僕の異世界、私の世界~アーク大陸冒険起譚~

まるふじ らん

文字の大きさ
12 / 17
第一章 『誰が為の異世界』

10 『始まりの集落、名を――』

しおりを挟む
 これがゲームだったら美麗なカットシーンが差し込まれていたに違いない。

 それぐらい感動した!この子はええ子や!
 そんな現代人じみた感想を胸中に抱かずにはいられなかった。
 しかし、握手を交わした私たちの初々しい雰囲気は突如思わぬことで瓦解することになる。

 ぐぎゅるるるるるるる……。

 どこか親近感を沸き起こす異音が対面の女の子の腹部から聞こえてきた。

 突然の不可抗力な事態にアイナは顔を真っ赤にしながら、あわわと慌てている。
 可愛い。こんなお約束の展開に巡り合えるなんて、神様ありがとう……。
 そしてそんなイベントを進めることが出来るアイテムを私は持ち合わせている。

 ここぞとばかりに私は残しておいた二つの林檎をポケットから取り出す。

 ‹あ……えと……›

 よほどお腹が減っているのだろう、林檎を物欲しそうな顔で見つめている。

 そんな彼女に私は林檎を二つともプレゼントした。
 元はと言えば私を助けてくれたからこそ彼女はここにいるのだ。
 そんな優しい彼女がお腹を減っているのであれば、喜んで差し出すのは当たり前である。

 ‹……ありがとう›

 林檎のように真っ赤な恥ずかしそうな表情のまま、彼女はか細い声で感謝の言葉をくれた。

 先程までの説教ぽいキャラはどこへやら。
 一転してしおらしい態度を見せるアイナ。
 そんな彼女にドキドキしない人間がこの世に存在するだろうか。破壊力が凄い。
 今までは年下の人間に好意を持ったりすることはなかったのだが……。

 おそらく私の頬にも年甲斐も無く朱色が差していることだろう。
 チョロイ、チョロ過ぎるだろう自分。
 無言で黙々と林檎をハムハムとついばむ彼女の表情を見るのも出来ない。
 そんな齢二十五のおっさんは夜空を彩る星の数をただただ数えるしかなかった。



 それからしばらくして――

 ‹もうそろそろ出発かな›

 沈む月、浮かぶ太陽。

 私たちは無事朝を迎えることが出来たのだ。
 ブルグと呼ばれた木のモンスターは太陽の光が苦手なのか。
 地響きを鳴らしながら太陽に背を向けるようにくるりと回転した。
 これでひとまず安心だ。

 実はブルグの他にも、辺りを徘徊していた大きなネズミのような生き物がいた。
 だが、アイナの牽制の甲斐もあって私たちに危害を加えることなくいつのまにか姿を消していた。
 それはつまり彼女が一定の緊張感の中で一睡もしてないことを如実に表していた。

 ‹あいつはモーム、危ないから後ろに下がっていて›

 木製の剣を構えながら、彼女は私を気遣う様にそう言っていた。
 その言葉に甘んじ、足手まといになるだけで彼女の助けになれないのがもどかしく。
 そしてこの感謝の気持ちを直接伝えることが出来ないのが悔しかった。

「恩返しの為に、頑張らないとな」

 そんな彼女の努力をもって迎えた朝日はとても眩しく美しいもので。
 人の気持ちを改めて奮い立たせるのには十分すぎるくらいのものだった。

 ‹さぁあまり長居しても仕方ないし、ここを離れましょう›

 彼女の提案に頷き返す。
 アイナは背後で大きく身震いしている大きな動物の背を撫で

 ‹この動物はキーチェ、彼の背に乗って移動するから振り落とされないように気をつけてね›

 キーチェと呼ばれる見るからに馬と牛と羊を混ぜ合わせたような動物。

 そいつは早くしてくれと言わんばかりに鼻息を荒くしている。
 恐る恐る近づいてみると、キーチェは一瞬だけぶるっと震えると大人しくなり、私はすんなりとその背に跨ることが出来た。
 その馬のようにがっしりとした背は羊毛のようにふわふわしていてとても心地よい。

 私が上手く乗れていることを確認すると、彼女は慣れた動作でふわっと綺麗にキーチェの背にとびのる。

 ‹大丈夫みたいですね、振り落とされないようにしっかりと私に掴まって下さいね›

 そう言う否やキーチェは牛みたいな呑気な外見からは想像出来ないような速さで草原を駆け抜ける!

 思いのほか速い!!てかめちゃくちゃ速いんですけど!

