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2章
20 制裁
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紫苑 「いるんでしょう・・?そこに」
カオル「・・・・」
教子 「え・・?」
紫苑が路地の暗がりに声をかける。
カオルも同じ方向を向いている。
気付いていないのは、教子だけだった。
「・・・・」
暗がりの影が、動く。そこにいたのは・・・・
男 「チッ・・・」
見るからに冴えなそうな、ただの中年男。
ただ、見覚えがあった。
教子 「さっき、ポンキの店内で・・」
教子とカオルからはぐれた紫苑に、何かをやらかして"制裁"を食らっていた男。
紫苑 「どうやらスカートの中身が上手く撮れてなかったみたいね?テイク2をご所望なのかしら?」
男 「・・・・」
男 「化け物オンナが・・・」
さっきの暴漢3人。
・・・まさか。
教子 「まさか、この人が・・・悪の組織の親玉で・・ナンパ師の元締めで・・私たちをつけ狙って・・すべての闇を裏から操っていた黒幕だったなんて・・」
紫苑 「違う」
カオル「ぜんぜん違いますね・・」
・・・え?違うの?
紫苑 「こいつはそんな、ご大層なもんじゃないわ。ただのトグロまきまきウンコ野郎であり、蛆虫のチンカスであり、通りすがりのゴミクソよ」
ボスキャラではない事は分かったが、紫苑の暴言が凄すぎて逆になにかしらスゴい男に見えてしまう。
紫苑 「どうせ、またこっそり撮影できるチャンスがあると思って、私に付きまとってきただけでしょう」
男 「けっ・・・まさかこんな凶暴な女だったとはな・・」
男はまだちょっと足を引きずっている。
紫苑は、ふぅ、と心底ドウデモ良さそうにため息をつくと、
紫苑 「まず、私がこうして声をかけてあげてることに感謝してほしいわね」
と、吐き捨てた。
男に向けられた紫苑の目は、ゾッとするほど冷たい。
"人間"という存在を毛嫌いしている紫苑。
その中でも、下劣な盗撮野郎。
それが目の前にいるのだ。
むべなるかな。
それに・・・
なぜ、紫苑がこんなにも"人間"そのものに憎悪を抱いているのかは・・今日の一連の出来事だけでも、教子にはその理由がわかった気がしている。
いや、十分すぎるほどに。
品のないナンパの嵐に始まり、盗撮、痴漢、そして誘拐(?)未遂・・・
それに、恐らく・・・
紫苑の持つ暗い過去は、それ以上のものであろうことは、教子にも察せられた。
男 「どうするんだ・・?ボコボコにするってのか!やってみろよ!おう!」
いきなり、男が沸騰した。
男 「でもタダじゃおかねえぞ!さっきオマエが暴れてるところ、全部撮ってやったからな!この化け物オンナ!」
その時、教子は男が抱えていたもの気づいた。
肩にかけられたカバン。
ビジネスバッグ・・・の側面。
なにか、キラリ、と光っている。
教子 「・・撮影してるの・・?」
カメラだ。
側面が改造されて、盗撮用カバンになっている。
男 「今だってデータは全部、家に飛ばして保存してるんだ!カメラだけ奪ったって無駄だぞ!」
教子の心はもう、グチャッ、と潰れてしまいそうだった。
・・・どうして、今日は、こんな汚いモノを何回も何回も見なけりゃならないんだろう。
繁華街にきたから?
紫苑会長とカオルさんが美人すぎるから?
獣人だから・・?
