灯びの系譜ー静寂なる闇に芽吹くもの

武内れい

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番外編:光と鎖の狭間で

17、その手で、守るために(前半)

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 次の日の朝、私は雪乃と一緒に庭へ出た。白い朝陽が芝を照らし、花壇の花が風に揺れていた。

 雪乃は走りながら、バラの花びらを摘んでは「見て見て、お姉ちゃん、ハートの形!」と笑って見せた。私はその笑顔を見つめながら、そっとその頭を撫でた。

「……雪乃は、変わらないね」

「え?」雪乃が不思議そうに顔を上げる。

「いや、ううん。なんでもない」

 私は笑ってごまかしながら、足元の影を見た。その影は揺れて、私の中の迷いと決意を映していた。

 ――私が守りたいのは、この笑顔だ。
 でも、守るだけじゃ足りない。見ているだけでは、誰も救えない。

 倫くんの、あの瞳を思い出す。無理に微笑んで、大人たちに囲まれながら、何も言えないまま黙っていた彼の顔。
(私がいるから……、逃げられないだなんて)
 あの苦しげな目を、もう二度と見たくなかった。

「お姉ちゃん、なんだか今日、すっごく真面目な顔してる」

 雪乃のいたずらっぽい声に、私ははっとして振り向いた。彼女の目は太陽のように澄んでいて、私をまっすぐに見つめている。

「そうかな……?」
 私は苦笑して、もう一度雪乃の髪をそっと撫でた。

「ねぇ、雪乃。もし、お姉ちゃんがすごく遠くに行かなきゃいけなくなったら……どうする?」

「んー……それでも、お姉ちゃんはお姉ちゃんだよ?」
 雪乃はあっけらかんとした笑顔で答える。

「行くなら、私も連れてって?」

 その言葉に、胸が締めつけられた。

「……ありがとう」
 私は雪乃をぎゅっと抱きしめた。雪乃の小さな手が、私の背中に回ってくる。

 でも、心の中で何度も繰り返す。――連れてはいけない。あの場所に、彼女を巻き込むわけにはいかない。

 

 その夜、私は書斎の前で立ち止まっていた。リアンさんとセシリアさんの助けを借りて、初めて作戦に踏み出す夜。
 これまで他人任せにしていた自分の弱さを脱ぎ捨てて、私は一歩を踏み出そうとしていた。

 ノックをすると、中からリアンさんの穏やかな声が聞こえた。

「入っていいよ、宮乃」

 扉を開けると、そこには資料がびっしりと並んでいた。エリダヴォン邸の間取り図、来客記録、宮乃の証言をもとにした人物の相関図。
 机の上には数十枚の仮面のスケッチがあり、それぞれに手書きで「金細工の縁=大蔵省関係者」「漆黒のレース=旧貴族連盟」などと書き込まれていた。

「これは……?」

 セシリアさんがファイルを閉じ、私に言った。

「あなたの証言が、とても正確だったの。これまで見えていなかった繋がりが、少しずつ浮かび上がってきてる」

「仮面舞踏会と呼ばれる会合……表向きは慈善団体向けの社交の場。でも、その裏で、子どもが商品のように扱われていることが分かってきた」リアンさんが言葉を継いだ。

 私は息を呑んだ。

「倫くんが……そこに……?」

「そう。そして、名簿や映像は残っていない。だが、使用された仮面、手紙、会場装飾のデザイン。君の証言と照合して、我々は少しずつ裏を取っている」

 私は拳を握りしめて立ち上がった。

「彼らは、ただの加害者じゃない。顔と地位を持ち、社会的信用に守られてる。……でも、それがなんだって言うの? それで、倫くんの人権が踏みにじられてもいいの?」

 リアンさんが、静かに私の言葉を受け止めてくれた。

「その怒りは、君の武器になる。君が何のために戦うのかを、忘れないで」

 セシリアさんが椅子から立ち上がり、私の肩に手を置いた。

「あなたの決意、私たちが背負うわ。……これは、あなたひとりの戦いじゃないの」

「でも、私が動かなきゃ始まらない。……倫くんを、ただ守るだけじゃなくて――」

 私は少し震える声で言った。

「彼の未来を、自分で選べる場所へ、連れ出したい」


「それが愛なのかもね」
 セシリアさんが微笑む。

 リアンさんもまた、小さく頷いて言った。

「なら、始めよう。これは、希望の作戦だ。――絶対に失敗は許されない」

 私は深く頷いた。
 まだ道は見えない。だけど、進まなきゃいけない。

 倫くんを救うために。
 そして、私自身が枷ではなく、守れる存在へと変わるために。
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