあることに気がついた。

「で、それは性癖?」

 思わず、三番目を指さしてしまう。

「何が性癖だよ?!」

「服を着ないで、うろついているってことでしょ?」

 猫から人間に姿を戻した三番目は、どこからどう見ても裸だった。隠しもしないで目の前で堂々と胡座をかいている。

 見てる私も私だけど。

「さっきまで猫だったせいだろうが」

「猫って全裸で外を歩いてるんだよね」

「猫はそういう生き物だろ!」

 顔を真っ赤にして、手をパタパタと振る三番目。

 いつの間にか、その手に黒い布が握られていた。前を隠すようにしながら、手にした物を広げる。

 着るものあるなら、最初から着てくれていいのに。

 黒い布はフードが付いた薄手の外套のようなものだった。それをそそくさと羽織って、前を閉める。
 丈の長さはどう見ても中途半端なので、裸に直に着るようなものではなさそう。

 裸に外套って、もう、ヤバい人にしか見えない。

「確かにラウも見せたがるけどなぁ」

「見せるのか?!」

「ラウは室内だけだから」

「粘着質の上に露出狂かよ」

「全裸に言われたくないよね。そっちは野外でも丸出しだし」

「猫はそういう生き物なんだよ!」

 顔を真っ赤にして立ち上がる三番目。
 見立て通り、メモリアより少し大きいくらい、男性としては平均的な身長だ。

 ちょっと見下ろされる。

 なんかムカつく。

 裸に外套を羽織っている人に、猫の生態を語られてもな。

「なんで、そんなにトカゲの肩なんて持つんだよ! 普通は、同種の肩を持つものだろ?!」

「あー、私、普通って知らないから」

 立ち上がった三番目が、ずいっと距離を詰めた。
 私より背が高いからって、気も大きくなってるんだろうか。

「なんだよ、なんでだよ。だいたい、トカゲよりオレの方が何倍も良いだろ!」

「え? どこが?」

「容姿だって、身体だって、能力だって、性格だって!」

「見た格好の変態さはラウに勝ってる」

 顔を赤くして、一歩一歩、詰め寄ってくる。
 裸に外套な人に近寄られても、いい気はしないし、問いかけの内容にも同意しかねる。

「なんだよ、その嫌そうな顔!」

 あ、顔に出てたか。

「オレだってな、ちゃんと服を着ればトカゲより格好いいんだ!」

「服を着てない時点で、人として失格だよね」

 三番目の言い分はどう聞いても、子どものワガママにしか聞こえない。
 駄々をこねる子ども。それが三番目だ。

「認めない」

「はぁ?」

 駄々をこねる三番目がまた訳の分からないことを言い出した。

 視線は私を捉えたまま、悔しそうな、やりきれなさそうな、私が何か悪いことをして傷つけられたような、そんな顔で睨んでいる。

「認めないぞ、四番目。あんなトカゲが良いだなんて、絶対にオレは認めない!」

「あ、そう。別に誰かの許可なんて要らないから」

「目を覚ませよ、四番目!」

 何この、しつこさ。

 政略結婚ならともかく。
 恋愛も婚姻も、相手と思いが通じ合ってこそ、だと思う。

 三番目は自分の言いたいことを言って、やりたいことをやっているだけ。相手がどう思っているかなんて、まるで考えていない。

 ならば、私も同じことをする。

「そっちこそ」

 私の素っ気ない言葉に三番目がキレた。

「認めないぞ、四番目!」
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