死神見習いと過ごす最後の一年

小泉洸

文字の大きさ
16 / 21

あと一ヶ月

しおりを挟む
 5月24日、あとこの世との別れまで1ヶ月ちょうど。

朝、目を覚ましたときに思ったのは、そのことだった。

早いな、早すぎる。

朝食を少女と取りながら、俺は考え込んでしまっていた。

この世ともお別れか。あと30回しか朝を迎えることができない。

 サリーがトーストを頬張りながら、俺の顔をのぞき込んで言った。

「勇気、どうしたの?元気ないね。体調悪いの?」

俺は答えた。

「なんでもない。少し疲れているだけだよ。心配させてごめん」

少女は答えた。

「勇気、いつもがんばってるもんね。疲れちゃうのは当然だよ」

少女のトーストを持つ手が止まり、少し小首をかしげる様子。

朝日が、食卓に差し込みカップの中の紅茶の表面に光を反射させる。

揺らめく光と影。なんでもない情景、でもなんてこの世は美しいのだろう、

そんな風に俺は思ってしまった。
 
 俺たちは朝食を終えた。片付けは俺の当番だった。

食器を洗うための水も冷たくて気持ちが良い。

皿に触れる感触までも愛おしく感じる。

これが死ぬ直前の感覚ということなのかな。

目に触れるものすべてが美しく感じる、とある闘病記に書かれていたことを思い出す。

本当にそうだな。


 洗濯を終え、俺とサリーは約束していたとおり、

近くの神社まで朝の散歩をすることにした。

昨晩、夕飯時に少女はにこやかに俺に提案した。

「明日のお休み、朝晴れていたら、早めに起きてお散歩行こうよ。朝の神社って気持ちよいじゃない?清々しくて」

まあ、そうだな。清々しいという言葉がぴったりだ。

5月下旬にしてはひんやりとした朝の空気の中、

俺たちは武蔵国一宮である氷川神社へお参りに出かけた。

長い緑の参道、早朝だがちらほら参拝客がいる。

近所の人の日課なのだろう。

市民ランナーも多い。

死の足音が近づいている実感は無いが、避けられないものなのだろうし、

俺にできることは無い。

自暴自棄になってもいいのだろうが、サリーが心配するだろう。

そんなことをぼんやりと考えながら、二人で鳥居をくぐり境内に向かった。


 境内はいつものように塵一つ無く掃き清められ、

他の場所とは違う清らかな空気に満ちていた。聖域と呼ぶのがふさわしい。

二拍二礼、目を閉じ手を合わせ神様に感謝した。

少なくともこの11ヶ月は、これまでに経験したことの無い充実した日々だった。

ありがとう、神様。そしてサリー。

死神に感謝?

そう感謝しか無い。

隣で一生懸命に手を合わせてお祈りをする小柄で華奢な少女をみやり、俺は思った。

サリーがいなければ、文句ばっかりのだらだらした生活を続けていただろう。

秋の予選会で悔しい思いをすることもなく、

試験で好成績を収めることも無く、

ゲームをしたり、友達とだべったり、喫茶店で馬鹿話をしたり。

そんな平凡な日常が悪いわけでは無いけれど、

流されて行くことにも気がつかずに流され、1年を過ごしたに違いない。

俺はもう一度決意を固めた。あと一ヶ月、精一杯生きてやろう。少女に俺は言った。

「サリー、ありがとうな」

少女は虚を突かれたらしく、目を大きく見開いてきょとんとしてから小声で言った。

「うん、こちらこそ、ありがとね、勇気」


 火曜日、部活を終えた帰り道、俺はサリーに言った。

「あと、一ヶ月ないんだな」

サリーは、はっとしたように、立ち止まりこちらを見やった。

俺は言った。

「俺は精一杯生きてみるよ」

そして続けた

「県大会は、スケジュール的に俺が死んだ後だけど、地区予選は全力で挑む。期末試験は受けられないけど、できるだけのことはしようと思う。それがなににつながるわけでも無いのだろうけれど、たぶんそれがサリーの望みだろうし、俺の希望でもある。がんばってみるよ」

振り返ると、少女は少しうつむいて目に涙をためていた。

俺は言った。

「ごめん、泣かせるつもりはなかったんだ。大丈夫か?」

少女は小さく微笑み、ハンカチで涙を拭いてから大きく深呼吸をしてから俺に言った。

「勇気、ほんとに強くて格好いいな。私にはできないよ」

俺は笑って少女に言った。

「神様でもできないことがあるんだ?!」

少女は泣き笑いのような表情をして小声でつぶやいた。

「私にはできない、勇気はやっぱり凄いや。もしかしたら本当に・・・」

その後は、声が小さくて聞き取れなかった。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

夫に捨てられた私は冷酷公爵と再婚しました

香木陽灯
恋愛
 伯爵夫人のマリアーヌは「夜を共に過ごす気にならない」と突然夫に告げられ、わずか五ヶ月で離縁することとなる。  これまで女癖の悪い夫に何度も不倫されても、役立たずと貶されても、文句ひとつ言わず彼を支えてきた。だがその苦労は報われることはなかった。  実家に帰っても父から不当な扱いを受けるマリアーヌ。気分転換に繰り出した街で倒れていた貴族の男性と出会い、彼を助ける。 「離縁したばかり? それは相手の見る目がなかっただけだ。良かったじゃないか。君はもう自由だ」 「自由……」  もう自由なのだとマリアーヌが気づいた矢先、両親と元夫の策略によって再婚を強いられる。相手は婚約者が逃げ出すことで有名な冷酷公爵だった。  ところが冷酷公爵と会ってみると、以前助けた男性だったのだ。  再婚を受け入れたマリアーヌは、公爵と少しずつ仲良くなっていく。  ところが公爵は王命を受け内密に仕事をしているようで……。  一方の元夫は、財政難に陥っていた。 「頼む、助けてくれ! お前は俺に恩があるだろう?」  元夫の悲痛な叫びに、マリアーヌはにっこりと微笑んだ。 「なぜかしら? 貴方を助ける気になりませんの」 ※ふんわり設定です

