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1章 姉妹
02 二人
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さて――先程の娘が汁粉を盆に載せてやって来た。両手は盆でふさがっているので、
器用に脚をつかいドアを開けて、「よっこらしょっと」おばさん臭い台詞とともに入ってくる。
娘は汁粉を二杯と自分のコーヒーを白いテーブルに置くと「はい、どうぞ」と言って笑みをうかべる。
その笑顔に私達を訝る感じは見て取れない。
「………」
「いただきます――」
と言って、私はうつわに口を付ける。
汁粉は熱すぎず、温すぎず、とても甘かった。
「んんんー、これは善哉(よいかな)、とても甘くて美味しいじゃないか!!」
その一口が、甘い汁粉の一口が、ガツンと脳に響いて、寝惚けた私を叩き起こす。
となりの小梅は、はやくも三口目をこんこんと飲んでいた。
そして、向かいの娘はベッドを背にして座りコーヒーを少し飲むと、溜息を吐く。
「………」
ほんの数秒であったが、とても長く感じられた。
私は、なんと言ったらよいのか分からない。
知りたい事は沢山あるのに、主導権はこの娘にあるのだから。
ん……、ちょっと待てよ。よく見ると、この娘、なにやら困っているような風だぞ。
つまり、さっきの溜息は、どうしてよいのか分からないから自然と吐いた溜息であって、
この娘も私のことは其れほど知らぬという訳か。
ん……、何やら上目遣いで私の事を見ているし……。
じぃぃぃ―――
そうして、凝視していると、思わず目が合い、娘はハッとして目をそらす――。
すると、コーヒーを一気に飲み干したのだった。
ゴクリ――と、最後の一口は喉を鳴らすほど勢いがよく。
あー、そんなに慌てることもないだろうに……。
そんなに慌てると、噎(む)せてしまうぞ。
とまあ、眺めていたら、顔が真っ赤になり、見事に噎せた。
ケホッ――、ケホッ、ケホッ、コンコンコン――と、
そんな感じで、会話になる状態ではない様だから「お前、大丈夫か?」と聞くと、
ウンウンウン――と頷いてから目頭を袖でこすり、こう言った。
「本当に、私のこと分からないのね……」
「ああ…すまん……、分からんのだ。こうゆうケースは初めてなのでな」
そう言うしかなかった。
言われて、娘は少し落ち着き、こう言うのだった。
「えーと、始めまして……桃華お姉ちゃん。私、梨華(りか)って言います」
ふむ、はやり初対面だったか。
まあ姉妹らしいから、記憶は私が此方に戻った時に改竄されて、色々と刷込まれたのだろう。
にしても、小梅が見えるのは妙だな。
常人には見えぬはずだが? それもふまえて訊くとしよう。
「そうか、では梨華よ、私達に両親は居るのか?」
「……」
梨華は少し考えて、こう言った。
「いる……、けど、もう居ない……」
言って、今にも泣き出しそうな、悲しい顔をした。
「……」
なんとなく、よい事ではないのだろうけど、そのあたりも訊かねば。
「そうか、私のせいで悲しい思いをさせたな……すまぬ」
「ううん――いいよ。お母さんのことは、事故だったし、それに、色々と桃華お姉ちゃんの話も聞かせてくれたし、ね。
あとね……水原(みずはら)の家の人もよくしてくれているし」
……なんと、母親は私の旧知か。
それは、その者が誰なのか知らねばならない。
そして、侘びねば……。
「それは……たぶん、母上の命数は私のせいだろう――すまぬことをした」
そう言って侘びた。
頭を下げて、責め、咎め、詰(なじ)られるのを待っていたが、それは意外にも優しい言葉だった。
「違うの、お母さんは、お姉ちゃんに助けられて、長生き出来たの。それで、恋愛して、結婚もしたし。
だから、私がいるの……分かる?」
ああ、そうか。
ならば、私が救った者だな。
だが、いったい誰だろうか、これほどの因果を起こす者とは、いったい。
「そうかい、そう言ってくれると少しは気が楽になるよ。ところで梨華よ、お前の母親の名前はなんていうのだい、
よければ旧姓で教えてくれないかな?」
そう言われた梨華は、表情を明るくして、母の思い出を話しだす。
「お母さんの旧姓は、結城楓(ゆうきかえで)といいます」
