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あと一ヶ月
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5月24日、あとこの世との別れまで1ヶ月ちょうど。
朝、目を覚ましたときに思ったのは、そのことだった。
早いな、早すぎる。
朝食を少女と取りながら、俺は考え込んでしまっていた。
この世ともお別れか。あと30回しか朝を迎えることができない。
サリーがトーストを頬張りながら、俺の顔をのぞき込んで言った。
「勇気、どうしたの?元気ないね。体調悪いの?」
俺は答えた。
「なんでもない。少し疲れているだけだよ。心配させてごめん」
少女は答えた。
「勇気、いつもがんばってるもんね。疲れちゃうのは当然だよ」
少女のトーストを持つ手が止まり、少し小首をかしげる様子。
朝日が、食卓に差し込みカップの中の紅茶の表面に光を反射させる。
揺らめく光と影。なんでもない情景、でもなんてこの世は美しいのだろう、
そんな風に俺は思ってしまった。
俺たちは朝食を終えた。片付けは俺の当番だった。
食器を洗うための水も冷たくて気持ちが良い。
皿に触れる感触までも愛おしく感じる。
これが死ぬ直前の感覚ということなのかな。
目に触れるものすべてが美しく感じる、とある闘病記に書かれていたことを思い出す。
本当にそうだな。
洗濯を終え、俺とサリーは約束していたとおり、
近くの神社まで朝の散歩をすることにした。
昨晩、夕飯時に少女はにこやかに俺に提案した。
「明日のお休み、朝晴れていたら、早めに起きてお散歩行こうよ。朝の神社って気持ちよいじゃない?清々しくて」
まあ、そうだな。清々しいという言葉がぴったりだ。
5月下旬にしてはひんやりとした朝の空気の中、
俺たちは武蔵国一宮である氷川神社へお参りに出かけた。
長い緑の参道、早朝だがちらほら参拝客がいる。
近所の人の日課なのだろう。
市民ランナーも多い。
死の足音が近づいている実感は無いが、避けられないものなのだろうし、
俺にできることは無い。
自暴自棄になってもいいのだろうが、サリーが心配するだろう。
そんなことをぼんやりと考えながら、二人で鳥居をくぐり境内に向かった。
境内はいつものように塵一つ無く掃き清められ、
他の場所とは違う清らかな空気に満ちていた。聖域と呼ぶのがふさわしい。
二拍二礼、目を閉じ手を合わせ神様に感謝した。
少なくともこの11ヶ月は、これまでに経験したことの無い充実した日々だった。
ありがとう、神様。そしてサリー。
死神に感謝?
そう感謝しか無い。
隣で一生懸命に手を合わせてお祈りをする小柄で華奢な少女をみやり、俺は思った。
サリーがいなければ、文句ばっかりのだらだらした生活を続けていただろう。
秋の予選会で悔しい思いをすることもなく、
試験で好成績を収めることも無く、
ゲームをしたり、友達とだべったり、喫茶店で馬鹿話をしたり。
そんな平凡な日常が悪いわけでは無いけれど、
流されて行くことにも気がつかずに流され、1年を過ごしたに違いない。
俺はもう一度決意を固めた。あと一ヶ月、精一杯生きてやろう。少女に俺は言った。
「サリー、ありがとうな」
少女は虚を突かれたらしく、目を大きく見開いてきょとんとしてから小声で言った。
「うん、こちらこそ、ありがとね、勇気」
火曜日、部活を終えた帰り道、俺はサリーに言った。
「あと、一ヶ月ないんだな」
サリーは、はっとしたように、立ち止まりこちらを見やった。
俺は言った。
「俺は精一杯生きてみるよ」
そして続けた
「県大会は、スケジュール的に俺が死んだ後だけど、地区予選は全力で挑む。期末試験は受けられないけど、できるだけのことはしようと思う。それがなににつながるわけでも無いのだろうけれど、たぶんそれがサリーの望みだろうし、俺の希望でもある。がんばってみるよ」
振り返ると、少女は少しうつむいて目に涙をためていた。
俺は言った。
「ごめん、泣かせるつもりはなかったんだ。大丈夫か?」
少女は小さく微笑み、ハンカチで涙を拭いてから大きく深呼吸をしてから俺に言った。
「勇気、ほんとに強くて格好いいな。私にはできないよ」
俺は笑って少女に言った。
「神様でもできないことがあるんだ?!」
少女は泣き笑いのような表情をして小声でつぶやいた。
