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十年待ったといわれても
3.
天幕の中はあたたかく小暗かった。遮られてはじめて、日の光が烈しかったことが分かる。乾いた香草がやわらかくにおう。
「お茶を淹れようね。――その前に、失礼するよ」
靴を脱ぎふかふかとした敷物に座ると、老婆がルドの手をとった。手首に指を当て、目を閉じる。
「ご老女はお医者なのですか――」
「しっ」
老婆が薄く目を開けた。
「静かに。――医者ではないよ。脈を聞いていただけさね」
「きく」
「おまえさんの脈を聞き呼吸を合わせると」
老婆は伏せていた目を上げにっこりと笑った。
「いろいろと分かる、――ような気がするのさ」
「はあ」
しばらく手をとったのち、次に老婆はルドの下まぶたをひっくり返したり、両耳の近くで鈴を鳴らしたり鼻先で甘い香りのする小袋を振ったり白銅の手鏡をかざしたりと医者のようなそうでないようなことをした。「ふむ」とうなずき「よっこらせ」と大儀そうに腰を上げる。
「若いお人、モンスからおいでだね」
「はい」
ルドがうなずき返すと、老婆は
「当たりかね。まあ、競技会で不眠相談に来る若い子の半分はモンスの出だが」
ぶちぶちつぶやきながら茶器の用意を始めた。ストーブの上で薬罐から細く湯気がのぼる。小さなポットにこぽぽ、と湯を注ぎ入れ老婆が顔を上げた。
「わたしはミルヤ・キヴァリ。呪具師だよ」
「ルド・ヴェーメル、です」
従騎士だといいかけて、やめた。今ごろきっと主が騎士仲間にルドの話をしている。なかなか娘である令嬢の元婚約者だった従騎士の押しつけ先が見つからず焦れている主は自棄半分、おもしろ半分で
――どうもうちの娘の御眼鏡にかなわなかったようでね。つまらない若者なのさ。
こきおろしていることだろう。そう思うと主の名を出すのがはばかられた。
盆の上に覆いのかかったポットとカップを載せてミルヤがやってきた。
「不眠相談にきたってことは、眠れてないんだね?」
「ええ」
「そうかい。おかしいね……」
ミルヤが首を傾げる。
そんなに不思議なことだろうか。
クショフレール大公国は、西のピネッキ魔境から漏れる不眠の呪いに覆われている。呪いのせいでルドが眠れなくなったとしてなんらおかしくはない。
「実は教会からの依頼で、わたしの天幕にはまじないをかけてあってね」
「まじない、ですか」
「そう。眠れなくて困っている子には天幕が見えなくなるまじないさ」
「そんなことが、できるんですか。あっでも、俺、眠れなくて困ってますよ。天幕見えましたけど――」
今度はルドが首を傾げる番だった。
ミルヤは苦笑いしながらゆったりとポットの茶を小さなカップに注ぐ。
「教会によればわたしらの術はまやかしだからね、できますと断言はしにくいがまあ、わたしは先祖返りで魔人気質が強めでね。こうして不眠の呪いをはねつけているはずなのに眠れていない子を引き当てたってわけだ。おまえさん、――ヴェーメルさんや、困りごとがおありでないかい」
「困りごと……」
「まず、一服おしよ」
勧められルドはひと口、茶を飲んだ。舌の上でとろりとたゆたい
こく、ん。
喉へ落ちていく。目を閉じてごく淡い花の香りとほのかな甘みを味わううちに天幕の外の喧噪も、自分を見捨てた主とその娘も将来の不安も遠のいた。分かっている。遠のきはしても理不尽と不安とは、天幕の外の賑わいのようにすぐそこにある。それでもいったん意識をそこから剥がし息をついた分、退いてみれば
ほう。
肩の荷が下りたように楽になった。
こぽぽ。
何もいわず、ミルヤがルドのカップに茶を注ぐ。
「実は――」
ルドは自分の抱える気がかりを洗いざらいぶちまけた。ミルヤは「ふむ」「そうなんだね」と相槌をうちながら話を聞くと
「そりゃおまえさん、困ったもんだね」
溜め息をついた。
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