【完結】終着駅のパッセージ

苺迷音
恋愛
分厚い眼鏡と、ひっつめた髪を毛糸帽で覆う女性・カレン。 彼女はとある想いを胸に北へ向かう蒸気機関車に乗っていた。 王都から離れてゆく車窓を眺めながら、カレンは振り返る。 夫と婚姻してから三年という長い時間。 その間に夫が帰宅したのは数えるほどだった。 ※ご覧いただけましたらとても嬉しいです。よろしくお願いいたします。

第12回ネット小説大賞コミック部門入賞・コミカライズ化企画進行中「妹に全てを奪われた元最高聖女は隣国の皇太子に溺愛される」完結

まほりろ
恋愛
第12回ネット小説大賞コミック部門入賞・コミカライズ企画進行中。 コミカライズ化がスタートしましたらこちらの作品は非公開にします。 部屋にこもって絵ばかり描いていた私は、聖女の仕事を果たさない役立たずとして、王太子殿下に婚約破棄を言い渡されました。 絵を描くことは国王陛下の許可を得ていましたし、国中に結界を張る仕事はきちんとこなしていたのですが……。 王太子殿下は私の話に聞く耳を持たず、腹違い妹のミラに最高聖女の地位を与え、自身の婚約者になさいました。 最高聖女の地位を追われ無一文で追い出された私は、幼なじみを頼り海を越えて隣国へ。 私の描いた絵には神や精霊の加護が宿るようで、ハルシュタイン国は私の描いた絵の力で発展したようなのです。 えっ? 私がいなくなって精霊の加護がなくなった? 妹のミラでは魔力量が足りなくて国中に結界を張れない? 私は隣国の皇太子様に溺愛されているので今更そんなこと言われても困ります。 というより海が荒れて祖国との国交が途絶えたので、祖国が危機的状況にあることすら知りません。 小説家になろう、アルファポリス、pixivに投稿しています。 「Copyright(C)2021-九十九沢まほろ」 表紙素材はあぐりりんこ様よりお借りしております。 小説家になろうランキング、異世界恋愛/日間2位、日間総合2位。週間総合3位。 pixivオリジナル小説ウィークリーランキング5位に入った小説です。 【改稿版について】   コミカライズ化にあたり、作中の矛盾点などを修正しようと思い全文改稿しました。  ですが……改稿する必要はなかったようです。   おそらくコミカライズの「原作」は、改稿前のものになるんじゃないのかなぁ………多分。その辺良くわかりません。  なので、改稿版と差し替えではなく、改稿前のデータと、改稿後のデータを分けて投稿します。  小説家になろうさんに問い合わせたところ、改稿版をアップすることは問題ないようです。  よろしければこちらも読んでいただければ幸いです。   ※改稿版は以下の3人の名前を変更しています。 ・一人目(ヒロイン) ✕リーゼロッテ・ニクラス(変更前) ◯リアーナ・ニクラス(変更後) ・二人目(鍛冶屋) ✕デリー(変更前) ◯ドミニク(変更後) ・三人目(お針子) ✕ゲレ(変更前) ◯ゲルダ(変更後) ※下記二人の一人称を変更 へーウィットの一人称→✕僕◯俺 アルドリックの一人称→✕私◯僕 ※コミカライズ化がスタートする前に規約に従いこちらの先品は削除します。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

新婚初夜に『白い結婚にしてほしい』と言われたので論理的に詰めたら夫が泣きました

ささい
恋愛
「愛人がいるから、白い結婚にしてほしい」 政略結婚の初夜にそう告げた夫ルーファス。 妻カレンの反応は—— 「それ、契約不履行ですよね?」 「あなたの感情論、論理的に破綻してますよ?」 泣き落としは通じない。 そして初夜の翌朝、夫は泣いていた。 逃げ道は全部塞がれ、気づけば毎日論破されていた。 これは、論破され続けた夫がなぜか幸せになる話。

女王は若き美貌の夫に離婚を申し出る

小西あまね
恋愛
「喜べ!やっと離婚できそうだぞ!」「……は?」 政略結婚して9年目、32歳の女王陛下は22歳の王配陛下に笑顔で告げた。 9年前の約束を叶えるために……。 豪胆果断だがどこか天然な女王と、彼女を敬愛してやまない美貌の若き王配のすれ違い離婚騒動。 「月と雪と温泉と ~幼馴染みの天然王子と最強魔術師~」の王子の姉の話ですが、独立した話で、作風も違います。 本作は小説家になろうにも投稿しています。

どうぞ、おかまいなく

こだま。
恋愛
婚約者が他の女性と付き合っていたのを目撃してしまった。 婚約者が好きだった主人公の話。

《完結》「パパはいますか?」ある日、夫に似た子供が訪ねて来た。

ヴァンドール
恋愛
嫁いですぐに夫は戦地に赴いた。すると突然一人の男の子が訪ねて来た「パパはいますか?」 その子供の顔は戦地に行った夫にそっくりだった。

処理中です...