「私にはできない、勇気はやっぱり凄いや。もしかしたら本当に・・・」
その後は、声が小さくて聞き取れなかった。
朝、目を覚ましたときに思ったのは、そのことだった。
早いな、早すぎる。
朝食を少女と取りながら、俺は考え込んでしまっていた。
この世ともお別れか。あと30回しか朝を迎えることができない。
サリーがトーストを頬張りながら、俺の顔をのぞき込んで言った。
「勇気、どうしたの?元気ないね。体調悪いの?」
俺は答えた。
「なんでもない。少し疲れているだけだよ。心配させてごめん」
少女は答えた。
「勇気、いつもがんばってるもんね。疲れちゃうのは当然だよ」
少女のトーストを持つ手が止まり、少し小首をかしげる様子。
朝日が、食卓に差し込みカップの中の紅茶の表面に光を反射させる。
揺らめく光と影。なんでもない情景、でもなんてこの世は美しいのだろう、
そんな風に俺は思ってしまった。
俺たちは朝食を終えた。片付けは俺の当番だった。
食器を洗うための水も冷たくて気持ちが良い。
皿に触れる感触までも愛おしく感じる。
これが死ぬ直前の感覚ということなのかな。
目に触れるものすべてが美しく感じる、とある闘病記に書かれていたことを思い出す。
本当にそうだな。
洗濯を終え、俺とサリーは約束していたとおり、
近くの神社まで朝の散歩をすることにした。
昨晩、夕飯時に少女はにこやかに俺に提案した。
「明日のお休み、朝晴れていたら、早めに起きてお散歩行こうよ。朝の神社って気持ちよいじゃない?清々しくて」
まあ、そうだな。清々しいという言葉がぴったりだ。
5月下旬にしてはひんやりとした朝の空気の中、
俺たちは武蔵国一宮である氷川神社へお参りに出かけた。
長い緑の参道、早朝だがちらほら参拝客がいる。
近所の人の日課なのだろう。
市民ランナーも多い。
死の足音が近づいている実感は無いが、避けられないものなのだろうし、
俺にできることは無い。
自暴自棄になってもいいのだろうが、サリーが心配するだろう。
そんなことをぼんやりと考えながら、二人で鳥居をくぐり境内に向かった。
境内はいつものように塵一つ無く掃き清められ、
他の場所とは違う清らかな空気に満ちていた。聖域と呼ぶのがふさわしい。
二拍二礼、目を閉じ手を合わせ神様に感謝した。
少なくともこの11ヶ月は、これまでに経験したことの無い充実した日々だった。
ありがとう、神様。そしてサリー。
死神に感謝?
そう感謝しか無い。
隣で一生懸命に手を合わせてお祈りをする小柄で華奢な少女をみやり、俺は思った。
サリーがいなければ、文句ばっかりのだらだらした生活を続けていただろう。
秋の予選会で悔しい思いをすることもなく、
試験で好成績を収めることも無く、
ゲームをしたり、友達とだべったり、喫茶店で馬鹿話をしたり。
そんな平凡な日常が悪いわけでは無いけれど、
流されて行くことにも気がつかずに流され、1年を過ごしたに違いない。
俺はもう一度決意を固めた。あと一ヶ月、精一杯生きてやろう。少女に俺は言った。
「サリー、ありがとうな」
少女は虚を突かれたらしく、目を大きく見開いてきょとんとしてから小声で言った。
「うん、こちらこそ、ありがとね、勇気」
火曜日、部活を終えた帰り道、俺はサリーに言った。
「あと、一ヶ月ないんだな」
サリーは、はっとしたように、立ち止まりこちらを見やった。
俺は言った。
「俺は精一杯生きてみるよ」
そして続けた
「県大会は、スケジュール的に俺が死んだ後だけど、地区予選は全力で挑む。期末試験は受けられないけど、できるだけのことはしようと思う。それがなににつながるわけでも無いのだろうけれど、たぶんそれがサリーの望みだろうし、俺の希望でもある。がんばってみるよ」
振り返ると、少女は少しうつむいて目に涙をためていた。
俺は言った。
「ごめん、泣かせるつもりはなかったんだ。大丈夫か?」
少女は小さく微笑み、ハンカチで涙を拭いてから大きく深呼吸をしてから俺に言った。
「勇気、ほんとに強くて格好いいな。私にはできないよ」
俺は笑って少女に言った。
「神様でもできないことがあるんだ?!」
少女は泣き笑いのような表情をして小声でつぶやいた。
「私にはできない、勇気はやっぱり凄いや。もしかしたら本当に・・・」
その後は、声が小さくて聞き取れなかった。
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