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5 出張旅行編
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うん、でもこういうときって、なんて話しかけたらいいんだろう?
とりあえず、共通の挨拶はこれだ。
「こんにちは」
ちょっと平凡すぎたかな?
怪しい人物にしても、無理矢理出入り口を作った侵入者が挨拶してくるとは思わなかったらしく、一瞬、ビクッとする。
でも、それは一瞬のことで、低い声で挨拶が返ってきた。
「あら、こんにちは」
女性の声だ。少し掠れて少し疲れたような声。
フードを深く被っていたので分からなかったけど、どうやら女性のようだ。女性にしてはずいぶんと背が高い。
いつもなら、鑑定眼で相手の正体はすぐ分かるのに、ここではなぜか鑑定眼がよく機能していない。霞がかかったような感じ。
目の前の人物の魔力か、床の魔法陣か、はたまたこの空間そのものが何か作用しているらしい。
その上、ここは外の空間より暗い。
鑑定眼でもぼんやりとしか視えない上、目視でもぼんやりしている。
少しでも近くで視ようと、私は注意深くその女性に近づいた。
後ろにはユクレーナさんの気配がする。なんだかんだ言って入ってきたユクレーナさん。外に一人いても危険だもんね。
慎重に近づき、魔法陣の手前で足を止める。さすがに魔法陣に踏み入れるのは危険だろう。
ユクレーナさんも私の隣に並んでいた。
そういえば、ユクレーナさんが首に巻いていたストールが無くなっている。
もしかしたら、ラウたちへの目印として出入り口に掛けてきたのかも。
こういった行動一つ取っても、ユクレーナさんはしっかりしている。
私たち二人が足を止めるのを見て、女性はさらに口を開いた。
この距離でも、フードのせいで顔はまだ見えない。
「ここへは何の用かしら。観光ならこんな隅ではなく、もっと他の場所を見た方がおもしろいわよ」
女性の声はさっきより低く、こっちを警戒しているような感じだった。
隣のユクレーナさんが私のひじをポンポンと叩いた。そして、私に代わって、ユクレーナさんが話し始める。
会話を引き受けるから他は任せた、ってことかな。
「さきほど遺跡の通路が崩れて、いっしょに来た人たちとはぐれてしまいまして。歩き回っていたら、いつの間にかこちらへ」
会話をユクレーナさんに任せて、私は女性と床の魔法陣とこの空間全体を探った。
女性はユクレーナさんとの会話に気を取られている。
「あら、迷子だったのね。でも、それはおかしいわね」
「おかしいとはどういうことでしょう?」
「ここは隠された場所ですもの。迷い込んで入ってこれるはずがないわ」
空間そのものはとくに何もなさそうだ。
床の魔法陣は発動していないので、女性の魔力か何かがこの場に作用しているらしい。
女性の正体も気になるけど、床の魔法陣が何の魔法陣かはよく分からないのも引っかかる。
私に視えないものなんてある?
それに、魔法陣は私の記憶にないものだった。でも、どこかで見た覚えがあるような気もする。
「そもそも、あなたたち。わざわざ壁を壊して、ここに入ってきたじゃないの」
「わざとではありません。『あれ』から隠れようとしてここに入りました。いったい『あれ』は何なのでしょうか?」
私が考え込んでいる間にも、ユクレーナさんは会話を続けていた。
あれとは狂った精霊王のことだ。
「『あれ』ですって?」
「ご存知でしょう? 遺跡にいる『あれ』です」
ユクレーナさんが声を潜めた。
女性はユクレーナさんの声をよく聞き取ろうとしてか、フードを脱ぐ。
年頃はマル姉さんくらいだろうか。
目や髪色は暗くてはっきりしない。肩で髪をきりそろえ、目つきがややキツい。勝ち気な表情が印象的な女性だった。
「『あれ』と言われても、よく分からないわ。わたくしには精霊が見えないから」
「なるほど。元第三塔の魔導具師、小さいメダルの開発者とはあなたでしたか、エルシュミット様」
え?
「あら。よく分かったわね」
「だから、名前が伏せられていたんですね」
ええええええ!
うん、まったくだよ。塔長、探ってこいとか言いながら、開発者の名前すら教えてくれなかったのに!