教子 「もう、人間でいるのが、嫌になってきちゃった・・・」
思わず、つぶやいていた。
紫苑 「人間・・ね・・」
教子に返事をしたのは、紫苑だった。
紫苑 「本当に人間って言うのは‥‥どうしようもないわね‥」
紫苑の言葉には、教子がさきほど感じた感情がそのまま宿っていた。
悲しみと怒りと絶望と、あらゆる負の感情をミックスした、最悪最低の気分。
でも、すこし違う部分もあった。
教子は、それを調教師の鋭い嗅覚で感じ取っていた。
それは・・諦め。
おそらく、紫苑は何回も何回も何回もこのような感情を抱いてきたのだろう。
人間の心の底の底、一番下にたまってこびりついているヘドロのような感情を、何回もみてしまったのだろう。
教子はそれを一瞬に感じ取って、さらにやるせない気分になった。
涙が出そうになる。
人間の底なしの汚さを見せつけられて・・人間じゃない獣人の前で。
恥ずかしいし、やるせない。
紫苑 「そうね、見られたからには・・・それなりのコトをしなくちゃね」
男 「へへ・・や、やってみろよ・・」
あらゆる生き物の中で一番汚いのは、存在してはいけないのは、人間なのではないか、という考えまで教子が至り始めたとき、
紫苑 「・・・でもね」
教子 「え・・?」
紫苑 「私たちは生き続けるの。それが復讐。私の選んだ道」
紫苑 「ここで、あなた如きの悪意に壊されるわけにはいかないの」
男 「へへ・・お前ら破滅なんだよ・・もう動画のデータは家で複製し終わってるからな」
生徒会が、こわされちゃう。
せっかく手に入れた、やっと手に入れた、宝石みたいに輝く私の楽園が。
みんなとの関係が、こわれちゃう。
・・・・。
アケミ・・・。
男 「へ・・へひひ・・」
罵声を浴びせかけてはいても、男の足はガクガクと震えていた。
当たり前だ。
訓練された男たち3人をあっという間にグチャグチャにしてのけた猛獣を前にしているのだから。
・・・そして。
紫苑 「・・・・殺すわ」
教子 「・・・・え?」
本気で?
殺人?
ヤっちゃうの?
でも・・・・
・・・・・しょうがないのかな。
生徒会を守るためには。
口を封じる。完全に。
息の根を止める。
男 「ひ・・ひは・・」
男は恐怖でひきつった笑いを浮かべている。
膝どころか、もう体全体が震えている。
もともとが小心者なのだろう。
だからこそ、盗撮などにハマっているのかもしれないが。
教子 「紫苑会長・・・」
紫苑 「・・・・」
殺人。
私がクリックで止める?
それとも・・
一緒に、人殺しの業を背負うか。
それしか、ないのかもしれない。
生徒会を失って、あの灰色の生活に戻るくらいなら・・・。
教子が、黒く黒く染まった道に一歩を踏み出す覚悟を決めかけたとき。
紫苑の一言は、予想だにしないものだった。
紫苑 「・・カオル」
カオル「はい」
紫苑は、自身の傍らに侍る副会長の名前を呼んだ。
教子 「え?」
カオルが、すっと前に出る。
あたかもプレゼンの場で、客先への説明を上司に指示された部下のように。
しかも、準備万端の表情だ。
いや、それもちょっと違う。
・・・・どちらかというと、もっとサディスティックな・・
教子 「えっ・・カオルさん・・?」
カオル「・・・」
カオル「・・・・ふふっ」
教子のほうを振り向いて、微笑んでくれた。
優しい笑み。
殺す。
カオルさんが?
紫苑 「私が、あんたみたいな汚れに触れるわけないじゃない・・さっきだってよっぽど我慢したのに」
紫苑はまだ右手をグシグシと気持ち悪そうにいじっていた。
こびりついて固まった泥を、こそぎ落とすように。
カオルさんが、殺るの?
あんなに優しく笑いながら?
"いあいぎり"で?
男 「ど、どうすんだよ・・・俺を殺すってか・・・?」
男の声は裏返っている。
カオル「ご心配なく・・危害は加えません」
カオルの目が、掛けているメガネの妖しい光で見えなくなる。
カオル「・・・体には」
カオルが、嗤った。
先ほど、教子に向けた微笑みとは全く異なる笑みだった。
愉悦の笑み。
男 「何しようってんだよ・・全部撮ってるんだぞ・・公開してやるぞ・・」
男は恐怖で顔を真っ青、いや真っ白にしながらも、抵抗はし続けるつもりのようだ。
そして、カオルは・・・
カオル「・・・質問させて頂きます。あなたはどちらから来られましたか?」
男 「・・・は?」
予期せぬカオルの質問に、男の顔に困惑の色が浮かぶ。
カオル「・・すみません。質問が漠然としたものでした」
カオル「あなたのご自宅はどちらですか?」
カオル「・・職場を先に伺った方がよろしいでしょうか?お勤め先はどちらですか?」
男 「何言ってやがる・・」
教子にも、よくわからなかった。
何を訊いてるの??
