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しおりを挟む第一章 怖すぎる契約獣
「ライラ! お前との婚約は破棄だ!」
リーオン魔法学園初等部の校庭で、婚約者である王子ディアス・ジェドフ殿下は突然言い放った。
少し長い赤髪をかきあげてから私――ライラ・ファドソを指差し、鋭い目で睨みつけてくる。
ディアス殿下とは婚約者同士だけれど、正直あまり仲がよくない。
親同士が決めた婚約で、ディアス殿下は私を一方的にきらっていた。
だからこれまでも怒鳴られたり、嫌味を言われたりすることはあったけど、それでも婚約破棄を突きつけられたのは、これが初めてだ。
今日は楽しい一日だったのに、最後にこんなことになるなんて。
放課後に呼び出してきた婚約者の発言に、私は唖然としていた。
「ディアス殿下、どうして突然そんなことをおっしゃるのですか?」
「それは……ええと……そうだ! その契約獣が怖すぎるからだ!」
理由を聞くと、ディアス殿下は少し目をきょろきょろさせてから、私の後ろにいる白狼のウルルを指差して叫ぶ。
ウルルは私の『契約獣』だ。
魔力をもった動物――魔獣と信頼しあい、魔法による契約を結ぶことで、契約獣として自分の相棒にできる。
今日は月に一度の、契約獣を学園に連れてきていい日。
ウルルと一緒にいられて楽しかったのに、台なしにされてしまった。
許せないのは、婚約破棄を告げられたことではなく、ウルルを侮辱されたこと。
「怖い……? 私のウルルは世界で一番かわいいです! 怖くなんてありません!!」
「かわいいだと!? その真っ赤で獰猛な眼をした巨大な狼がか!? 怖いに決まっている!!」
また怖いって言った!
ディアス殿下の言葉を聞いていると怒りが増すばかりだけど、この場は耐えるほうが賢明だ。
こうなったら、この人はなにを言っても聞かないから。
ディアス殿下の周囲にはクラスメイトがいて、こちらを怪訝そうに見ている。
ウルルはそんな彼らを警戒し、ぐるぐるとうなり声をあげた。
その姿に、ディアス殿下はいらだちながらも怖がるように一歩後ずさる。
ウルルはどこからどう見ても愛くるしいのに、どうしてそんなに怖がるのだろう。
理解できないでいると、ディアス殿下のクラスメイト――というより取り巻きの人たちが、ウルルを見ながらひそひそ話し出した。
「あの巨体で獰猛そうな白狼が、かわいい?」
「恐ろしい……あの瞳にはとてつもない力を感じます。新種のモンスターと言われてもおかしくないほどですよ」
ディアス殿下の取り巻きが、ウルルの悪口を言う。
ウルルがモンスター呼ばわりされて、私は我慢できなかった。
「そんなことない! ウルルはかわいくて、すごく優しいんだから!!」
ウルルは私くらいの大きさの人なら三人ぐらい乗せられそうなほど大きいから、そりゃあ初めて見たらびっくりするかもしれないけど、紅い瞳はとってもかわいらしい。
もふもふで、触るとつやつやの綺麗な白い毛並みと、抱きつくと柔らかくて温かくて安心する、大きな体――怖いどころか、ウルルと一緒にいるだけで私はいつも幸せになる。
それにウルルは、今まで人に危害を加えたことは一度もない。
学校に連れられてくる契約獣のなかには、空を飛ぶワイバーンや鋭い角をもつ闘牛のように、戦うのが得意な魔獣もいる。
それなのに、ウルルだけがそこまで悪く言われるのは納得がいかなかった。
さらに反論しようとした時、バサバサ! という音とともにぶわりと風が巻き起こる。
そこに現れたのは、美しい翼を広げた白馬――ペガサスに乗った少女だった。
彼女は私とディアス殿下のクラスメイトで、侯爵令嬢のメラナー。
腰まで伸びた白い髪を、今日はいつもと違って一つに束ねている。
ペガサスの羽を模した髪飾りをつけていて、きっとペガサスのことが好きなのだろうな、と思う。
「ずいぶんとにぎやかですわね。一体なんの騒ぎですの?」
「おお、メラナー。ちょうど今、ライラに婚約の破棄について話していたんだ」
「おほほほ! 当然の判断ですわ! 王子の婚約者ともあろう方が、そんな野蛮な獣と契約しているだなんて、ねえ?」
