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7 帝国動乱編
2-9 新人は怒る
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今日は式典の日。
わたしみたいな普通の人間にはまったく無関係な日。でも、この日ばかりは、いつもと違っていました。
「なーーーーんでナルフェブル補佐官は、行かなかったんですか?!」
わたしが普通の人間なことをこれほど悔しく思うなんて。後にも先にもおそらくこの日だけだったでしょう。
「クロエル先輩が、同じ部屋の仲間が大変なんですよ! この部屋で参加する権利があるのは塔長とナルフェブル補佐官だけじゃないですか!」
そう。今回の式典にはクロエル先輩が参加します。しかも、クロエル先輩は囮に使われるようなことを聞きました。
なのに。
魔種でもあるナルフェブル補佐官はついていかなかったのです! 信じられます?
「そう言われても。僕はイリニみたいな上位ではないし、魔力だって普通種より少し多い程度だし。クロエル補佐官の足を引っ張るよりは、留守番していた方がいいだろうなぁと思って」
「それだから、ナルフェブル補佐官はダメなんですよ!」
ゴニョゴニョと言い訳がましいことしか、口にしないし。
「ナルフェブル補佐官は魔導具のエキスパートですよね? 向こうにはメダルの開発者がいるんです。魔導具には魔導具。十分、対抗できるじゃないですか!」
「混沌の樹林では対抗できなかったんですよ。エレバウト補佐官の機転で足手まといにはならずに済んだそうですが」
わたしの剣幕に圧されるナルフェブル補佐官を見かねたのか、フィールズ先輩が横から割って入ってきました。
「なんですってぇぇぇ!」
けど、火に油を注ぐだけ。わたしの気持ちはヒートアップする一方的。
なんで皆、こんなに落ち着いているのかしら?
「ノルンガルス補佐官、落ち着いてくれ。塔長も行ってるんだから、大丈夫だよ」
「あのものぐさ、昔から運だけは強いので大丈夫ですよ」
「それ、何の慰めにもなりませんけど!」
塔長がいるから大丈夫って。
確かに塔長は超級の鑑定技能持ちで精霊魔法も使えてと、かなり万能な人ですけど。
確かにものぐさで、自分では動かず、あそこのイスにふんぞり返るように座ってあれこれ指示出しするだけの人ですけど。
そんなものぐさ塔長が動いたと改めて思うと、わたしの中の興奮が少し落ち着いてきました。
「塔長は普通種の中では大神殿の神官長に次いで、始まりの三神の加護が強い人間なんだ。万が一なんて、起こる訳ないさ」
あぁ、運がいいのは加護なんですね。
その加護、抜き取って、クロエル先輩に差し上げればいいのに。
「グリモさんは呑気で良いですね。わたしはこんなにも心配なのに。わたしが今、こうして働けるのも、クロエル先輩のおかげなんです。だから」
目の前が滲んできました。
わたしは一度、死にかけたんです。
クロエル先輩が必死になって時間を止めて、第四塔長の応急処置が間に合うようにしてくれていなかったら。
わたしはここで、バカのように泣くことも出来なかったんですよね。
「まぁまぁ、ノルンガルスさんの心配は分かるわよぉ。でもねぇ」
下を向くわたしの肩を、マル姉さんが優しく叩きました。
「今回は、クロエル補佐官の夫である第六師団長、銀竜の第五師団長、紫竜の第四師団長と、上位竜種が三人も揃っているしぃ。バーミリオン様やカーマイン様と、赤種が二人も揃っているしぃ」
「それにうちからは塔長、王族として第八師団長、クロエル補佐官の護衛の二人も同行している」
「もの凄いほどの豪華メンバーなのよぉ。それで心配するのはあの方々に失礼ってものよぉ」
それは分かってます。分かっていても心配なんです。
「それに塔長からも、ノルンガルス補佐官を安心させるようにと言われているしな」
「なんですか、それ。わたしが心配して暴れ回るような言い方、止めてください」
わたしの心配よりもクロエル先輩の心配でしょ!
