灯びの系譜ー静寂なる闇に芽吹くもの

武内れい

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番外編:光と鎖の狭間で

15、涙から始まる決意(前半)

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 私は、震える手で重い扉を押し開け、あの邸宅の奥深くへと足を踏み入れた。
 心臓は高鳴り、頭の中はぐちゃぐちゃだった。あの日見たあの光景を、どうしても確かめずにはいられなかった。

「倫……話が、あるの」

 応接間の冷たい空気の中、彼の表情はいつも通りの落ち着きを装っていた。けれど、その瞳には何か隠しきれない影が潜んでいた。

 私は言葉を選びながらも、必死に声を震わせて問いかける。
「あの……あの時、あの……倫が、あの人たちと……」

 言葉に詰まり、視線が揺れた。あの貴族の子息や政治家たちが、倫に会いに来る。
 彼らは倫の手を引き、体を寄せてはお尻を掴み、服を剥ぎ取るようにして楽しんでいた。

「あんなこと……どうして……抵抗しないの?」

 倫はじっと私を見つめ、無言のまま少しだけ口を開いた。

「……宮乃」

 その声は優しいけれど、どこか痛みを伴っていた。

「僕は……大丈夫だから」

 私は戸惑いながらも続けた。

「食事の時も……椅子に座る倫の手足に服はなくて……鎖がついてた。
 隣には、あの男がいて……倫の足に手を伸ばしていた」

「……」

「ある時は……四つん這いで、首に鎖をつけられて、犬みたいに廊下を歩かされていた。
 そして……大広間で……仮面をつけた大人たちに囲まれて、君は……」

 涙が込み上げ、言葉が止まる。

 倫は顔を伏せ、沈黙を保つ。

「どうして……どうして何も言わないの?」
 私の声は震え、問い詰めるように続けた。

 倫は私の目をじっと見つめ、重い吐息を漏らした。

「それが……僕の役目だから」

 私は首を振り、強く言い返す。
「役目って……そんなの、ないよ。」

 倫は少し笑みを見せながら、いった。
「それに、お金も必要だからね。」

「お金って、そんなの……」

 倫は小さく肩をすくめ、言葉を選びながら続けた。

「うん……でも、それが僕の当たり前なんだ」

 私は胸の奥が締め付けられるようだった。

「私だって……あなたの許婚なんだよ? 助けたいって思ってる」

 その言葉に、倫は少しだけ目を細め、優しく微笑んだ。

「ありがとう、宮乃。大丈夫だよ、僕は……」

 けれどその「大丈夫」には、どこか悲しさが滲んでいた。

「許婚なのに、何もできないなんて……」

 私は涙をこらえながら、もう一度尋ねた。

「許婚って……何をするためにあるの? ダリアンは倫の子どもを欲しがってるの?」

 倫は微かに首を振り、静かに答えた。

「そうじゃない。そういうことじゃない」

 その言葉はまるで、私の胸の痛みをいっそう深くえぐった。

 私は目を伏せ、どうしようもない孤独に震えた。

「じゃあ、何のために……」

 その時、部屋の扉がかすかに軋んだ。

 私は振り返ったが、誰もいなかった。

 倫は少し目を伏せ、そっと息をついた。
「僕にも、どうしようもないことがある」

 私は喉が詰まる思いで、さらに言葉を重ねた。
「もしかして……私がいるから?」

 私の問いかけに、倫は何も言わなかった。

「……私がいるから、倫は――」

 言葉の途中で、息が詰まる。
 怖かった。本当に聞いてしまったら、もう戻れない気がして。
 だけど、目の前の彼は逃げなかった。ただ、静かに私を見つめていた。

 沈黙の中で、彼の目が言葉以上にすべてを物語っていた。
 反論しないことが、否定しないことが、何よりも痛かった。

 言葉が消え、静寂が部屋を満たす。

 倫は答えず、ただ私の瞳をじっと見つめていた。

 その目の奥には、優しさと諦めが同時に浮かんでいた。
 それが余計に、苦しかった。

 私は耐えきれなかった。
 この場所に、もういられないと思った。

 立ち上がり、声もかけずに背を向けて扉を開けた。
 倫の視線が背中に刺さる。でも、振り返ることはできなかった。

 私はそのまま、逃げるように邸宅を後にした。

 家に帰る道すがら、心は引き裂かれそうだった。
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