っていうか、訊いても答えてくれるわけないじゃん・・
教子 「会長・・なんかカオルさんが特定厨と化してるんですが・・」
紫苑 「黙ってみてなさい」
紫苑は腕を組んで、突っ立っている。
顔つきは、周囲の出来事にもう興味を失ってしまったのか、この路地に来た時のように、眠たそうな目つきになっている。
というか、そのまま放っておいたら立ったまま寝そうだ。
なんか猫っぽいな、と教子は思った。
カオル「質問の仕方を変えますね。あなたの勤務先は、この真宿にある。そうですか?」
男 「・・・・・なんなんだよ・・」
カオル「・・・心拍数が変わりませんね。それでは、ここから八馬手線で3駅の支部谷では?」
男 「・・!」
男 「どうだかな・・」
カオル「おや?心音が跳ね上がりましたね・・どうやら図星のようです」
教子 「・・・!」
ここに至って、教子にも理解できた。
カオルが何をしようとしてるのかを。
カオル「支部谷はIT企業が集積しています。おそらく、その辺りの業界にお勤めでは?」
男 「!・・なんなんだよ・・お前・・・」
カオル「おや、これも当たりですね。それでは、どの企業にお勤めなのか、探っていくとしましょうか・・」
カオルが、教子にも聞き覚えのある会社名をいくつか挙げる。
3つ目の名前を挙げたとき・・
カオル「・・なるほど、業界では大手の一角とされるトコロですか。上場もされてますね・・。それでは次に、部署の特定に参りましょう」
男 「や、やめろ・・・」
カオル「システム開発、保守、営業、人事、総務、法務・・・・おや、法務部にご所属ですか。大手IT企業の法務部所属の社員が盗撮とは、これはこれは・・」
男 「やめろ、やめてくれ・・」
男の素性が、カオルの超知覚によって、丸裸にされていく・・
それは、本当に服を脱がされているような感じで、男は悪寒に震えているようにも見える。
その震えが、ドンドンと大きくなっていく。
教子は、眼前で繰り広げられる、静かなる"制裁"をぼぅっ、と見守っていた。
紫苑は、すでに目を閉じてうつらうつらとしている。
睡魔が、この状況への興味を完全に上回ったらしい。
カオル「・・・お住まいは、瀬田谷。3年間交際されてる女性と、近々婚約予定、と・・」
男 「やめてくれ・・・頼む」
カオル「・・・まだ、なにも終わっていませんよ?」
カオル「肝心な部分は、寧ろこれから・・・ウフフ」
カオルは完全に、楽しんでいた。
眼鏡でわかりづらいが、目は爛々と輝いているだろう。
教子も、なんだか体の内側にゾワゾワしたものを感じている。
快感、なんだろうか・・・。
さっきまで自分を脅かしていた相手に、縋りつかれ、命乞いされる。
逆転の快感。
・・・もっとも、男の汚らわしい腕でこの身に縋りつくことなど、認めはしないが。
男 「頼む!言うとおりにする!なんでもするから!この通りだ!やめてくれぇ!」
カオル「ふふ、そんなに慌てないでください・・・心音がドンドン大きくなって、わかりやすくなってますよ?」
カオル「"聴き分ける"楽しみが半減してしまうではないですか・・・」
・・・・・・・
"超"知覚、洞察力、話術、そして得た情報を統合し、判断する知性。
教子は、昨日、紫苑に言われた言葉を思い出す。
『調べさせてもらったわ』
カオルさんが私の事を調査したのだろうか。
それはわからないが、カオルにかかれば、この都内に住んでいるものなど、すぐに丸裸だろう。
ましてや、学園内の生徒のことなんて。
・・・ふと、教子の脳内にまた、一つの考え。
カオル自身が動いて、教子のことを調べたのだとしたら。
実際に教子が想像したような獣人のネットワークなんて、なにもないのかもしれない。
5頭の獣人だけの、寄る辺なき者達の寄り合い所帯。
難民キャンプのような。
この人間だらけの世界の中で、生徒会のたった5人だけでひっそりと?
