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第三章:チーズの町、ミルクの風
51、はじめてのリコッタチーズケーキ(前半)
しおりを挟むことりの家のキッチンは、少し狭いけれど、光がたっぷり入るお気に入りの場所。今日は学校が早帰りで、給食だけ食べてすぐに帰宅した。
「よし、やるぞ……!」
私はエプロンを締め直して、小さく息を吸った。
奏汰と相談して決めたふわふわリコッタチーズケーキ。
使う材料も、ちゃんと土屋さんに教えてもらった。リコッタチーズとクリームチーズをブレンドし、甘さは砂糖ではなく白あんで自然に。牛乳は近くのスーパーで買える低温殺菌のものを選んだ。
ノートには、分量も工程もきっちりメモしてある。
【材料(15cm丸型1台分)】
・リコッタチーズ 150g
・クリームチーズ 50g
・白あん 60g
・卵(Mサイズ) 2個
・牛乳 100ml
・薄力粉 大さじ1
・レモン汁 小さじ1
・バニラエッセンス 少々
【手順】
① チーズと白あんを混ぜ、なめらかにする
② 卵黄と牛乳を加えてさらに混ぜる
③ 粉類をふるい入れて混ぜる
④ 卵白を泡立ててメレンゲにし、さっくり混ぜる
⑤ 型に流し、湯煎で150度・45分焼成
「理屈では、完ぺきなんだけどな……」
奏汰は少し離れたテーブルでノートを見ながら、私の作業を見守っている。彼はレシピ係。私は手を動かす係。
「じゃあ、いきまーす!」
泡立て器でリコッタとクリームチーズを混ぜながら、私は慎重に白あんを加えていく。ミキサーを使えば早いけれど、今回は感覚を確かめたいから手動にした。
「……重たいなあ」
滑らかにするのに思ったより力がいる。最初はゴムベラで混ぜていたけど、途中から泡立て器に持ち替えた。
「チーズって、こういう感じなんだね」
「うん。でも、白あんも入れてるから固まりやすいと思うよ。温度に気をつけて」
私はうなずいて、卵黄と牛乳を加える。でも、ここで思わぬ問題が出た。
「あれ、分離してる……?」
「え、ちょっと見せて」
奏汰がのぞき込む。確かに、牛乳の水分と白あんの油分が、分離したように見える。
「やっぱり、材料は全部室温に戻すべきだったかも」
「そ、そんな……」
がくっと肩を落とす私。
「だいじょうぶ、ここでよく混ぜればなんとかなる。ホイッパー貸して」
私はそっと泡立て器を渡す。奏汰は両手でボウルを支え、ていねいに、ていねいに混ぜていく。ほどなくして、液体はまたひとつにまとまっていった。
「……ありがと」
「どういたしまして」
そして、メレンゲづくり。これも難関。
私は卵白をボウルに入れ、電動ミキサーで泡立てた。少しずつ角が立っていくのが楽しい。
「おお……雪みたい……!」
「ここからが勝負。ツノが立っても混ぜすぎるとダマになるよ」
「うう、むずかしい……!」
最終的に、形はまあまあだけど、表面にちょっと泡の粒が残ってしまった。
「まあ、初回だし、焼いてみないとね」と奏汰。
型に流し込み、湯煎用のバットにお湯をそっと注ぐ。オーブンに入れて、タイマーをセット。
「……焼けるかな」
「焼けるといいな」
ふたりでイスに座り、じっとオーブンの中をのぞいた。小さくふくらんでいく生地に、なんだかドキドキする。
45分後。
タイマーが鳴った。
私がオーブンの扉を開けると――
「……あれ?」
チーズケーキの表面がへこんでいた。真ん中が、少し割れていた。
「ふくらんでたのに、しぼんじゃった……」
「焼き上がってから急に冷めると、こうなるんだよな。あとは焼きすぎか、メレンゲの混ぜ方かも」
私は切り分けて、そっとひとくち。
もぐ……。
「んー……味、ちょっと濃い。白あん、多すぎたかも」
「僕も食べてみる」
奏汰も試食。
「うん、悪くはないけど……チーズの塩気と白あんがケンカしてる。次は甘みを抑えて、レモンをもう少し強めに入れるとか」
私はうつむいた。
「うう、やっぱり難しいや。もう、私なんて向いてないのかも……」
「……ことり」
奏汰は、私の手のひらに自分の小さなノートをそっと置いた。
「これ、僕がチーズケーキ試作したときのメモ。失敗だらけだったよ。半生だったこともあるし、焦がしたこともあった。でも、楽しかった」
私はそのノートを開いた。ぐちゃぐちゃな図、レモンの量のバリエーション、温度と時間の記録。それに〈香りはいい!〉とか〈失敗だけど、家族は食べてくれた!〉とか、手書きの感想もたくさん。
「ことりも、楽しくなかった?」
私は、そっと笑った。
「……楽しかった」
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