ペガサスに乗ったメラナーは、私を見下して高笑いをする。
仮にもファドソ公爵家の人間である私に対して、侯爵家の彼女がどうしてこんなに強気になれるのだろう。
でも、私を嘲笑ったことより、ウルルを野蛮な獣と言ったことのほうが許せない。
思わず睨みつけると、ペガサスの羽がこちらを威嚇するように輝いた。
こちらに敵意を向けるペガサスに対し、今まで私の後ろにいたウルルが前に出る。
そして、大きく吠えた。
「ヴァウゥッ!!」
「ひぃぃっ!?」
ウルルに吠えられて動揺したペガサスがその場で足踏みすると、メラナーが悲鳴をあげた。
「おっ、落ちつきなさい!!」
慌てふためくメラナーが叫ぶと、ペガサスから落ちそうになっていた体が安定していく。
まるで体の一部のようにくっついているけど、これは魔力によるものだ。
契約獣と契約者は、魔力を使うことでお互いに離れないよう体をくっつかせることができるから、落下の心配がない。
けれど、こうして動揺すると魔力が乱れて体を安定させることができなくなって、危ない。
メラナーの動揺に触発されたように、周囲の生徒も怯えている。
「な、なんだあの恐ろしい声は!?」
「まるで悪魔じゃないか……!」
クラスメイトたちの反応に、私はショックを受ける。
動揺が顔に出てしまったようで、ディアス殿下は笑みを浮かべながら高らかに宣言した。
「王子の婚約者にふさわしいのはその悪魔のような獣ではなく、美しいペガサスを契約獣とするメラナーだ!」
「ディアス殿下のおっしゃる通りです! 私のペガサスを怖がらせたこと、絶対に後悔させてやりますわ!!」
激昂したメラナーに賛同するように、クラスメイトたちによるウルルへの暴言が校庭に響く。
怖いだのモンスターだの野蛮だの悪魔だの、言いたい放題だ。
我慢の限界がきて私が叫ぼうとした時――口に、ウルルのしっぽが触れた。
柔らかくもふもふとした白い毛の感触で、少しだけ落ち着く。
『ここで問題を起こして、ライラが困るのはいやだよ』
「ウルル、でも――」
『――僕は平気だから、この場は我慢して帰ろう』
「ウルル……そうね。ありがとう」
契約獣の言葉は、契約者にしか伝わらない。
今さらなにを言っても無意味だろうし、もう帰ろう。
私がウルルの背中に乗ってその場を去ろうとすると、メラナーが声をかけてくる。
「なにも言わずに逃げるなんて失礼じゃなくて? その獣だって今、私たちの悪口を言ったにちがいないわ」
「ウルルはそんなこと言いません。失礼します」
悔しいけど、ウルルは私のために我慢すると言ってくれた。
耐えよう。
そう決意して、逃げるようにこの場を後にする。
それでも――やっぱり悔しくて、私はウルルの背中をぎゅっと抱きしめた。
ディアス殿下に婚約破棄を言い渡されたあと。
ファドソ公爵家の屋敷に戻った私は食卓で、家族と食事をとっていた。
屋敷の食堂は広く、ウルルも一緒に食事をしていると、妹のレイラが唐突に口を開く。
「お姉さま、その獣をどうするつもりですか?」
「獣ではなくウルルよ、レイラ。どうするって、いったいなんのこと?」
「私はお姉さまのためを思って言っているんです。それは処分すべきではありませんか?」
そう言ってウルルを指差すレイラの言葉を、私は信じられない思いで聞いていた。
さすがに見かねたのか、お父さまが呆れた様子でレイラを見つめる。
「レイラよ。ウルルとライラの仲のよさを知っているのに、そんなことを言うのか?」
「それは……あの獣のせいで、お姉さまはディアス殿下に婚約破棄されたんですよ!?」
つい先ほどのことだけど、レイラもあの放課後のできごとを知っている。
屋敷に戻ってすぐ、家族に今日のできごとをすべて伝えたのだけれど、多分あの場面をレイラも見ていたのだと思う。
レイラは私が婚約破棄されたからって、ウルルとの契約を破棄させたいらしい。
婚約破棄のことは事実だからか、お父さまは難しい顔をする。
「たしかにそうだが……契約獣になってくれる魔獣は貴重だ。ウルル自身が問題を起こしたわけではないのだから、そんなことを言うべきではない」