 ‹この子はかなりの力持ちなんですよ、普段はもっと重たい荷台も平気で運んだりするんですけど、アイナ達ぐらいの軽さだったらこれぐらいの速さが出ちゃうんです›
「速っ……過ぎっ……!」

 私の歩く移動速度なんかとは比べ物にならないほどの速さ、まるで自動車のようだ。
 
 背に跨った当初では、女の子にしがみつくのは恥ずかしいこと……なんて考えていたが、周りの景色を平気で置いていくその速さにそんな余裕は欠片も長続きしなかった。
 気を抜くと死ぬ。
 そしてそんな状況下の中で手綱をしっかりと握り身体を固定しているアイナさん、カッコイイ。
 しばらくするとそれまでは一面草原だった景色に変化が生じる。

「あれは……」

 砂漠や海、山が出現したりはせず大まかな景色は依然緑豊かな草原のままだ。
 だがそこにはあきらかに一日ぶりにお目に掛かる人工物が立ち並んでいた。

 ‹見えてきましたね›

 背中越しに彼女の表情そのものを窺い知ることは出来ない。
 だがその声色からはどこか嬉しそうな響きが滲み出ている。
 段々近づいてくる人工物の正体、それは――


 ‹ようこそ、私たちのケルザの集落へ›
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

高校生の俺、異世界転移していきなり追放されるが、じつは最強魔法使い。可愛い看板娘がいる宿屋に拾われたのでもう戻りません

下昴しん
ファンタジー
高校生のタクトは部活帰りに突然異世界へ転移してしまう。 横柄な態度の王から、魔法使いはいらんわ、城から出ていけと言われ、いきなり無職になったタクト。 偶然会った宿屋の店長トロに仕事をもらい、看板娘のマロンと一緒に宿と食堂を手伝うことに。 すると突然、客の兵士が暴れだし宿はメチャクチャになる。 兵士に殴り飛ばされるトロとマロン。 この世界の魔法は、生活で利用する程度の威力しかなく、とても弱い。 しかし──タクトの魔法は人並み外れて、無法者も脳筋男もひれ伏すほど強かった。

出来損ない貴族の三男は、謎スキル【サブスク】で世界最強へと成り上がる〜今日も僕は、無能を演じながら能力を徴収する〜

シマセイ
ファンタジー
実力至上主義の貴族家に転生したものの、何の才能も持たない三男のルキウスは、「出来損ない」として優秀な兄たちから虐げられる日々を送っていた。 起死回生を願った五歳の「スキルの儀」で彼が授かったのは、【サブスクリプション】という誰も聞いたことのない謎のスキル。 その結果、彼の立場はさらに悪化。完全な「クズ」の烙印を押され、家族から存在しない者として扱われるようになってしまう。 絶望の淵で彼に寄り添うのは、心優しき専属メイドただ一人。 役立たずと蔑まれたこの謎のスキルが、やがて少年の運命を、そして世界を静かに揺るがしていくことを、まだ誰も知らない。

死んだはずの貴族、内政スキルでひっくり返す〜辺境村から始める復讐譚〜

のらねこ吟醸
ファンタジー
帝国の粛清で家族を失い、“死んだことにされた”名門貴族の青年は、 偽りの名を与えられ、最果ての辺境村へと送り込まれた。 水も農具も未来もない、限界集落で彼が手にしたのは―― 古代遺跡の力と、“俺にだけ見える内政スキル”。 村を立て直し、仲間と絆を築きながら、 やがて帝国の陰謀に迫り、家を滅ぼした仇と対峙する。 辺境から始まる、ちょっぴりほのぼの(?)な村興しと、 静かに進む策略と復讐の物語。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

異世界転移からふざけた事情により転生へ。日本の常識は意外と非常識。

久遠 れんり
ファンタジー
普段の、何気ない日常。 事故は、予想外に起こる。 そして、異世界転移? 転生も。 気がつけば、見たことのない森。 「おーい」 と呼べば、「グギャ」とゴブリンが答える。 その時どう行動するのか。 また、その先は……。 初期は、サバイバル。 その後人里発見と、自身の立ち位置。生活基盤を確保。 有名になって、王都へ。 日本人の常識で突き進む。 そんな感じで、進みます。 ただ主人公は、ちょっと凝り性で、行きすぎる感じの日本人。そんな傾向が少しある。 異世界側では、少し非常識かもしれない。 面白がってつけた能力、超振動が意外と無敵だったりする。

【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。

神は激怒した

まる
ファンタジー
おのれえええぇえぇぇぇ……人間どもめぇ。 めっちゃ面倒な事ばっかりして余計な仕事を増やしてくる人間に神様がキレました。 ふわっとした設定ですのでご了承下さいm(_ _)m 世界の設定やら背景はふわふわですので、ん?と思う部分が出てくるかもしれませんがいい感じに個人で補完していただけると幸いです。

処理中です...