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間章 春雷
2.
しおりを挟む雷に撃たれ視界を灼かれた眩さが恋情だと気づくまで、さして時間はかからなかった。
もう三十路だ。自分が特別な存在だと闇雲に思い込むほど幼くはない。それでも仕事に時間をとられる日々、大切に思う相手にとって特別でありたいという欲求は切実に強くなっていた。ましてまだ元の恋人千春との破局を自覚して間がない。そんなタイミングで落ちた片恋だったから、広居はことさら慎重になった。
大路樹子が真剣にメモをとりながら広居の話に耳を傾ける様子に心躍ることがあっても、仕事に慣れずあたふたしたり苦しんだりするさまに胸を痛めることがあっても、心中で吹き荒れる嵐を面に出すことはない。
――気持ちを抑えなければ。
溜め息を押し殺す。
だらだらと未練を残した挙げ句、千春との関係が終わったとやっと納得がいったころに出会った樹子へと広居はすぐに舵を切れなかった。直属の部下だから。社長の親戚だから。手を出せない理由はいくつも挙げられる。それよりも恋をしてどんな行動を起こせばいいか分からなかったからであり、何より
――河合さん、天使のようですよね。
樹子の気持ちが自分に向いていないと知ったからであった。
初めて知った。恋は苦しかった。
千春をのぞく元恋人たちが広居の言葉の、仕草の行動のひとつひとつに一喜一憂するさまを
――そんなに心配しなくても他の女の子に目を向けたりしないのに。
などとほほえましく見守っていた当時の自分をどやしつけたくなる。ほほえましいなどと壁を作られた彼女たちの苦しみを広居は今、厭というほど味わっている。自分の思いの丈と同じだけ相手から思われたいと願ったところで詮無い。詮無いからと割り切れもできなければ楽になることもない。独り善がりであろうとなかろうと苦しみは苦しみだった。
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