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第一章:画面を抜けて
9、失敗して、笑われたら(前半)
しおりを挟むお菓子を自分で作ってみたい、と思ったのは、たぶんあの日、パティスリーツチヤで買ったクッキーがきっかけだった。
ノートに感想を書いていくうちに、味や香りの意味を作って知りたいと思うようになっていた。
でも、あのときの私はまだ、オーブンの温度ひとつにも理由があることすら知らなかった。
「ママ、今日の夕方、キッチン借りてもいい?」
「いいわよ。後で使うから、終わったらちゃんと片づけてね」
母は雑誌をめくりながら、いつもの調子で答えてくれた。
父はまだ仕事中で帰ってきていない。私は、学校の帰りにスーパーで材料を買ってきたばかりだった。
今日の目標は、シンプルなマドレーヌ。
レシピは、図書館で借りた本と、土屋さんのお店で聞いたアドバイス、そして何より、奏汰から聞いた失敗しにくい分量のメモを参考にした。
〈◆材料(6個分)
卵:1個
砂糖:50g
薄力粉:50g
ベーキングパウダー:2g
無塩バター:50g(レンジで溶かしておく)
はちみつ:小さじ1(しっとりさせるため)
バニラエッセンス:数滴〉
夕方5時。エプロンをつけて、いざキッチンへ。
お菓子づくりなんて、今まで興味もなかったのに、ここまではまってしまうなんてね。
(ええと、まず卵と砂糖を…泡立て器で混ぜる。白っぽくなるまで……?)
がんばって混ぜていたけれど、思ったより手が疲れる。
電動ミキサーなんて家にはないから、手でシャカシャカ、シャカシャカ。
途中でもういいかなと思って先に進んだ。
粉をふるって入れるのを忘れかけて、慌ててザルで即席ふるい。
バターはレンジでチンしたけど、熱すぎたかもしれない。
生地がなんだかだらんとしてるし、型に流し込んでも、ちょっとバターのにおいが強いような…。
(まあ、焼けば何とかなるでしょ)
私は、自分に言い聞かせるように笑って、オーブンのスイッチを入れた。
20分後。
ピピピ、と音がしてオーブンを開けた瞬間、胸がぎゅっとなった。
「……あれ?」
表面が思ったより焦げてる。しかも、きれいな貝殻の形にはならず、どれも端っこが膨らみすぎて、いびつ。
そっと竹串をさしてみたけれど、真ん中がまだ生焼けだった。
慌ててもう5分追加して焼いたけど、今度は外側がもっと固くなってしまった。
お皿に取り出そうとした瞬間、ひとつが崩れて、ぼそっと割れた。
私は思わず手をとめた。
「どうして……?」
ちゃんと分量も量ったのに。
手順もレシピも、できるだけ守ったつもりだった。
(なにか、間違えた? 私、ダメなのかな……)
こらえていた涙が、ぽつりと落ちた。
キッチンの静けさが、失敗の悔しさを余計に大きくした。
母の「あとで片づけてね」という言葉が、急に遠くから響いてきた気がして、私は慌てて鼻をすすった。
(こんな出来じゃ、お店に置いてもらえるなんて夢のまた夢だよ…)
一度テーブルに座り、冷めたマドレーヌをひとつ手に取ってかじってみる。
「……うん、苦い……」
外側がちょっと焦げてる。中は少しぼそぼそしてて、バターの味が強い。
でも、その中にほんのすこし、香ばしさと甘さが混じった部分があった。
それを見つけて、私はまた泣きたくなった。
翌日。
学校の家庭科でスイートポテトを作る授業があった。
皮をむいて茹でたサツマイモに、砂糖とバター、牛乳を加えてつぶし、卵黄を塗ってオーブンで焼くだけの、比較的簡単なお菓子。
「みんな~、包丁に気をつけてねー!」
先生の声が響くなか、私は友達のいぶきと同じ班になった。
いぶきは、明るくて運動神経もよくて、手際もいい。
でも今日の彼女は、なぜかイモを裏ごししているとき、くしゃみをして…ボウルの中身を机にぶちまけた。
「やっちゃった~!!!」
いぶきがあっけらかんと笑っているのを見て、私は思わず吹き出した。
「大丈夫!? イモ、どこまで飛んだの?」
「先生~、私のイモが脱走しました~!!」
クラス中が笑いに包まれた。
「大丈夫!? イモ、どこまで飛んだの?」
「先生~、私のイモが脱走しました~!!」
クラス中が笑いに包まれた。
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