僕の異世界、私の世界~アーク大陸冒険起譚~

まるふじ らん

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第一章 『誰が為の異世界』

05 『僕はいつでも背伸びをしていた』

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 誕生祭――それは齢15歳を迎えようとする少年少女に課せられる一つの大きな試練。
 
 それまでは守られる側であり子供だった僕らを、誰かを守る側の大人へと昇華する為の儀式。
 それが数日後に控える誕生祭の正体だ。
 そんな大事な日を目前としている僕が何をしているかというと――

「にもかかわらずこれは無いよ……おばあちゃん」
「無駄口をたたく暇があるのなら、手を動かしなさい」

 僕の弱音を粉砕するアルナおばあちゃん。
 怖い、めちゃくちゃ怖い。
 エキュ一家が落ち着きを取り戻し挨拶回りを終えた僕は、寄り道などもせず真っ直ぐに帰宅した。
 その結果がこれである。
 薬草騒動のおかげですっかり忘れてしまっていたのだ。
 
 現在の僕はおばあちゃんの指導の下、アパン語の勉強を必死で行なっている。
 本来は数日後に迫る誕生祭の為にサシャ姉に武術の教えを乞いたいのだけども、夜に教わると取り決めていた以上、のこのこと帰宅した僕に逃げ場など存在しなかった。

「だってこのままじゃあ……誕生祭失敗して小さい結晶核を貰うかもしれないんだよ?」
「ミヤ、焦っても仕方ないさ、それにお前さんが誕生祭を失敗するなんて万に一つもあり得ないさ……サシャも付いているんだからね」

 おばあちゃんは僕を安心させるべく諭すように語りかけてくれる。
 その気持ちはとても嬉しいのだけどそれでも不安なものは仕方ない。

 誕生祭で行うことはただ一つ――『狩り』だ。

 性別が異なれば多少成功条件の緩和が認められたりはするものの、基本的に誕生祭の主役は独力で魔物相手に戦いを挑まなければいけない。
 
 ちなみにサシャ姉は女性であるにもかかわらず、条件の緩和を拒否。
 これには以前からサシャ姉の行動力をご存じだった集落の人々も驚いていた。
 
 群れを形成して陸地を疾走するモーム。
 枝に生えた果実を餌に近づいて来た動物を殴り倒すブルグ。
 戦闘能力はあまり有していないが上空から弱っている獲物を狙い続けるグモウなど――
 
 いまだかつて見た事の無い『山』や『海』と呼ばれる地形にはもっとたくさんの種類の魔物が生息しているらしいけど、このだだっ広い草原の中でも多数存在する魔物を如何にして多く討伐することが出来るか、これが誕生祭の目的だ。
 
 ちなみにサシャ姉は女性であるにもかかわらず、誕生祭の最高討伐数を塗り替えている。これを機にリンボルンボの彼女を見る目が変わったとかなんとか。

 
 そんな誕生祭を無事に終えることで貰える物が三つある。
 
 一つはニクモも身に着けていた木製の指輪、僕ら子供が大人になった証だ。
 二つ目はレトナ王国力の象徴たる赤い結晶核。
 そして三つめは――

「おや、そろそろ暗くなってきたようだね」

 誕生祭のことについて思考を巡らせている僕の意識は、その一言で我に返る。
 窓から外を眺めると確かに景色は、橙色に変化した陽光を映えるように暗く染まっている。
 そのおかげで、陽の光が届きにくい室内も暗くなっており、目の前に並べられた字体がぼやけて本が読み辛くなってしまっていた。
 通りで集中出来ない訳だ。
 決して疲れたからという理由ではない。断じて。

 おばあちゃんはいつもの安楽椅子に腰かけたまま、魔法の詠唱を開始する。

「我の名はアルナ、刻限により影表出する時来たれり。我の名において赤き力よ、日を真似ん」
 
 その瞬間――
 室内に予め設置されていた結晶核が熱を帯びたかのように赤く染まり、大きな影が差し込む室内を照らしあげた。
 その光はとても眩いものであり、現在が夜間であることを錯覚するほどの暖かい光だった。

「いいなぁ……」

 思わず羨望が入り混じった声が出てしまった。少し恥ずかしい。

「お前さんももうすぐすれば使えるようになるさ、詠唱の言葉はもう決めたのかい?」
「うん! とっておきの呪文を考えたんだ! 楽しみにしててね!」

 僕の弾んだような声が嬉しかったのか、おばあちゃんはにっこりと微笑みながらその隣に座る僕の頭を撫でてくれた。

 詠唱呪文、そうこれこそが誕生祭で僕に送られる三つめの贈り物だ。
 
 僕が考案した詠唱呪文に魔法協会と呼ばれるレトナ王国全土の魔法を管理する者達直々の調整が加わることで魔法は発動出来るようになる。
 僕ら子供が魔法を使用できないのはこの仕組みが存在しているからだ。


