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第三章:チーズの町、ミルクの風
59、ふんわり重ねた夢(前半)
しおりを挟む今日は、これまで試行錯誤してきたチーズケーキのレシピの最終調整をする日だ。奏汰と一緒に土屋さんの工房にやってきた。
土屋さんは白いエプロンをピシッと着こなし、慎重に計量スケールを使って材料をはかりながら、穏やかな口調で話し始めた。
「ことりさん、奏汰さん、細かい数字が味を左右するんだよ。たとえばクリームチーズは200グラムじゃなく198グラムのほうが、微妙に軽くなることもある。ここは職人の感覚と根気が必要なんだ」
私たちは目を大きくして聞いていた。
「え、そんなに細かいんですか?」と驚くと、土屋さんはにっこり笑って、「うん、でもね、数字だけじゃなくて、手で触って、香りをかいで、素材の声を聞くんだよ」と付け加えた。
奏汰がさっそくボウルにクリームチーズを入れて混ぜ始める。
「混ぜすぎると空気が入りすぎてふくらまなくなるし、混ぜ足りないと生地が重くなる。難しいなあ」
奏汰は真剣な顔で慎重に泡立て器を動かしている。
「その調子、その感触、いいね」
土屋さんが優しく励ます。
私は少し緊張しながらも、自分の番がくると計量スプーンで砂糖を正確に計り、慎重に生地に混ぜた。
その間にも、土屋さんはオーブンの温度を細かく調整し、タイマーをセットしながら、こう話してくれた。
「焼き時間や温度は、使うオーブンのクセやその日の気温や湿度でも変わる。だから毎回記録をとって、データを積み重ねることが大切なんだ」
学校では理科の授業で温度や化学反応のことを習っていたから、少しだけ理解できる気がした。
「料理って、科学実験みたいだね」私は小声で奏汰に話すと、うなずいて笑ってくれた。
作業の合間には、友達のいぶきの話や、学校での家庭科授業のことも話した。
いぶきはいつも家でお母さんとお菓子を作っていて、うまくいかないことも笑い話にしてしまう。
「私たちも、こんなふうに失敗しても笑い合える仲間がいるといいね」
奏汰もにっこり笑って、「そうだね、次はみんなを呼んで、一緒にお菓子作りしようよ」と言った。
最終の試作が焼きあがると、土屋さんが慎重にケーキを取り出し、切り分けて私たちに差し出した。
「さあ、味を見てごらん」
口に含むと、ふわっと軽くてクリーミーな甘さが広がった。
「おいしい…!」思わず声が出た。
奏汰も目を丸くして、「やったね!」と声をあげた。
「まだ完璧じゃないけど、ずいぶん近づいたよ」
土屋さんがにこやかに言う。
「大事なのは、妥協しないことと、楽しみながら挑戦し続けることだよ」
夕方、工房を後にする私たちの心は、少し大人になった気がした。
厳しさの中にある優しさ、技術と心の融合。
それが、職人という仕事の魅力なんだと感じた。
「これからも一緒に頑張ろうね」
奏汰が私の手を握って言った。
「うん、もっともっとおいしいお菓子を作りたい」
未来へのわくわくが胸に広がり、私は笑顔で頷いた。
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