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番外編:光と鎖の狭間で
6、布とスープと、静かな決意(後半)
しおりを挟む「彼には、君のような存在が必要なんだよ」
ダリアンの言葉は静かだったが、その奥には深く計算された響きがあった。
だがまだ幼い宮乃には、その全貌は見えない。ただ胸の奥に、なにか冷たい針のような違和感が刺さっているのを感じていた。
「その子は……倫って言った?」
「そう。君より少し年上になるが、彼は……生まれてからずっと、人と関わる機会を持てなかった」
「それって……どういう」
「特別な環境で育てられたんだ。大人たちは彼の未来に大きな希望を託している。けれど、彼は一人ぼっちだ。友達もいない。笑うことも、泣くことも、知らないまま育った」
宮乃の手が、膝の上でぎゅっと握られた。孤児院での雪乃の笑顔や泣き顔が脳裏をよぎった。人が生きていくうえで大切な、感情の色。
それを知らずに生きてきた子がいるという現実に、言いようのない不安と憐憫が入り混じった。
「君がそばにいることで、彼の世界は少しずつ変わるだろう。君なら、彼の心に火を灯せる」
ダリアンの言葉はまるで呪文のようだった。その日から宮乃の中には、誰かを助けなければいけないという思いが静かに根を下ろしはじめた。
けれど、部屋を出てリビングに戻ると、セシリアとリアンの柔らかな笑顔が出迎えてくれた。雪乃はクッションの上で猫のぬいぐるみと遊びながら、「お姉ちゃん、おそいよ~」と笑った。
「あの……さっき、ダリアンさんと話してて」
宮乃は言葉を選びながら、ふたりの大人に視線を向けた。
リアンは頷きながら静かに言った。
「知っているよ。彼から話は聞いていた。君に負担をかけたくはなかったが……その子のことを知って、君がどうしたいかを自分で考えてほしいと思っていた」
セシリアが、そっと宮乃の手を握る。
「私たちはね、強くなることがすべてだとは思っていないの。弱いままでも、迷っても、泣いてもいい。だけど、君が心から誰かを守りたいと思うなら、私たちはその背中を支える」
その言葉は、不安に沈みかけていた宮乃の心に、一筋の光を灯した。
それから数日が経った。
宮乃は、庭の小さな畑で、セシリアと一緒に野菜を摘んでいた。雪乃は花壇の近くでスケッチブックを広げ、何か一生懸命に描いている。風が通り過ぎ、赤く色づき始めた柿の実が枝からこすれあう音がした。
「セシリアさん」
「ん?」
「……わたし、会ってみたい。その子に」
セシリアは少し驚いたように宮乃を見た後、やわらかく微笑んだ。
「そう。じゃあ、準備しなくちゃね」
宮乃はうなずいた。まだ心の底では怖い。知らない場所、知らない誰か、自分が知らない未来。だけど、それでも――あの子を助けたいと思った自分を、見捨てたくなかった。
その夜、宮乃は眠れなかった。
ベッドの中で天井を見つめながら、これまでのことを思い出していた。
凍えるような夜、雪乃の熱い額に手を当てながら泣いた日。
孤児院で睨みを利かせて、年上の子どもから妹を守った日々。
そうだ。私はいつだって守ることだけを考えてきた。
でも今度は、感情を知らない誰かに、心を届ける役目だという。
それは――守る、というだけでは足りない。
自分の心を差し出すこと。痛みも、不安も、温もりも、そのすべてを。
「……雪乃、あったかいね」
隣で眠る妹の手を握りながら、宮乃はぽつりと呟いた。
「この手のぬくもりを、わたしはあの子に伝えられるだろうか」
闇の中で、その言葉に誰も答えはしなかった。
けれど、朝がくればまた、光は差し込むだろう。
その光の先に、まだ見ぬ誰かが待っている。
そして宮乃は、その誰か――倫という少年の扉を、もうすぐ叩くことになる。
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