契約の魔法は、ウルルと契約した頃の幼い私でも覚えられたくらい簡単なものだけど、契約相手の魔獣が契約を受け入れなければならない。
どんなに魔法に長けた人でも受け入れてもらえるとは限らず、魔獣との契約において一番難しいのは、相手と契約できるほどの関係を築けるかどうかだと言われている。
だから契約獣が欲しいと思っても、簡単に契約を結ぶことはできない。
それだけウルルの存在は、特別で貴重なものなのだ。
お父さまの指摘を受けても、レイラは諦めようとしない。
「ウルルちゃ――その獣に、価値があるとは思えません!」
一瞬、昔のように『ウルルちゃん』と呼んだけれど、レイラは意地でも契約を破棄させたいようだ。昔は私と同じようにウルルをかわいがっていたのに、レイラが学園の初等部に入学したあたりから、なぜかウルルを敵視するようになった。
レイラになにを言われても、私はウルルとの契約を破棄する気はない。
婚約破棄のことだけでは説得は難しいと考えたのか、レイラはウルルの悪口を言いはじめた。
「私、聞きましたよ、あの獣は学園で『モンスターと言われてもおかしくない』なんて言われていたじゃないですか! みんな怖がってるんです、そのくらい危険なんです!」
レイラが聞いたのは、ディアス殿下の取り巻きたちの言葉だ。ウルルに怯える気持ちがなかったわけじゃないかもしれないけど、あれはディアス殿下に取り入ろうとしてわざわざ同調するようなことを言ったようにしか思えなかった。
だけど、レイラが魔法学園に入学して変わったのは、ディアス殿下がそうやってウルルにひどいことを言うから、悪い噂を耳にしたからなのかもしれない。
それならディアス殿下のせいだけど……それでも、ウルルを貶められるのは許せない。
思わず反論しようとした私に、ウルルがくるくると喉を鳴らしてすりよってきた。
『ライラ。レイラにそこまで怒ることはないよ。僕は気にしていないからさ』
そう言ってウルルがレイラのほうに顔を向けると――レイラの表情が一変した。
レイラは全身を震わせて、口をパクパクさせている。
そして恐ろしいものでも見たかのように動揺して、お父さまに叫ぶ。
「うぅっ……お、お父さま! 見たでしょう!? この獣はこんなに恐ろしい存在なんですよ!?」
「ウルルがどうかしたのか? レイラが指差したから、顔を向けただけだろう。レイラ、少し頭を冷やしなさい」
「そ、それは……」
お父さまにたしなめられて、レイラはなにも言い返せないでいる。
誰がどう見ても、ウルルがなにかをした様子はない。むしろ怖がるレイラを心配しているくらいなのに。
お父さまの言うとおり、ウルルはレイラのほうを見ただけ。
それでもここまで怖がっているあたり、本当にウルルがなにかしたのだろうか?
レイラを注意しようか悩んでいると、お父さまが私に話し出した。
「ディアス殿下に婚約を破棄されたとなると、新しい婚約者が必要だ。私も新しい候補を探してみるが……ライラよ、周りに良い人はいないだろうか?」
「えっ?」
「ディアス殿下との婚約は、私と陛下が勝手に決めたこと。王子なら、ライラにもふさわしいし、将来幸せになれるだろうと思ったのだが……今度はつらい思いをしないように、できるだけライラの意志を尊重したい」
そう言って、お父さまは申し訳なさそうな表情で私を見る。
ディアス殿下の暴言でショックを受けた私を、気にかけてくれているようだ。
その気持ちはうれしいけれど、今の私にはまだそんなことを考える余裕がない。
「学園であれだけウルルが恐れられている以上、私を婚約者に望む人なんてきっといません。それに、私もウルルを悪く言う方はいやです」
自分で言ってていやになるけど、今は素直な気持ちをお父さまに伝えておかないと。
どうしてウルルが、怖がられなければいけないのか。
私にはまったく理解できず、いらだちと悲しみは増すばかりだった。
私は部屋に戻ってすぐ、ウルルに飛びつく。
ウルルと二人きりになって、ようやく本心を口にできる。
「あーもう! どうして!? ウルルはこんなに優しくてかわいいのに、どうしてみんなあんなひどいことを言うの!?」
信じられないんだけど!