楓か……、その明るいところとかがそっくりだった。
「そしてお父さんは、上杦雄一朗(うえすぎゆういちろう)。この『杦(すぎ)』って珍しい字でしょ、
これで上杦(うえすぎ)って読むの、なんでも昔の上杉家だっけ……あの武将の上杉ね。その遠縁にあたるらしく て、戦で負けて、隠遁するために字を変えて農民になったって言っていたよ」
ふむ、父親が上杉の遠縁か……。
字を変えているところを見るに、山内上杉氏の一族か。
どのみち、私の親戚だな。
「でね、お姉ちゃんのことは、お母さんがよく話してくれたよ。私にも霊感があるみたいって分かった時も、
とくに気味悪がらなかったかな……お母さんにもそうゆうの、あったみたい。
だから、小梅様のことも、もし見えたらこんな姿だよって教えてくれたのですよ」
ふーん。
梨華の霊感は、母親譲りか。
「でも……、桃華お姉ちゃんは……??」
あれ、なんだろう。
この訝るような視線は。
さっきも、さっきもこんな感じに私を見たな。
「ん――、やっぱり私が聞いていた容姿と違うのよねー。私が聞いたお姉ちゃんって、
二十代前半で、グラマーだけど駄肉が無くて、美人の先生って聞いていたけど……。なんで、高校生なの?」
それは、私が知りたいわ。
「でもさー、今のお姉ちゃんも悪くないよ。なんて言うか今風で、すごくイケてる」
いや……、この残念体躯の何処が良いのやら……。
「今風と言われてもなー、よく見ると――ふむ、梨華のほうがよほど女子(おなご)らしく見えるぞ」
ほんと……、この娘、胸も尻もふくよかだし、均斉のとれた体付きだし、肌も滑らかで筋張っていない、
なんとも理想的な体躯ではないか。
「だがのー、その体躯で私のことを褒められても、私が惨めになるだけなのだが……。
私なんかほら――胸なんぞ弓を引いても弦の引っかかる部位も無く……
さながら弓の名手の如く速射出来てしまいそうじゃ!! それと――この尻と脚だが、なんじゃコレは。
尻は小さく痩せておるし、太股だってほれ――細くて貧素すぎるだろ!!」
これでは―――
「これでは、私の『神』としての威厳は失われてしまう。『美』を誇れないようでは女神としてのカリスマが……」
「あああああ―――」
とまあ、今度はよく分かるように妹の前で周章狼狽して、凹んでしまった。
で、目の前の妹にポカリと叩かれた。
器用に脚をつかいドアを開けて、「よっこらしょっと」おばさん臭い台詞とともに入ってくる。
娘は汁粉を二杯と自分のコーヒーを白いテーブルに置くと「はい、どうぞ」と言って笑みをうかべる。
その笑顔に私達を訝る感じは見て取れない。
「………」
「いただきます――」
と言って、私はうつわに口を付ける。
汁粉は熱すぎず、温すぎず、とても甘かった。
「んんんー、これは善哉(よいかな)、とても甘くて美味しいじゃないか!!」
その一口が、甘い汁粉の一口が、ガツンと脳に響いて、寝惚けた私を叩き起こす。
となりの小梅は、はやくも三口目をこんこんと飲んでいた。
そして、向かいの娘はベッドを背にして座りコーヒーを少し飲むと、溜息を吐く。
「………」
ほんの数秒であったが、とても長く感じられた。
私は、なんと言ったらよいのか分からない。
知りたい事は沢山あるのに、主導権はこの娘にあるのだから。
ん……、ちょっと待てよ。よく見ると、この娘、なにやら困っているような風だぞ。
つまり、さっきの溜息は、どうしてよいのか分からないから自然と吐いた溜息であって、
この娘も私のことは其れほど知らぬという訳か。
ん……、何やら上目遣いで私の事を見ているし……。
じぃぃぃ―――
そうして、凝視していると、思わず目が合い、娘はハッとして目をそらす――。
すると、コーヒーを一気に飲み干したのだった。
ゴクリ――と、最後の一口は喉を鳴らすほど勢いがよく。
あー、そんなに慌てることもないだろうに……。
そんなに慌てると、噎(む)せてしまうぞ。
とまあ、眺めていたら、顔が真っ赤になり、見事に噎せた。
ケホッ――、ケホッ、ケホッ、コンコンコン――と、
そんな感じで、会話になる状態ではない様だから「お前、大丈夫か?」と聞くと、
ウンウンウン――と頷いてから目頭を袖でこすり、こう言った。
「本当に、私のこと分からないのね……」
「ああ…すまん……、分からんのだ。こうゆうケースは初めてなのでな」