・・・わからない。
まだ、わからないことだらけだ・・・。
---------------------------------
? 「・・・・・」
? 「今日は、失敗かしら?」
? 「いや、成功?」
? 「ま、・・」
? 「少しの暇潰しにはなったから、結果オーライかね・・」
カオル「・・・・」
教子 「え・・?」
紫苑が路地の暗がりに声をかける。
カオルも同じ方向を向いている。
気付いていないのは、教子だけだった。
「・・・・」
暗がりの影が、動く。そこにいたのは・・・・
男 「チッ・・・」
見るからに冴えなそうな、ただの中年男。
ただ、見覚えがあった。
教子 「さっき、ポンキの店内で・・」
教子とカオルからはぐれた紫苑に、何かをやらかして"制裁"を食らっていた男。
紫苑 「どうやらスカートの中身が上手く撮れてなかったみたいね?テイク2をご所望なのかしら?」
男 「・・・・」
男 「化け物オンナが・・・」
さっきの暴漢3人。
・・・まさか。
教子 「まさか、この人が・・・悪の組織の親玉で・・ナンパ師の元締めで・・私たちをつけ狙って・・すべての闇を裏から操っていた黒幕だったなんて・・」
紫苑 「違う」
カオル「ぜんぜん違いますね・・」
・・・え?違うの?
紫苑 「こいつはそんな、ご大層なもんじゃないわ。ただのトグロまきまきウンコ野郎であり、蛆虫のチンカスであり、通りすがりのゴミクソよ」
ボスキャラではない事は分かったが、紫苑の暴言が凄すぎて逆になにかしらスゴい男に見えてしまう。
紫苑 「どうせ、またこっそり撮影できるチャンスがあると思って、私に付きまとってきただけでしょう」
男 「けっ・・・まさかこんな凶暴な女だったとはな・・」
男はまだちょっと足を引きずっている。
紫苑は、ふぅ、と心底ドウデモ良さそうにため息をつくと、
紫苑 「まず、私がこうして声をかけてあげてることに感謝してほしいわね」
と、吐き捨てた。
男に向けられた紫苑の目は、ゾッとするほど冷たい。
"人間"という存在を毛嫌いしている紫苑。
その中でも、下劣な盗撮野郎。
それが目の前にいるのだ。
むべなるかな。
それに・・・
なぜ、紫苑がこんなにも"人間"そのものに憎悪を抱いているのかは・・今日の一連の出来事だけでも、教子にはその理由がわかった気がしている。
いや、十分すぎるほどに。
品のないナンパの嵐に始まり、盗撮、痴漢、そして誘拐(?)未遂・・・
それに、恐らく・・・
紫苑の持つ暗い過去は、それ以上のものであろうことは、教子にも察せられた。
男 「どうするんだ・・?ボコボコにするってのか!やってみろよ!おう!」
いきなり、男が沸騰した。
男 「でもタダじゃおかねえぞ!さっきオマエが暴れてるところ、全部撮ってやったからな!この化け物オンナ!」
その時、教子は男が抱えていたもの気づいた。
肩にかけられたカバン。
ビジネスバッグ・・・の側面。
なにか、キラリ、と光っている。
教子 「・・撮影してるの・・?」
カメラだ。
側面が改造されて、盗撮用カバンになっている。
男 「今だってデータは全部、家に飛ばして保存してるんだ!カメラだけ奪ったって無駄だぞ!」
教子の心はもう、グチャッ、と潰れてしまいそうだった。
・・・どうして、今日は、こんな汚いモノを何回も何回も見なけりゃならないんだろう。
繁華街にきたから?
紫苑会長とカオルさんが美人すぎるから?
獣人だから・・?
