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4 騎士と破壊のお姫さま編
5-4 騎士は悟る
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「ジン!」
ネージュ様の最期の叫び声。
俺は悲痛な叫び声で目が覚めた。まだ、耳の奥に生々しく残っている。
汗ばんだ額を拭って、身体を起こし、窓を見る。カーテンがうっすら明るい。どうやら夜は明けたようだ。
もう一度、寝直して、同じ夢を見るのも辛いので、俺はベッドから降りる。
「ネージュ様は消えてしまわれた」
大神殿での話し合い。
俺はこれでネージュ様が戻っていらっしゃるきっかけができると思っていた。浅はかにも。
身体の汗を拭い、寝衣から部屋着に着替える。
いつもなら稽古着に着替え、朝の訓練をしているが、今はそんな余裕がない。身体全体に力が入らない。
何か大事なものが身体の中心から抜け出てしまったようで、虚無感が全身を襲う。
「ネージュ様が消えて、クロスフィア様になられた」
真実は簡単だった。
覚醒前がネージュ様で、覚醒後がクロスフィア様。クロスフィア様は元ネージュ様だけど、ネージュ様そのものではない。
言葉遊びをしているようで混乱する。
どっちでも同じじゃないかとも思う。
しかし、クロスフィア様にとって、赤種にとってはまったく違うことらしい。
身体がだるい、頭が痛い。
俺は自室を出て階下に降りた。まだ朝も早い時間で誰も起きていない。静かだ。だるい身体を引きずるようにして外に出た。
明らんできた空を見上げたとき、ふと、耳にネージュ様との最後の会話が聞こえてくる。
「クッキーをご用意しておきます」
「メモリアの紅茶もお願い」
「かしこまりました」
この時。無理を言ってネージュ様に同行すれば、ネージュ様の隣にいるのはあの男じゃなく自分だったのではないか。
ずっと思っていたことも否定された。
「正直なところ、あそこにお前がいても、グランフレイムのバカたちに対して、何もできなかった」
あの場では反論したが、きっと、バーミリオン様の言う通りだった。
「良かったじゃないか。目の前でネージュが落とされるところを見ないで済んで」
バーミリオン様の蔑むような言葉が俺の心を深く抉った。
「ジン、早いじゃないか。お前も眠れなかったのか?」
「父さん」
小ぎれいに管理されている庭園で、声をかけてきたのは父だった。
穏やかな声、穏やかな顔。何かがなくなってスッキリしたような穏やかさだ。俺とはまったく違う。
そんな父を見て、なんでこんなに朝早く、と思う前に、別のことを思ってしまった。
「父さんはなんでそんなに、穏やかでいられるんだ?」
あのネージュ様の最期の映像を見て。ネージュ様が消えたという事実を聞かされて。なのになんで。俺はこんなに空っぽになってしまったのに。
「父さんだって、あの映像は衝撃的だったぞ。おかげでよく眠れなかった」
父の言葉で我に返った。
そうだった。まだ、空が明るんできたばかりの時間だった。
空はどんどん明るくなってきているが、こんな時間にここにいるってことは、俺と同じく眠れなかったんだ。
俺は恥じるように下を向き、何か言わないとと思って、言い訳じみたことを口にする。
「俺は身体の力というか、気力が抜けたようで、空っぽの気分だ」
「今までずっと、気を張っていただろうからな」
「あぁ、そうかもしれない」
空をもう一度、見上げる。
曇りがちのこの季節には珍しく、雲一つない、澄み渡った空だった。
父のようにスッキリとした、俺の心のようにガランとした空。
「お前はずっと、やるべきことはやってきた。努力もしてきた。今回だってやれるだけのことはやった」
「結局、無駄に終わったじゃないか」
俺は澄み渡った空から目を背けた。
そんな無気力な俺に父は声をかけつづける。
「人生に無駄なことなんてないぞ」
「本当に?」
「今回だって、クリムゾン様が元ネージュ様だということが分かった。ネージュ様の記憶も持っていらしたのも分かった」
「でも!」
「ネージュ様をお迎えすることは叶わなくなったが、クリムゾン様はご自身の居場所を見つけられ、充実した生活を送られてる」
俺の顔に光が差した。日が登ってきたようだ。一気に辺りが明るくなる。
「お前の目的は達成できたじゃないか」
「俺の目的?」
俺の目的はなんだ? ネージュ様をお迎えすることだったか? ネージュ様のおそばにいることだったか?
違う。ネージュ様の健やかな生活だ。
それを守るために、俺はあそこにいたんだ。なのに!