「ユクレーナさん、凄い」
「塔長の従姉に当たる方で、わたくしも何度かお会いしております」
ああ。王族関係者か。塔長が『開発者』としか教えてくれなかったのは、それが理由か。
王族関係者が魔物や騒動に関わっているとは知られたくないよね。
「それだけで分かったの?」
「第三塔所属の魔導具師は、塔の外に出ません。中立エリアなんて以ての外。なのにここにいるということは、」
「第三塔を辞めた魔導具師ってことだね」
ようやく、追いかけていた開発者にたどり着いた。これで直接、開発者と話ができる。
聞きたいことは山ほどあった。
三番目やスヴェートとの関係、《混沌獣の召喚》や《混乱》などの魔法陣のこと、などなど。
素直に教えてくれるとは思えないので、王都に戻ってもらって、聞き出す専門の人にお願いしようか。
塔長の従姉なら、塔長に対応をお願いしてもいいよね。
開発者との遭遇に私が心の中で喜んでいると、ユクレーナさんが訝しげな声をあげた。
「ですが、おかしいですね。あなたがわたくしのことを知らないなんて。
だから顔を見るまでは、あなただとは思いませんでしたよ」
「え? そうなの?」
「親しくはありませんが、すれ違えば挨拶をするくらいの仲ではありましたね」
そう言って、ユクレーナさんは何かを探るような目で開発者を見る。
確かにおかしい。
知り合いなら、最初から分かっていただろうから、ユクレーナさんに声をかけたはず。
正体に気づかれて都合が悪いようなら、フードは脱がないだろうし。
「ああ、思い出したわ。ユクレーナ・フィールズ特級補佐官でしょう、第一塔の?
退職してからけっこう経つから、記憶が朧気で申し訳ないわね」
開発者はユクレーナさんのフルネームを口にして、しれっと謝罪する。
「それに、王都にいるあなたが、ここにいるとは思わなくて」
名乗ってないのにフルネームを知ってる、ということは、本当に忘れていただけのように聞こえた。
それでも、ユクレーナさんは違和感を見逃さなかった。
「『あれ』と言っただけで、精霊だとよく分かりましたね。あなたは見えないのに」
「あ」
そうだ。ユクレーナさんは精霊だとは一言も言っていない。
精霊が見えないのなら、なおさら、『あれ』が精霊だとどうして分かったのか。
「だって、通路が崩れたと言ったら、誰だって精霊が原因だと思うでしょう?」
「え? 遺跡なんだから、普通は劣化して脆くなったと思わない?」
それに、いくらいたずら好きな精霊でも、むやみに形あるものを壊したりしない。
そんなことをするのは、自制ができなくなっている狂った精霊だけ。
「クロスフィアさんの言う通りです。それにわたくし、『あれ』が通路を崩したとは一言も話しておりませんが」
「あ」
「あなたはどなたですか? わたくしの知っている方ではありませんよね」
ユクレーナさんは、静かに開発者を追い詰めた。
とりあえず、共通の挨拶はこれだ。
「こんにちは」
ちょっと平凡すぎたかな?
怪しい人物にしても、無理矢理出入り口を作った侵入者が挨拶してくるとは思わなかったらしく、一瞬、ビクッとする。
でも、それは一瞬のことで、低い声で挨拶が返ってきた。
「あら、こんにちは」
女性の声だ。少し掠れて少し疲れたような声。
フードを深く被っていたので分からなかったけど、どうやら女性のようだ。女性にしてはずいぶんと背が高い。
いつもなら、鑑定眼で相手の正体はすぐ分かるのに、ここではなぜか鑑定眼がよく機能していない。霞がかかったような感じ。
目の前の人物の魔力か、床の魔法陣か、はたまたこの空間そのものが何か作用しているらしい。
その上、ここは外の空間より暗い。
鑑定眼でもぼんやりとしか視えない上、目視でもぼんやりしている。
少しでも近くで視ようと、私は注意深くその女性に近づいた。
後ろにはユクレーナさんの気配がする。なんだかんだ言って入ってきたユクレーナさん。外に一人いても危険だもんね。
慎重に近づき、魔法陣の手前で足を止める。さすがに魔法陣に踏み入れるのは危険だろう。
ユクレーナさんも私の隣に並んでいた。
そういえば、ユクレーナさんが首に巻いていたストールが無くなっている。
もしかしたら、ラウたちへの目印として出入り口に掛けてきたのかも。
こういった行動一つ取っても、ユクレーナさんはしっかりしている。
私たち二人が足を止めるのを見て、女性はさらに口を開いた。
この距離でも、フードのせいで顔はまだ見えない。
「ここへは何の用かしら。観光ならこんな隅ではなく、もっと他の場所を見た方がおもしろいわよ」
女性の声はさっきより低く、こっちを警戒しているような感じだった。
隣のユクレーナさんが私のひじをポンポンと叩いた。そして、私に代わって、ユクレーナさんが話し始める。
会話を引き受けるから他は任せた、ってことかな。
「さきほど遺跡の通路が崩れて、いっしょに来た人たちとはぐれてしまいまして。歩き回っていたら、いつの間にかこちらへ」
会話をユクレーナさんに任せて、私は女性と床の魔法陣とこの空間全体を探った。
女性はユクレーナさんとの会話に気を取られている。
「あら、迷子だったのね。でも、それはおかしいわね」
「おかしいとはどういうことでしょう?」
「ここは隠された場所ですもの。迷い込んで入ってこれるはずがないわ」
空間そのものはとくに何もなさそうだ。
床の魔法陣は発動していないので、女性の魔力か何かがこの場に作用しているらしい。
女性の正体も気になるけど、床の魔法陣が何の魔法陣かはよく分からないのも引っかかる。
私に視えないものなんてある?