ウルルの大きな体を抱きしめて、もふもふの白い毛皮に身をあずける。
魔力を流すまでもないのだけど、かわいいウルルを離したくなくて、抱きしめる手に魔力をこめてひっつく。
契約者の特権にして、至福の時間だ。
契約者だからといってしつこくしていたらいやがられるかもと不安になったこともあるけれど、こうしているとウルルも心が和らぐと言ってくれる。
なんとか心を落ちつかせたいけど、無理そうだ。
――私は王子の婚約者だから、普段から言動には気をつけていた。
でも婚約破棄を言い渡された以上、もうそんなこと気にする必要はない。
両手両足を本能のままに動かし、ウルルの柔らかい毛並みを堪能する。
落ち着いた。いや無理だ!
私は日々ウルルの魅力を体感しているのに、ウルルを蔑まれたことを許せるわけがない。
「ウルル、私はなにも言い返せなかったわ……ごめんなさい」
『ライラが謝ることはないよ。あの王子は僕に心を開いていなかったし、仕方ない』
今の私は全身でもふもふしているから、ウルルの顔は見えない。
それでも優しく声をかけてくれるのがわかって、ようやく落ちついてきた。
ウルルはあれだけ悪口を言われても、割り切っているみたいだ。
それでも私は絶対に許せない。
「こんなことされて、私はディアス殿下……いいえ、ディアスを許せない!」
『そうだね。僕もこんなにライラを傷つけたディアスのことは許せない。それでも、僕は報復なんてしないよ』
リスクを考えているのだろう、ウルルはそう言って私をなだめる。
その気持ちに応えたいから、渋々ながら私も我慢することにした。
「そうね、相手は王子だもの。私が許さないと思ったところで、なにもできない」
ウルルと話して、私はようやく落ち着きを取り戻すことができた。
いつもこうしてなだめてくれるから、私は冷静でいられる。
「感情的になりすぎちゃった……ごめんなさい。ウルルは大人ね」
『いいよ。ライラがこうして僕と話して気を楽にしてくるなら、僕はそのほうがうれしい』
しっぽを振りながらそう言ってくれるウルルが、心から愛おしい。
出会ったばかりのウルルは小さくて、私の両腕に収まるくらいだったけど、成長した今はウルルのほうが私を包むように抱きしめてくれる。
そんな関係が幸せで――そんなウルルに向けられたひどい言葉の数々が、脳裏によみがえる。
目頭が熱くなって、涙がこぼれた。
「ありがとう……ウルルはこんなに優しい、良い子なのに、どうしてみんなあんなひどいことを言うのかしら?」
忘れたいのに、あの放課後のことをどうしても思い出してしまう。
婚約破棄。
お父さまは新しく婚約したい人はいないか、と私に聞いてきた。
新しい婚約者――あんなことのあとで、すぐ次なんて考えられないけど、望むことがあるとすれば。
「次に婚約してくれる人がいるのなら。ウルルのことを、わかってくれる人がいいな」
ふとそう呟くと、ウルルが思わぬ提案をした。
『それなら、ジリクは? ひさしぶりに、会ってみるのはどうかな?』
ジリク――ゾネット子爵の嫡男で、私より一つ年下の少年だ。
生まれてからずっと一緒にいた、私の幼馴染。
二年前、ディアスとの婚約が決まってからは疎遠になってしまった。
王子の婚約者でありながらほかの異性と仲良くしたら問題になるし、ジリクに迷惑がかかる。
だから私からジリクにかかわることはなくなって、きっと向こうも同じ考えだったのだと思う。
でもディアスと婚約を解消した今なら、会いに行っても問題はない。
ジリクは契約獣について私に教えてくれた人で、ウルルのことも大切にしてくれる。
「そうね。ひさしぶりに、会いに行こっか」
気晴らしを思いついただけかもしれないけど、ほかでもないウルルの提案だ。
昔を思い出して――私は、ジリクに会いたいな、と思うようになっていた。
次の休日、私はさっそくジリクに会いに行くことにした。
ウルルに提案された翌日には、お父さまを通じてゾネット子爵家に知らせを送っておいたのだ。
ディアスに婚約を破棄されて早々、次の婚約者をと言ってきたお父さまはせっかちだと思っていたけど、こうなると私も人のことを言えない。