「それに、クリムゾン様のあの身のこなしは、お前が身につけさせたものだろう?」
父の言葉にハッとする。
大神殿のあの身のこなしも、武道大会でのあの動きも、俺が教えたものだった。
ネージュ様に危険がないように。万が一の時には、ご自身で身を守れるように。
「クリムゾン様をお守りする役に立っていて、良かったな」
ネージュ様は消えてしまわれたが、クロスフィア様の中に引き継がれているんだ。
そして、健やかに楽しそうに暮らしていらっしゃる。
一番そばでお支えすることができなくなった。ただ、それだけだ。
目の奥がじんとしてきて、父の顔が滲んだ。言葉が何も出てこない。
「今度は次の目的を探す番だぞ」
朝日がきらめいて、父の顔がはっきり見えない。声だけが俺に届く。
「お前も疲れてるだろうから、ゆっくりでいい。それと」
父が俺の肩に手を置いた。
「そのペンダント。クリムゾン様に直してもらえて良かったな」
遺品となったペンダントの割れた紅い石が元の姿に戻り、俺の胸でキレイな光を放っていた。
ネージュ様の最期の叫び声。
俺は悲痛な叫び声で目が覚めた。まだ、耳の奥に生々しく残っている。
汗ばんだ額を拭って、身体を起こし、窓を見る。カーテンがうっすら明るい。どうやら夜は明けたようだ。
もう一度、寝直して、同じ夢を見るのも辛いので、俺はベッドから降りる。
「ネージュ様は消えてしまわれた」
大神殿での話し合い。
俺はこれでネージュ様が戻っていらっしゃるきっかけができると思っていた。浅はかにも。
身体の汗を拭い、寝衣から部屋着に着替える。
いつもなら稽古着に着替え、朝の訓練をしているが、今はそんな余裕がない。身体全体に力が入らない。
何か大事なものが身体の中心から抜け出てしまったようで、虚無感が全身を襲う。
「ネージュ様が消えて、クロスフィア様になられた」
真実は簡単だった。
覚醒前がネージュ様で、覚醒後がクロスフィア様。クロスフィア様は元ネージュ様だけど、ネージュ様そのものではない。
言葉遊びをしているようで混乱する。
どっちでも同じじゃないかとも思う。
しかし、クロスフィア様にとって、赤種にとってはまったく違うことらしい。
身体がだるい、頭が痛い。
俺は自室を出て階下に降りた。まだ朝も早い時間で誰も起きていない。静かだ。だるい身体を引きずるようにして外に出た。
明らんできた空を見上げたとき、ふと、耳にネージュ様との最後の会話が聞こえてくる。
「クッキーをご用意しておきます」
「メモリアの紅茶もお願い」
「かしこまりました」
この時。無理を言ってネージュ様に同行すれば、ネージュ様の隣にいるのはあの男じゃなく自分だったのではないか。
ずっと思っていたことも否定された。
「正直なところ、あそこにお前がいても、グランフレイムのバカたちに対して、何もできなかった」
あの場では反論したが、きっと、バーミリオン様の言う通りだった。
「良かったじゃないか。目の前でネージュが落とされるところを見ないで済んで」
バーミリオン様の蔑むような言葉が俺の心を深く抉った。
「ジン、早いじゃないか。お前も眠れなかったのか?」
「父さん」
小ぎれいに管理されている庭園で、声をかけてきたのは父だった。
穏やかな声、穏やかな顔。何かがなくなってスッキリしたような穏やかさだ。俺とはまったく違う。
そんな父を見て、なんでこんなに朝早く、と思う前に、別のことを思ってしまった。
「父さんはなんでそんなに、穏やかでいられるんだ?」
あのネージュ様の最期の映像を見て。ネージュ様が消えたという事実を聞かされて。なのになんで。俺はこんなに空っぽになってしまったのに。
「父さんだって、あの映像は衝撃的だったぞ。おかげでよく眠れなかった」
父の言葉で我に返った。
そうだった。まだ、空が明るんできたばかりの時間だった。
空はどんどん明るくなってきているが、こんな時間にここにいるってことは、俺と同じく眠れなかったんだ。
俺は恥じるように下を向き、何か言わないとと思って、言い訳じみたことを口にする。
「俺は身体の力というか、気力が抜けたようで、空っぽの気分だ」
「今までずっと、気を張っていただろうからな」
「あぁ、そうかもしれない」
空をもう一度、見上げる。
曇りがちのこの季節には珍しく、雲一つない、澄み渡った空だった。
父のようにスッキリとした、俺の心のようにガランとした空。
「お前はずっと、やるべきことはやってきた。努力もしてきた。今回だってやれるだけのことはやった」
「結局、無駄に終わったじゃないか」
俺は澄み渡った空から目を背けた。
そんな無気力な俺に父は声をかけつづける。
「人生に無駄なことなんてないぞ」
「本当に?」
「今回だって、クリムゾン様が元ネージュ様だということが分かった。ネージュ様の記憶も持っていらしたのも分かった」
「でも!」
「ネージュ様をお迎えすることは叶わなくなったが、クリムゾン様はご自身の居場所を見つけられ、充実した生活を送られてる」
俺の顔に光が差した。日が登ってきたようだ。一気に辺りが明るくなる。
「お前の目的は達成できたじゃないか」
「俺の目的?」
俺の目的はなんだ? ネージュ様をお迎えすることだったか? ネージュ様のおそばにいることだったか?
違う。ネージュ様の健やかな生活だ。
それを守るために、俺はあそこにいたんだ。なのに!
「それに、クリムゾン様のあの身のこなしは、お前が身につけさせたものだろう?」
父の言葉にハッとする。
大神殿のあの身のこなしも、武道大会でのあの動きも、俺が教えたものだった。
ネージュ様に危険がないように。万が一の時には、ご自身で身を守れるように。
「クリムゾン様をお守りする役に立っていて、良かったな」
ネージュ様は消えてしまわれたが、クロスフィア様の中に引き継がれているんだ。
そして、健やかに楽しそうに暮らしていらっしゃる。
一番そばでお支えすることができなくなった。ただ、それだけだ。
目の奥がじんとしてきて、父の顔が滲んだ。言葉が何も出てこない。
「今度は次の目的を探す番だぞ」
朝日がきらめいて、父の顔がはっきり見えない。声だけが俺に届く。
「お前も疲れてるだろうから、ゆっくりでいい。それと」
父が俺の肩に手を置いた。
「そのペンダント。クリムゾン様に直してもらえて良かったな」
遺品となったペンダントの割れた紅い石が元の姿に戻り、俺の胸でキレイな光を放っていた。
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