思わず、顔をあげると、わたしを囲む皆の顔。
心配そうな顔でした。わたしの心配もしているでしょうけど、クロエル先輩の心配もしています。
なぜだか、皆、塔長の心配はしていなさそうな気がして、少しおかしくなってきました。
「今、まさに暴れ回ろうとしていただろ、ナルフェブル補佐官相手に」
「うっ」
「ほらほら、遅くても今日の夕方には帰ってくるんだからぁ。お疲れ様会の準備でもしておいた方がいいんじゃないのぉ?」
そう。式典は午前中。お昼までには終わる日程だと聞いています。何かが起こったとしても、夕方には帰ってくるんです。
「マル姉さん、それって、本気で言ってるんですか?」
「え? ええ、本気だけどぉ?」
「大仕事を終えてきたクロエル先輩を、あの粘着質のドラグニール師団長が離すと思います?!」
「思わないわねぇ」
「でしょ?!」
「だよなぁ」
「だから、お疲れ様会の準備は帰ってきて一週間後くらいでちょうどいいんです!」
まだ、心の隅に心配の種は残っているけど、仕事を終わらせないわけにはいきません。
「とにかく。いつ、塔長とクロスフィアさんが帰ってきてもいいように、溜まった仕事はきっちり終わらせておきましょう」
「はい!」
そう。ここの人たちが言うほどの豪華メンバーなんだから!
クロエル先輩に万が一でも大変なことなんて起きるわけがないです。
そもそも、クロエル先輩に大変なことが起きたら、それこそ、ドラグニール師団長が大変なことになっちゃうでしょうし。
わたしはクロエル先輩の心配を心の隅に封じ込め、目の前の溜まりに溜まりまくったナルフェブル補佐官のデータ整理に取りかかりました。
まったく。
本当にこの人はバカなんでしょうか。
毎回毎回、同じようにデータが溜まりまくって大変な事態に陥って。それをわたしが手伝うという。
とにかく。
このデータ整理が終わらないと、気持ちよくクロエル先輩のお疲れ様会ができませんわ!
わたしは腕まくりをして、データの山に手を伸ばし、作業に没頭していきました。
このときのわたしは、クロエル先輩が無事に帰ってくることに、なんら疑問を持たなかったのです。
だって、皆、大丈夫だって言っていたのですから。
それなのに。
まさか、クロエル先輩があんなことになるだなんて。
わたしがクロエル先輩のまさかの事態を聞くことになるのは、半日以上先の話でした。
わたしみたいな普通の人間にはまったく無関係な日。でも、この日ばかりは、いつもと違っていました。
「なーーーーんでナルフェブル補佐官は、行かなかったんですか?!」
わたしが普通の人間なことをこれほど悔しく思うなんて。後にも先にもおそらくこの日だけだったでしょう。
「クロエル先輩が、同じ部屋の仲間が大変なんですよ! この部屋で参加する権利があるのは塔長とナルフェブル補佐官だけじゃないですか!」
そう。今回の式典にはクロエル先輩が参加します。しかも、クロエル先輩は囮に使われるようなことを聞きました。
なのに。
魔種でもあるナルフェブル補佐官はついていかなかったのです! 信じられます?
「そう言われても。僕はイリニみたいな上位ではないし、魔力だって普通種より少し多い程度だし。クロエル補佐官の足を引っ張るよりは、留守番していた方がいいだろうなぁと思って」
「それだから、ナルフェブル補佐官はダメなんですよ!」
ゴニョゴニョと言い訳がましいことしか、口にしないし。
「ナルフェブル補佐官は魔導具のエキスパートですよね? 向こうにはメダルの開発者がいるんです。魔導具には魔導具。十分、対抗できるじゃないですか!」
「混沌の樹林では対抗できなかったんですよ。エレバウト補佐官の機転で足手まといにはならずに済んだそうですが」
わたしの剣幕に圧されるナルフェブル補佐官を見かねたのか、フィールズ先輩が横から割って入ってきました。
「なんですってぇぇぇ!」
けど、火に油を注ぐだけ。わたしの気持ちはヒートアップする一方的。
なんで皆、こんなに落ち着いているのかしら?