そう言うしかなかった。
言われて、娘は少し落ち着き、こう言うのだった。
「えーと、始めまして……桃華お姉ちゃん。私、梨華(りか)って言います」
ふむ、はやり初対面だったか。
まあ姉妹らしいから、記憶は私が此方に戻った時に改竄されて、色々と刷込まれたのだろう。
にしても、小梅が見えるのは妙だな。
常人には見えぬはずだが? それもふまえて訊くとしよう。
「そうか、では梨華よ、私達に両親は居るのか?」
「……」
梨華は少し考えて、こう言った。
「いる……、けど、もう居ない……」
言って、今にも泣き出しそうな、悲しい顔をした。
「……」
なんとなく、よい事ではないのだろうけど、そのあたりも訊かねば。
「そうか、私のせいで悲しい思いをさせたな……すまぬ」
「ううん――いいよ。お母さんのことは、事故だったし、それに、色々と桃華お姉ちゃんの話も聞かせてくれたし、ね。
あとね……水原(みずはら)の家の人もよくしてくれているし」
……なんと、母親は私の旧知か。
それは、その者が誰なのか知らねばならない。
そして、侘びねば……。
「それは……たぶん、母上の命数は私のせいだろう――すまぬことをした」
そう言って侘びた。
頭を下げて、責め、咎め、詰(なじ)られるのを待っていたが、それは意外にも優しい言葉だった。
「違うの、お母さんは、お姉ちゃんに助けられて、長生き出来たの。それで、恋愛して、結婚もしたし。
だから、私がいるの……分かる?」
ああ、そうか。
ならば、私が救った者だな。
だが、いったい誰だろうか、これほどの因果を起こす者とは、いったい。
「そうかい、そう言ってくれると少しは気が楽になるよ。ところで梨華よ、お前の母親の名前はなんていうのだい、
よければ旧姓で教えてくれないかな?」
そう言われた梨華は、表情を明るくして、母の思い出を話しだす。
「お母さんの旧姓は、結城楓(ゆうきかえで)といいます」
楓か……、その明るいところとかがそっくりだった。
「そしてお父さんは、上杦雄一朗(うえすぎゆういちろう)。この『杦(すぎ)』って珍しい字でしょ、
これで上杦(うえすぎ)って読むの、なんでも昔の上杉家だっけ……あの武将の上杉ね。その遠縁にあたるらしく て、戦で負けて、隠遁するために字を変えて農民になったって言っていたよ」
ふむ、父親が上杉の遠縁か……。
字を変えているところを見るに、山内上杉氏の一族か。
どのみち、私の親戚だな。
「でね、お姉ちゃんのことは、お母さんがよく話してくれたよ。私にも霊感があるみたいって分かった時も、
とくに気味悪がらなかったかな……お母さんにもそうゆうの、あったみたい。
だから、小梅様のことも、もし見えたらこんな姿だよって教えてくれたのですよ」
ふーん。
梨華の霊感は、母親譲りか。
「でも……、桃華お姉ちゃんは……??」
あれ、なんだろう。
この訝るような視線は。
さっきも、さっきもこんな感じに私を見たな。
「ん――、やっぱり私が聞いていた容姿と違うのよねー。私が聞いたお姉ちゃんって、
二十代前半で、グラマーだけど駄肉が無くて、美人の先生って聞いていたけど……。なんで、高校生なの?」
それは、私が知りたいわ。
「でもさー、今のお姉ちゃんも悪くないよ。なんて言うか今風で、すごくイケてる」
いや……、この残念体躯の何処が良いのやら……。
「今風と言われてもなー、よく見ると――ふむ、梨華のほうがよほど女子(おなご)らしく見えるぞ」
ほんと……、この娘、胸も尻もふくよかだし、均斉のとれた体付きだし、肌も滑らかで筋張っていない、
なんとも理想的な体躯ではないか。
「だがのー、その体躯で私のことを褒められても、私が惨めになるだけなのだが……。
私なんかほら――胸なんぞ弓を引いても弦の引っかかる部位も無く……
さながら弓の名手の如く速射出来てしまいそうじゃ!! それと――この尻と脚だが、なんじゃコレは。
尻は小さく痩せておるし、太股だってほれ――細くて貧素すぎるだろ!!」
これでは―――
「これでは、私の『神』としての威厳は失われてしまう。『美』を誇れないようでは女神としてのカリスマが……」
「あああああ―――」
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