命の罪を数えて

オルタンシア

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1.変わり者の男

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ゴーン、ゴーン。学校の鐘の音でぼんやりとしていた意識が戻る。今は六限目の犯罪心理の授業だったみたいだ。

「なあ、来週のボランティア一緒に行かね?」
「今日のお祈りの言葉、いつもより綺麗に作れたの」

放課後の教室で、楽しそうに笑いあうクラスメイトの間をすり抜ける。もはや僕の存在を気に留める人は誰もいない。
僕が罪深い人間だから。
前世の自分が犯した罪を忘れ、親に見放された子どもがいるらしいと、入学当初は随分と話題になったものだ。隣の、そのまた隣のクラスからも僕を見物しに来る人が絶えなかった。教師でさえも僕のことをじろじろと不躾な目で見てきた。
 廊下に出ると、僕を睨んでいる人がいた。

「なに、悲愴な顔してんの」
「……篤志あつしくん」
「何にも覚えてないくせに、よくそんな顔ができるもんだよな。俺らへの当てつけかよ」

この世界の人間の誰もが前世の記憶を思い出すことを望んでいるわけではなかった。だから、篤志くんのように、何も覚えていない僕を攻撃してくる人も多かった。

「ちょっと篤志!そいつには関わんなって何回も言ってるじゃん!」

僕のクラスから派手な格好をした女の子が出てきて、篤志君の腕に抱きついた。高校に入ってから、篤志くんにはいつもたくさんの女の子が群がっていた。

「わかったよ」

篤志君がすっと引き下がる。
前世犯した罪は、みんな大っぴらに話そうとはしないものの、その人が何を特に気にしているかでなんとなくわかるものだ。篤志くんは女性には怒ったりしないから、きっと女性関係で罪を犯したのだろうと思っている。

「ほら、あいつじゃない?」
「だめだって、目を合わせたら逆上するらしいよ」

僕は学校から早歩きで出て行く。頬を突き刺すように痛い、冷たい冬の風に耐えながら。
ここ最近学校では、前にもまして悪い噂が独り歩きして、どんどん尾ひれがついてきている。
ここには僕の敵しかいない。
何も聞こえないように耳をふさいで、僕はほぼ走る速度で家に帰った。
商店街を抜けて裏道に入ると、一人で住むには大きすぎる無機質な一軒家が見えてきた。
扉を開けると、白い塊が飛び出してきた。ほっと一息をつく。

「ただいま、エル」

エルは僕が養護施設にいたときに河原で見つけた猫だ。泥だらけで小さくて、今にも死にそうだったエル。今や真っ白な天使みたいだ。
中学三年の初めに引っ越しをすることになったため、こっちへ連れてきてしまった。本当はよくないことだとわかっていたけれど…

「僕の味方はお前だけだよ」

エルの額と僕の額をくっつける。ふわふわの毛があたって少しくすぐったい。

「なあ、エル。みーんな今世を大切に生きてるんだ。自分の犯した罪を償うために、必死に生きてるんだよ。……でも、僕は、僕はどうすればいい?」

僕は何も持って生まれてこなかった。
苦しみをもたらす残酷な記憶を持たない僕は幸せ者だろうか。
覚えてもいない罪を償えと言われ、存在自体が罪と言われ、時に記憶がないことを妬まれる。

「……僕の生きている意味は何なんだろうな」

にゃおん。エルは哀しげに小さく鳴いた。


次の日の朝、僕は学校を無断欠席した。今年に入ってからは初めてだった。

「エル、留守番よろしく」

にゃ。一声可愛らしく鳴いたエルを確認してから扉を開ける。

時折、心が耐えきれなくなる。
毎日罪を償うためのお祈りをし、罪を償うための善行の方法を学ぶ。覚えてもいない罪を毎日毎日反省しなければいけない。いっそ、飛び降り自殺でもしてやろうかと、何万回考えたことか。

それでも、そんな気持ちも河原にきて水の音を聞くと少しだけ落ち着く。水の音を聞くと何も考えなくていい。
……エルがまだいるから死ねないよな。
そう思う余裕が出てきたので、帰ることにした。

すると、後ろから誰かに肩をたたかれ、びくっとして振り返る。
よれよれの苔っぽい色のコート、ぼさぼさの長髪、何日もお風呂に入っていないような、つんとした匂い。
明らかにホームレスの男の人だ。ぼそぼそと男が何かつぶやいているみたいだ。

「あの、どうかしましたか」

「…お前の罪は何だ?」

「えっ」

僕は目を丸くした。直接他人の前世の罪を聞くのは、タブーとされているのに。男はちっとも気にしていないみたいだ。

「あの……僕は罪を覚えていないんです」

こういえば、きっといつも通り嫌悪感に満ちた目で見られるんだろうなと思った。しかし、男は予想外の言葉を言った。

「思い出せ…お前の罪を思い出せ。忘れるな、一人の人間を苦しめた罪を」

「……どういう意味ですか?」

訳が分からなかった。この人は僕が誰かを苦しめたという罪を知っているかのように話す。当の本人にさえ記憶がないというのに。
男は僕の問いに答えることはなく、くるりと背を向けて去っていった。
僕はそれを引き留めることができなかった。それ以上聞くことが怖くて仕方なかった。あの男は僕の罪を本当に知っている気がしてしまった。
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