それに、魔法陣は私の記憶にないものだった。でも、どこかで見た覚えがあるような気もする。
「そもそも、あなたたち。わざわざ壁を壊して、ここに入ってきたじゃないの」
「わざとではありません。『あれ』から隠れようとしてここに入りました。いったい『あれ』は何なのでしょうか?」
私が考え込んでいる間にも、ユクレーナさんは会話を続けていた。
あれとは狂った精霊王のことだ。
「『あれ』ですって?」
「ご存知でしょう? 遺跡にいる『あれ』です」
ユクレーナさんが声を潜めた。
女性はユクレーナさんの声をよく聞き取ろうとしてか、フードを脱ぐ。
年頃はマル姉さんくらいだろうか。
目や髪色は暗くてはっきりしない。肩で髪をきりそろえ、目つきがややキツい。勝ち気な表情が印象的な女性だった。
「『あれ』と言われても、よく分からないわ。わたくしには精霊が見えないから」
「なるほど。元第三塔の魔導具師、小さいメダルの開発者とはあなたでしたか、エルシュミット様」
え?
「あら。よく分かったわね」
「だから、名前が伏せられていたんですね」
ええええええ!
うん、まったくだよ。塔長、探ってこいとか言いながら、開発者の名前すら教えてくれなかったのに!
「ユクレーナさん、凄い」
「塔長の従姉に当たる方で、わたくしも何度かお会いしております」
ああ。王族関係者か。塔長が『開発者』としか教えてくれなかったのは、それが理由か。
王族関係者が魔物や騒動に関わっているとは知られたくないよね。
「それだけで分かったの?」
「第三塔所属の魔導具師は、塔の外に出ません。中立エリアなんて以ての外。なのにここにいるということは、」
「第三塔を辞めた魔導具師ってことだね」
ようやく、追いかけていた開発者にたどり着いた。これで直接、開発者と話ができる。
聞きたいことは山ほどあった。
三番目やスヴェートとの関係、《混沌獣の召喚》や《混乱》などの魔法陣のこと、などなど。
素直に教えてくれるとは思えないので、王都に戻ってもらって、聞き出す専門の人にお願いしようか。
塔長の従姉なら、塔長に対応をお願いしてもいいよね。
開発者との遭遇に私が心の中で喜んでいると、ユクレーナさんが訝しげな声をあげた。
「ですが、おかしいですね。あなたがわたくしのことを知らないなんて。
だから顔を見るまでは、あなただとは思いませんでしたよ」
「え? そうなの?」
「親しくはありませんが、すれ違えば挨拶をするくらいの仲ではありましたね」
そう言って、ユクレーナさんは何かを探るような目で開発者を見る。
確かにおかしい。
知り合いなら、最初から分かっていただろうから、ユクレーナさんに声をかけたはず。
正体に気づかれて都合が悪いようなら、フードは脱がないだろうし。
「ああ、思い出したわ。ユクレーナ・フィールズ特級補佐官でしょう、第一塔の?
退職してからけっこう経つから、記憶が朧気で申し訳ないわね」
開発者はユクレーナさんのフルネームを口にして、しれっと謝罪する。
「それに、王都にいるあなたが、ここにいるとは思わなくて」
名乗ってないのにフルネームを知ってる、ということは、本当に忘れていただけのように聞こえた。
それでも、ユクレーナさんは違和感を見逃さなかった。
「『あれ』と言っただけで、精霊だとよく分かりましたね。あなたは見えないのに」
「あ」
そうだ。ユクレーナさんは精霊だとは一言も言っていない。
精霊が見えないのなら、なおさら、『あれ』が精霊だとどうして分かったのか。
「だって、通路が崩れたと言ったら、誰だって精霊が原因だと思うでしょう?」
「え? 遺跡なんだから、普通は劣化して脆くなったと思わない?」
それに、いくらいたずら好きな精霊でも、むやみに形あるものを壊したりしない。
そんなことをするのは、自制ができなくなっている狂った精霊だけ。
「クロスフィアさんの言う通りです。それにわたくし、『あれ』が通路を崩したとは一言も話しておりませんが」
「あ」
「あなたはどなたですか? わたくしの知っている方ではありませんよね」
ユクレーナさんは、静かに開発者を追い詰めた。
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