教子 「もう、人間でいるのが、嫌になってきちゃった・・・」
思わず、つぶやいていた。
紫苑 「人間・・ね・・」
教子に返事をしたのは、紫苑だった。
紫苑 「本当に人間って言うのは‥‥どうしようもないわね‥」
紫苑の言葉には、教子がさきほど感じた感情がそのまま宿っていた。
悲しみと怒りと絶望と、あらゆる負の感情をミックスした、最悪最低の気分。
でも、すこし違う部分もあった。
教子は、それを調教師の鋭い嗅覚で感じ取っていた。
それは・・諦め。
おそらく、紫苑は何回も何回も何回もこのような感情を抱いてきたのだろう。
人間の心の底の底、一番下にたまってこびりついているヘドロのような感情を、何回もみてしまったのだろう。
教子はそれを一瞬に感じ取って、さらにやるせない気分になった。
涙が出そうになる。
人間の底なしの汚さを見せつけられて・・人間じゃない獣人の前で。
恥ずかしいし、やるせない。
紫苑 「そうね、見られたからには・・・それなりのコトをしなくちゃね」
男 「へへ・・や、やってみろよ・・」
あらゆる生き物の中で一番汚いのは、存在してはいけないのは、人間なのではないか、という考えまで教子が至り始めたとき、
紫苑 「・・・でもね」
教子 「え・・?」
紫苑 「私たちは生き続けるの。それが復讐。私の選んだ道」
紫苑 「ここで、あなた如きの悪意に壊されるわけにはいかないの」
男 「へへ・・お前ら破滅なんだよ・・もう動画のデータは家で複製し終わってるからな」
生徒会が、こわされちゃう。
せっかく手に入れた、やっと手に入れた、宝石みたいに輝く私の楽園が。
みんなとの関係が、こわれちゃう。
・・・・。
アケミ・・・。
男 「へ・・へひひ・・」
罵声を浴びせかけてはいても、男の足はガクガクと震えていた。
当たり前だ。
訓練された男たち3人をあっという間にグチャグチャにしてのけた猛獣を前にしているのだから。
・・・そして。
紫苑 「・・・・殺すわ」
教子 「・・・・え?」
本気で?
殺人?
ヤっちゃうの?
でも・・・・
・・・・・しょうがないのかな。
生徒会を守るためには。
口を封じる。完全に。
息の根を止める。
男 「ひ・・ひは・・」
男は恐怖でひきつった笑いを浮かべている。
膝どころか、もう体全体が震えている。
もともとが小心者なのだろう。
だからこそ、盗撮などにハマっているのかもしれないが。
教子 「紫苑会長・・・」
紫苑 「・・・・」
殺人。
私がクリックで止める?
それとも・・
一緒に、人殺しの業を背負うか。
それしか、ないのかもしれない。
生徒会を失って、あの灰色の生活に戻るくらいなら・・・。
教子が、黒く黒く染まった道に一歩を踏み出す覚悟を決めかけたとき。
紫苑の一言は、予想だにしないものだった。
紫苑 「・・カオル」
カオル「はい」
紫苑は、自身の傍らに侍る副会長の名前を呼んだ。
教子 「え?」
カオルが、すっと前に出る。
あたかもプレゼンの場で、客先への説明を上司に指示された部下のように。
しかも、準備万端の表情だ。
いや、それもちょっと違う。
・・・・どちらかというと、もっとサディスティックな・・
教子 「えっ・・カオルさん・・?」
カオル「・・・」
カオル「・・・・ふふっ」
教子のほうを振り向いて、微笑んでくれた。
優しい笑み。
殺す。
カオルさんが?
紫苑 「私が、あんたみたいな汚れに触れるわけないじゃない・・さっきだってよっぽど我慢したのに」
紫苑はまだ右手をグシグシと気持ち悪そうにいじっていた。
こびりついて固まった泥を、こそぎ落とすように。
カオルさんが、殺るの?
あんなに優しく笑いながら?
"いあいぎり"で?
男 「ど、どうすんだよ・・・俺を殺すってか・・・?」
男の声は裏返っている。
カオル「ご心配なく・・危害は加えません」
カオルの目が、掛けているメガネの妖しい光で見えなくなる。
カオル「・・・体には」
カオルが、嗤った。
先ほど、教子に向けた微笑みとは全く異なる笑みだった。
愉悦の笑み。
男 「何しようってんだよ・・全部撮ってるんだぞ・・公開してやるぞ・・」
男は恐怖で顔を真っ青、いや真っ白にしながらも、抵抗はし続けるつもりのようだ。
そして、カオルは・・・
カオル「・・・質問させて頂きます。あなたはどちらから来られましたか?」
男 「・・・は?」
予期せぬカオルの質問に、男の顔に困惑の色が浮かぶ。
カオル「・・すみません。質問が漠然としたものでした」
カオル「あなたのご自宅はどちらですか?」
カオル「・・職場を先に伺った方がよろしいでしょうか?お勤め先はどちらですか?」
男 「何言ってやがる・・」
教子にも、よくわからなかった。
何を訊いてるの??
