レシピの見つけ方 〜旅するお菓子ノート〜

武内れい

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第三章:チーズの町、ミルクの風

43、大地の恵みを感じて(前半)

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 車窓には、田んぼや畑が緑の絨毯のように広がっていた。少し遠くには青い山並みが見え、ところどころに白い牛の姿も見える。

「わあ、本物の牛だ……」

 思わず声がこぼれる。(やっと会えるんだな、本物の牛さんに。)心がぽかぽかしてきて、胸の奥が不思議な期待でふくらんだ。

 バスを降りると、ひんやりとした朝の空気が肌に触れた。どこか土と草の混ざったような匂いが鼻をくすぐり、遠くから「モォー」という牛の鳴き声が聞こえてくる。

 牧場の入り口で出迎えてくれたのは、やさしそうな笑顔の酪農家・田島さんだった。

「こんにちは。ようこそ。今日は牛たちのことをたっぷり知っていってね。みんな穏やかな子たちだから、怖がらなくて大丈夫だよ」

 その言葉に、緊張していた心がすっとほぐれる。

「よろしくお願いします」と私たちは声をそろえ、牛舎へと向かった。

 木の柵を抜けると、そこには何頭もの牛たちがゆったりと過ごしていた。のんびりと草を噛んでいる子、目を細めて寝そべっている子。その姿はどこかおだやかで、大きな体がふわりと息づいている。

(こんなに近くで見るのは初めてかもしれない……)

 私はそっと歩み寄り、柵の内側から牛を見つめた。大きな黒目がじっとこちらを見返してくる。最初は少し怖かったけれど、そのまなざしがどこかやさしくて、なぜかほっとした。

「さあ、次は搾乳の体験をしてもらおうか」と田島さんが声をかけてくれた。

 一人ひとり、白い長靴を履き、エプロンと帽子をつけて搾乳体験に挑戦する。田島さんはまず手本を見せてくれた。

「まずは手をしっかり洗って、牛のお乳をやさしく拭いてあげる。ほぐすようにマッサージしてから、親指と人差し指で輪っかを作って、下から上にしぼる感じでね」

 田島さんの手元から、つるんとしたミルクがバケツに注がれる。その音が、とても生き生きとして聞こえた。

「じゃあ、ことりちゃん、やってみようか」

 私はおそるおそる牛の横に立ち、静かに手を伸ばす。思っていたよりあたたかくて、やわらかくて、そしてすこし、命の鼓動のようなものを感じた。

 そっと力をこめてみると――

「ぴゅっ」

 バケツに白いミルクが一筋飛んだ。

「わあ……出た……」

 一滴一滴が、宝物のように思える。そのミルクは、ただの液体じゃない。牛の命と、毎日の世話と、つながりの中で生まれているんだと実感した。

「牛さん、ありがとう」と小さくつぶやいた。

 田島さんは微笑んで言った。

「牛たちは、ちゃんと見てるからね。やさしく接すれば、こっちの気持ちが伝わるんだよ。毎日向き合うって、そういうことなんだ」

 私は静かにうなずいた。(毎日……向き合う……)

 その言葉が、どこかお菓子作りと似ているような気がした。材料と向き合って、失敗して、工夫して、また挑戦する。そのくり返しが、私の中で少しずつ積み重なっている。

 すると、後ろからいぶきが声をかけてきた。

「ことり、すごいね。なんか、手慣れてる感じだった」

「ううん、すごく緊張したよ。でも、牛さんの目がやさしくて、ちょっと安心したかも」

 いぶきはくすっと笑って、「じゃあ、私もやってみる」と搾乳台に向かった。

 ふと、私はいぶきの後ろに並ぶクラスメイトたちの様子を見た。みんな最初はおっかなびっくりだったけど、だんだん笑顔になって、牛と向き合う目が真剣になっている。

(こんなふうに、命とふれあうって大事なんだな)

 このあと、どんな話が聞けるのだろう。どんな工程でミルクがチーズに変わるのか。お菓子作りとの共通点はあるだろうか。

 私は少し汗ばんだ手をふきながら、大地の恵みと命のつながりに、少しだけ胸を張る気持ちになっていた。
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