バロッコ

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〈二〉

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 恋人の権藤悟はひとつ年下の三年生。整った顔にひとのよさと育ちのよさが表れたいわゆるイケメンだ。背が高くスタイルも悪くない。人あたりもいい。出会いはアルバイト先のスーパーだった。悟から拝み倒されつきあい始めて一年半。優しくて愛嬌のある悟との時間は穏やかで楽しかった。
 しかし不満がないといえば嘘になる。

――モテるんだよね、悟は。

 モテ偏差値が仮にあるとして、悟はたぶん六十程度。そこそこの男子といえよう。偏差値七十超えのエリートクラスというほど実家が太いわけでもなく芸能人になれるほど華やかな顔立ちでもなく、しかし隣に立ったらほかの女の子から羨望の眼差しを集めることができる――彼氏にするのにちょうどいいコストパフォーマンスなのだそうだ。珠緒の目の前で悟に告白した女の子がそういっていた。
 この場合のコストは金銭的価値のみを意味しない。メイクやら何やらの労力、偏差値七十的エリートクラスにふさわしいもろもろをそろえ身につけるための労力も指す。
 悟は誠実で、珠緒が居合わせようとそうでなかろうといつもきっぱりとほかの女子に気持ちがないことを伝えてくれる。

――でももんにゃりする。

 珠緒とてまるでモテないわけではない。が、男友達はなく、つくる気持ちもない身持ちの堅さが地味な外見に表れているのか、男子は寄ってこない。モテ偏差値は五十は下らないと信じたいが正直、自信がない。モテ度合いは恋人の悟が断然上だ。

 格差カップル、――そう噂されているのを耳にしたこともある。
 悟が珠緒に不満をもっているかどうかは知らない。知りたくもない。
 周囲からの「格差」という評価に珠緒は平気なふりをしているが、実際は心が削られている。はじまりは悟からの熱心なアプローチと告白で、今も大切にしてくれているけれどそれでも、悟のなかに変化があるような気がしてならない。

――来年まで続くか、分からないなあ。

 大学四年の珠緒は半ば諦めている。足掻あがきに足掻いてなんとか希望する企業の内定を掴み、卒業論文の目処が立った秋の終わり、今のところ順調にきているけれど悟との仲は自然消滅になるだろうと珠緒は考えていた。
 
 

 あと、ちょっと。もう少しで書き終えられる。
 夜。自宅アパートでひとり、卒業論文の執筆に励んでいると
 ぶぶ。
 スマートフォンが震えた。チャットツールの通知だ。ちょうど作業にんでいたところだったのでこれ幸いとスマートフォンを起動する。

〈これっていわゆる匂わせなのでは?〉

 ゼミ友から送られてきたのは火山噴火のスタンプとSNSのスクリーンショットだった。
 が、ん。
 頭を殴られたかのような衝撃だった。
 白とピンクでそろえられたかわいらしいインテリアの部屋に立つ男の後ろ姿が見える。

〈お持ち帰り、しちゃった〉

 ピースサインの絵文字入りのキャプションが入っている。アカウント名は「lamer0215」、山田来明瑠だ。
 男は黒に近い濃い色のシャツを半分脱ぎかけているところだった。
 悟だ。
 子ども向け知育玩具ブランドのロゴが入った中のTシャツに見覚えがある。夏休みにいっしょに買いもとめたものだ。もちろんそのロゴ入りTシャツを着ている若い男なんて、悟のほかにいくらでもいるだろう。でも上着を脱ぐときに体をひねる、独特の癖や細く見えて案外しっかりしている胴体の厚み、首から肩のライン、髪型や輪郭は見慣れた悟のものだった。

〈バ先の後輩ちゃんに聞いたんだけど、この部屋ってラブホじゃなくてラメちゃんちなんだって〉

 珠緒はスマートフォンの電源を落とした。先方のトーク画面に既読表示がついていると分かっている。それでもゼミ友からのメッセージに返信できなかった。
 他人の不幸は蜜の味がすると聞く。心配する態でゼミ友からのメッセージにはおもしろがる色が滲んでいた。僻み心がそう思わせているのかもしれない。

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