っていうか、訊いても答えてくれるわけないじゃん・・
教子 「会長・・なんかカオルさんが特定厨と化してるんですが・・」
紫苑 「黙ってみてなさい」
紫苑は腕を組んで、突っ立っている。
顔つきは、周囲の出来事にもう興味を失ってしまったのか、この路地に来た時のように、眠たそうな目つきになっている。
というか、そのまま放っておいたら立ったまま寝そうだ。
なんか猫っぽいな、と教子は思った。
カオル「質問の仕方を変えますね。あなたの勤務先は、この真宿にある。そうですか?」
男 「・・・・・なんなんだよ・・」
カオル「・・・心拍数が変わりませんね。それでは、ここから八馬手線で3駅の支部谷では?」
男 「・・!」
男 「どうだかな・・」
カオル「おや?心音が跳ね上がりましたね・・どうやら図星のようです」
教子 「・・・!」
ここに至って、教子にも理解できた。
カオルが何をしようとしてるのかを。
カオル「支部谷はIT企業が集積しています。おそらく、その辺りの業界にお勤めでは?」
男 「!・・なんなんだよ・・お前・・・」
カオル「おや、これも当たりですね。それでは、どの企業にお勤めなのか、探っていくとしましょうか・・」
カオルが、教子にも聞き覚えのある会社名をいくつか挙げる。
3つ目の名前を挙げたとき・・
カオル「・・なるほど、業界では大手の一角とされるトコロですか。上場もされてますね・・。それでは次に、部署の特定に参りましょう」
男 「や、やめろ・・・」
カオル「システム開発、保守、営業、人事、総務、法務・・・・おや、法務部にご所属ですか。大手IT企業の法務部所属の社員が盗撮とは、これはこれは・・」
男 「やめろ、やめてくれ・・」
男の素性が、カオルの超知覚によって、丸裸にされていく・・
それは、本当に服を脱がされているような感じで、男は悪寒に震えているようにも見える。
その震えが、ドンドンと大きくなっていく。
教子は、眼前で繰り広げられる、静かなる"制裁"をぼぅっ、と見守っていた。
紫苑は、すでに目を閉じてうつらうつらとしている。
睡魔が、この状況への興味を完全に上回ったらしい。
カオル「・・・お住まいは、瀬田谷。3年間交際されてる女性と、近々婚約予定、と・・」
男 「やめてくれ・・・頼む」
カオル「・・・まだ、なにも終わっていませんよ?」
カオル「肝心な部分は、寧ろこれから・・・ウフフ」
カオルは完全に、楽しんでいた。
眼鏡でわかりづらいが、目は爛々と輝いているだろう。
教子も、なんだか体の内側にゾワゾワしたものを感じている。
快感、なんだろうか・・・。
さっきまで自分を脅かしていた相手に、縋りつかれ、命乞いされる。
逆転の快感。
・・・もっとも、男の汚らわしい腕でこの身に縋りつくことなど、認めはしないが。
男 「頼む!言うとおりにする!なんでもするから!この通りだ!やめてくれぇ!」
カオル「ふふ、そんなに慌てないでください・・・心音がドンドン大きくなって、わかりやすくなってますよ?」
カオル「"聴き分ける"楽しみが半減してしまうではないですか・・・」
・・・・・・・
"超"知覚、洞察力、話術、そして得た情報を統合し、判断する知性。
教子は、昨日、紫苑に言われた言葉を思い出す。
『調べさせてもらったわ』
カオルさんが私の事を調査したのだろうか。
それはわからないが、カオルにかかれば、この都内に住んでいるものなど、すぐに丸裸だろう。
ましてや、学園内の生徒のことなんて。
・・・ふと、教子の脳内にまた、一つの考え。
カオル自身が動いて、教子のことを調べたのだとしたら。
実際に教子が想像したような獣人のネットワークなんて、なにもないのかもしれない。
5頭の獣人だけの、寄る辺なき者達の寄り合い所帯。
難民キャンプのような。
この人間だらけの世界の中で、生徒会のたった5人だけでひっそりと?
・・・わからない。
まだ、わからないことだらけだ・・・。
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? 「・・・・・」
? 「今日は、失敗かしら?」
? 「いや、成功?」
? 「ま、・・」
? 「少しの暇潰しにはなったから、結果オーライかね・・」
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