レシピの見つけ方 〜旅するお菓子ノート〜

武内れい

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第三章:チーズの町、ミルクの風

42、発酵の魔法と自由研究(後半)

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 バスの窓の外には、広がる緑が揺れていた。田んぼの稲は風にそよぎ、小さな川はキラキラと朝の光を反射して流れている。ひんやりとした空気と、やわらかな陽射しが肌に心地よかった。

 私は窓ぎわの席で、バスの揺れに身を任せながら、静かに景色を眺めていた。隣には奏汰くんが座っていて、時折、ちらりと私のノートをのぞき込んでいる。

「ねえ、ことり。……最近、お菓子作っててさ、たまにわかんなくなるんだよ」

「えっ、何が?」私は顔を向けた。

 奏汰くんは、しばらく視線を前に向けたまま、少し言葉を探していた。

「なんのために作ってるのかなって。うまく作れたら嬉しいし、誰かに喜んでもらえたら、もっと嬉しい。でも、うまくいかないと、すごく落ち込んじゃって。……それでも、また作りたくなるのはなんでなんだろうな、って。」

 私は、その気持ちに覚えがあった。うまくいかなくて泣きたくなった日も、ほんの少し褒められて嬉しかった夜も、全部、心に残っている。

「私も、似たこと考えるよ。なんでこんなに悔しいんだろう、って。でも、やっぱりまた、作りたくなるんだよね。たぶん……好きなんだと思う。味だけじゃなくて、作ってる時間とか、うまくいった時の気持ちとか。全部ひっくるめて。」

 奏汰くんは、ほっとしたように笑った。

「だよな。なんかさ、ことりと話すと、自分の中が整理されてくる気がする」

「ふふ。私もそうかも」

 しばらく沈黙が流れ、バスは森の中を通るカーブにさしかかる。木漏れ日が窓のガラスをすべり、ノートの表紙にやさしい光の模様を描いた。

「父さんさ」奏汰がまたぽつりと言った。「こないだ『ちゃんと悩むのは職人の証拠だ』って言ってた。迷いがあるってことは、それだけ向き合ってるってことだって。」

「うん、それわかる気がする」私は頷いた。「わたしも、ノートに書くたびに迷ってる。でも、書いてると『あ、またやってみよう』って思えるんだ。」

 奏汰くんはうなずきながら、鞄からスマホを取り出し、メモアプリの画面を見せた。

「これ、最近の失敗メモ。焼きすぎたタルト、生焼けのフィナンシェ、割れたマカロン……」

「うわぁ、たくさんあるね」

「全部、写真つき」奏汰くんはちょっと得意げに笑う。「でも、どれも父さんが『よし、じゃあ次だな』って笑ってくれたやつ」

「いいな……それ、ちょっと宝物だね」

 私も鞄から自分のノートを取り出した。ふたりで並べて見ると、どちらも小さな文字でいっぱいで、線やしるし、付箋でふくらんでいる。

「私たち、けっこう本気だよね」私が笑うと、奏汰くんも笑った。

「本気だからこそ、迷ったり悩んだりもするんだろうな。でも、それって悪くないよな」

「うん。わたし、今はそう思えるよ」

 チーズ工房へ向かうバスの中。窓の外には、変わらず美しい夏の朝が広がっていた。でも、私の心のなかには、それ以上に深くて静かな風景が広がっていた。

(この道の先に、どんな学びが待っているんだろう)

 奏汰くんの隣で、私はそっとノートを閉じた。
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