私はウルルに乗って草原を駆ける。
お父さまとお母さまがどうしてもと言うので、すぐ後ろには護衛を乗せた馬車も同行している。
ウルルは強いから、私たちだけでも問題はないと思うのだけど、仮にも公爵家の娘が契約獣を連れているとはいえ一人で出歩くのはよくないのだろう。
私は両手両足を広げて、ウルルの背中に全身を預けている。
「こんな体勢でも絶対に落ちないのは、契約者の特権ね」
もふもふとした感触が気持ちいいけど、はたから見たらいつ転げ落ちてもおかしくない状況だ。
それでも安定しているのは、魔力で結びついているから。
白くて柔らかい、太陽の光を浴びたふかふかの毛並みを全身で堪能する。
心地よすぎて眠ってしまいそうだけど、今はウルルとおしゃべりがしたかった。
「ウルル、機嫌がよさそうね」
『うん。ジリクは僕の恩人だからね。ずっと会えなくてさみしかったんだ』
「そうね。私もひさしぶりに会うのが楽しみ!」
ウルルに乗って話していると、あっという間にジリクの屋敷に到着する。
玄関先で執事が出迎えてくれたのだけれど、なんだか困っている様子だ。
なにかあったのか不安になって聞いてみる。
「ご無沙汰しています。ファドソ公爵家のライラです。あの、ジリクは……?」
「申し訳ございません、ライラさま。坊ちゃまは時間になったら出迎えるとおっしゃっていたのですが、書斎にこもったまま出ていらっしゃらなくて……」
「わかりました。それなら書斎に向かいます」
私はすぐに状況を理解して、笑顔でうなずいた。
――約束も忘れて書斎にこもりっぱなしなんて、ジリクったらあいかわらずなのね。
昔となにも変わらないジリクの様子に、むしろ安心する。
私の返答を聞くと、執事も安堵したようだった。
もしかしたら、しばらく会わないうちに私が高慢なお嬢様にでもなってしまったのではと心配していたのかもしれない。
屋敷の間取りは把握しているから、私はウルルと一緒に書斎に向かう。
白く大きな狼のウルルを連れ歩いても、この屋敷の人たちは怖がることはない。
そもそも、契約者に命じられることがなければ力を振るうことのない契約獣を、必要以上に怖がるほうがおかしいのだ。
屋敷の奥、心なしか静かな空気が流れる一画にたどりつき、私たちは扉を開く。
書斎には、本棚の前に立って読書に没頭する少年がいた。
銀色の短い髪が、窓から差す光に煌めいて、まるで一枚の絵画のように美しい。
――ジリク。
私たちが中に入っても、本に夢中でまったく気づいていないようだ。
仕方なく、こちらから声をかけることにした。
「ジリク、なにを読んでいるの?」
「神獣について書かれた本です。次の神獣選定はこのジェドフ国で行われるので――って、ライラさま? 約束の時間は、まだ……あれ、もうこんな時間!?」
本を読んでいたジリクが振り向いて、私と時計を交互に見て目を白黒させている。
ジリクが慌てて本を閉じたので、その表紙が目に入った。
ドラゴンやライオンといった魔獣の絵が描かれた本の表紙を、私はじっと見つめる。
「あいかわらず研究熱心ね」
呆れつつも、昔と変わらないジリクにほっとした。
ウルルもうれしそうに喉を鳴らしている。
ジリクはひとしきり謝罪の言葉を繰り返すと、改めて私たちに向き直り、頭を下げた。
「おひさしぶりです、ライラさま。ウルルも成長しましたね」
『僕、昔より大きくなって、結構見た目が変わっちゃったけど、ジリクはあんまり驚かないんだね』
「ウルルはウルルですから」
それから、私たちは応接室に向かった。
歩いている時にふと気づいたのだけれど、ジリクがウルルと会話をしたように見えたのは、私の気のせいだろうか?
契約者である私しか、ウルルの言葉はわからないはず。
だけど今は、ウルルがうれしそうでなによりだ。
楽しそうにしっぽを振って歩くウルルを見ていると、今日ここに来てよかったな、と思う。
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