「やっと終わったああ…………」
「お疲れ様、よく頑張ったね」

 おばあちゃんに与えられていた課題がようやく終わった。な、長かった……。
 
 これまでのどの羊皮紙の束よりも圧倒的な物量を誇るそれは、これまた膨大な量の単語で一面が埋め尽くされており、初めて見た時なんかあまりの気の遠くなる作業に眩暈を感じた程だった。
 休憩を挟みつつ必死に覚え込んだこれらの使い道はもしかしたら無いのかもしれないけれど、何物にも代えがたい達成感を僕に与えた。

「おばあちゃん! まだまだ頑張れるからさ!早速次の羊皮紙貸して!」
「……ミヤ、お前さんは本当に優しい子だね」
「……? どうしたのさ、いきなりそんなこと」

 おばあちゃんの返答は予想だに出来ない言葉だった。
 どうして急に僕のことを褒めてくれるのか。その理由がよく分からなかった。

「なに、婆との約束を守ってくれてね、嬉しいのさ」
「そんなの当然だよ、だって約束したじゃない」

 人生を賭してでも覚えると、大見栄切ってまで僕は約束したんだ。
 その約束を守ることぐらい僕にとってどうってことはなかった。
 隣に座るおばあちゃんは僕の言葉に頷きながら机に散らばった羊皮紙の一枚を掴む。

「……お前さんが今日勉強していた羊皮紙があるだろう」
「うん」
「アパン語で書かれた単語や語句、言葉が綴られているそれらは本当に、本当に膨大な量だった……婆も嫌になって途中で投げ出してしまう程にね」
「そうなんだ……」

 初耳だった。
 てっきりおばあちゃんは全部を覚えているものだと思っていたのだ。

「だがミヤ、おまえさんはやり遂げた」
「も、もしかしてこれで終わりってこと……?」
「ああ、これで終わりさね……よく頑張ったね」

 僕は机の上に置かれている無数の羊皮紙を眺める。
 信じられない。喜びよりも驚きの気持ちの方が溢れてくる。
 だって、これからもアパン語を勉強し続けるっておばあちゃんと約束したのは今日の朝だ。
 てっきりこれからも、大人になってからも約束は続いて、僕がおばあちゃんとの約束の本を読むことになるのはもっと先のことだと思っていたから。

「勿論勉強を続けることを怠ってはいけないよ? 人は……忘却する生き物なんだから」
「う、うん」

 素直に肯定したは言いものの、僕の頭の中は整理も出来ずぐちゃぐちゃだった。
 
 ようやく本が読めるんだ――もう終わりだなんてあっけない――だけど勉強は続けなきゃ――でもこんな使い道のない言語なんかに――誕生祭の訓練もしないと――
 それらの言葉が優先されるべき事柄として延々と回り続けている、そんな感じ。
 そんな僕の動揺を見抜いたのだろう、おばあちゃんは諭すように語り掛ける。

「今日の朝、おまえさんと約束した時には遅かれ早かれこうなるのは分かっていたんだ、だってそうだろう? 何せサシャとは違って小さい頃から興味を示し驚くほどの早さで吸収していったんだからね」

 まるで自分自身にも語りかけているかのように、言葉は続く。

「まぁでもこれだけの量の羊皮紙だ、実のところもっともっと時間がかかるんだろうとは思っていたけれどねぇ……やっぱりミヤ、おまえさんは凄かった」

 自分が出来なかったことを平然とやり遂げる血縁者に対し、朗らかに笑いかける。

「以前、婆はおまえさんにこう言ったね、『人生を賭してでも覚えなさい』って」
「うん……」
「お前さんの人生でアパン語は大きな意味を持っている」
「…………」

 断定された言葉に対して僕は言葉を返すことが出来なかった。
 その未来を思い浮かべることの出来ない僕にとって、にわかに信じがたい事柄だ。
 だってそうだろう、こんなどこでも使われていない言葉に意味があるなんて到底思えない。
 でも……。

「正直言ってさ、おばあちゃんの言ってること、全然実感が湧かないんだ」
「…………」
「だってそうでしょ、僕ら以外誰一人もアパン語を使っているとこを見たことないんだもん」
「…………」
「でも信じるよ、おばあちゃんが言っているから、僕は信じるよ」
「……うん」

 おばあちゃんの言葉に意味があると、僕は信じることにした。
 だからアパン語が僕の人生に関わってくるという、現実味の無い絵空事のようなことも信じる事にした。
 考えてみれば意味があるないかなんて疑問はとうの昔に置いて来たのだ。
 興味本位とはいえ、覚えることに夢中になった自分が存在している以上、この使い道の見当もつかない言葉に人生を任せてしまうのも悪くないと思えてきた。

「長々と悪かったね、老獪のお節介ってやつは調子に乗るとすぐに時間を食っちまう」
「ううん、僕も改めて気持ちを入れ替えることが出来たから平気だよ」
「子供は、いつの間にか育つもんなんだねぇ……」

 在りし日のことでも思いだしているのか、瞑目するおばあちゃん。

「……僕はもう子供なんかじゃないよ、もうじき立派な大人さ」

 そんな子供の背伸びが通用するはずもなく。
 おばあちゃんは苦笑しながら僕の頭をいつものように優しく撫でてくれた。

「婆からしたらいつまで経っても子供のままさね」
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