「ノルンガルス補佐官、落ち着いてくれ。塔長も行ってるんだから、大丈夫だよ」
「あのものぐさ、昔から運だけは強いので大丈夫ですよ」
「それ、何の慰めにもなりませんけど!」
塔長がいるから大丈夫って。
確かに塔長は超級の鑑定技能持ちで精霊魔法も使えてと、かなり万能な人ですけど。
確かにものぐさで、自分では動かず、あそこのイスにふんぞり返るように座ってあれこれ指示出しするだけの人ですけど。
そんなものぐさ塔長が動いたと改めて思うと、わたしの中の興奮が少し落ち着いてきました。
「塔長は普通種の中では大神殿の神官長に次いで、始まりの三神の加護が強い人間なんだ。万が一なんて、起こる訳ないさ」
あぁ、運がいいのは加護なんですね。
その加護、抜き取って、クロエル先輩に差し上げればいいのに。
「グリモさんは呑気で良いですね。わたしはこんなにも心配なのに。わたしが今、こうして働けるのも、クロエル先輩のおかげなんです。だから」
目の前が滲んできました。
わたしは一度、死にかけたんです。
クロエル先輩が必死になって時間を止めて、第四塔長の応急処置が間に合うようにしてくれていなかったら。
わたしはここで、バカのように泣くことも出来なかったんですよね。
「まぁまぁ、ノルンガルスさんの心配は分かるわよぉ。でもねぇ」
下を向くわたしの肩を、マル姉さんが優しく叩きました。
「今回は、クロエル補佐官の夫である第六師団長、銀竜の第五師団長、紫竜の第四師団長と、上位竜種が三人も揃っているしぃ。バーミリオン様やカーマイン様と、赤種が二人も揃っているしぃ」
「それにうちからは塔長、王族として第八師団長、クロエル補佐官の護衛の二人も同行している」
「もの凄いほどの豪華メンバーなのよぉ。それで心配するのはあの方々に失礼ってものよぉ」
それは分かってます。分かっていても心配なんです。
「それに塔長からも、ノルンガルス補佐官を安心させるようにと言われているしな」
「なんですか、それ。わたしが心配して暴れ回るような言い方、止めてください」
わたしの心配よりもクロエル先輩の心配でしょ!
思わず、顔をあげると、わたしを囲む皆の顔。
心配そうな顔でした。わたしの心配もしているでしょうけど、クロエル先輩の心配もしています。
なぜだか、皆、塔長の心配はしていなさそうな気がして、少しおかしくなってきました。
「今、まさに暴れ回ろうとしていただろ、ナルフェブル補佐官相手に」
「うっ」
「ほらほら、遅くても今日の夕方には帰ってくるんだからぁ。お疲れ様会の準備でもしておいた方がいいんじゃないのぉ?」
そう。式典は午前中。お昼までには終わる日程だと聞いています。何かが起こったとしても、夕方には帰ってくるんです。
「マル姉さん、それって、本気で言ってるんですか?」
「え? ええ、本気だけどぉ?」
「大仕事を終えてきたクロエル先輩を、あの粘着質のドラグニール師団長が離すと思います?!」
「思わないわねぇ」
「でしょ?!」
「だよなぁ」
「だから、お疲れ様会の準備は帰ってきて一週間後くらいでちょうどいいんです!」
まだ、心の隅に心配の種は残っているけど、仕事を終わらせないわけにはいきません。
「とにかく。いつ、塔長とクロスフィアさんが帰ってきてもいいように、溜まった仕事はきっちり終わらせておきましょう」
「はい!」
そう。ここの人たちが言うほどの豪華メンバーなんだから!
クロエル先輩に万が一でも大変なことなんて起きるわけがないです。
そもそも、クロエル先輩に大変なことが起きたら、それこそ、ドラグニール師団長が大変なことになっちゃうでしょうし。
わたしはクロエル先輩の心配を心の隅に封じ込め、目の前の溜まりに溜まりまくったナルフェブル補佐官のデータ整理に取りかかりました。
まったく。
本当にこの人はバカなんでしょうか。
毎回毎回、同じようにデータが溜まりまくって大変な事態に陥って。それをわたしが手伝うという。
とにかく。
このデータ整理が終わらないと、気持ちよくクロエル先輩のお疲れ様会ができませんわ!
わたしは腕まくりをして、データの山に手を伸ばし、作業に没頭していきました。
このときのわたしは、クロエル先輩が無事に帰ってくることに、なんら疑問を持たなかったのです。
だって、皆、大丈夫だって言っていたのですから。
それなのに。
まさか、クロエル先輩があんなことになるだなんて。
わたしがクロエル先輩のまさかの事態を聞くことになるのは、半日以上先の話でした。
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