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第一章:出会いのページ
6、大学生・悠真との出会い(後半)
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私たちはしばらく、言葉も交わさずに並んで座っていた。
図書館の建物に沈む光は、刻々と角度を変え、ベンチの影も少しずつ形を変えてゆく。蝉の声は途切れながらも続き、その間に、ほんの微かな葉擦れの音や、誰かの足音が混じった。
悠真さんが、スマートフォンを取り出した。
「これ、昨日の夜、調べてたんだ」
そう言って見せてくれた画面には、古地図の画像が表示されていた。くすんだ黄土色の紙面に、細い筆致で文之森という地名が記されている。
今はもうその名前は使われていないらしく、現在の地図と見比べると、それが町の北端、林に面した住宅街あたりにあたることが分かった。
「ここに、文の蔵っていう名前の、非公開の文庫があったみたいだ。個人の所有だったけど、明治の終わりから昭和初期にかけて、町の人がときどき出入りしていたらしい」
「それって……今はもう残ってないの?」
私が尋ねると、悠真さんは首を傾げた。
「たぶん、表向きには失われたことになってる。でも、ネットの断片的な情報や、昭和の町史みたいな古い資料には、いくつかそれらしい記述が残ってて……ほら、この辺」
彼はスクロールして、地図の隅に小さく描かれた蔵のような建物を指さした。
「見て、このあたり……文庫跡って手書きでメモされてる。ここ、前に君が話してた神社の裏手じゃない?」
私は、はっとして頷いた。
「うん、たしかに、崩れかけた蔵みたいな建物があった……。あのときも、ちょっと変な感じがした。空気が止まってるような、そんな場所で」
ふたりの間に、ふと沈黙が落ちた。
けれど、それは不安な沈黙ではなく、まるで何かが少しずつ形を成していく静けさだった。
「そこ、行ってみたい」
私の言葉は、自分でも驚くほど静かで、けれど力強かった。悠真さんもすぐに頷いた。
「今週末、時間ある?」
「うん、大丈夫」
「じゃあ、昼過ぎに図書館前で待ち合わせしよう。古地図もプリントしておくし、できればカメラも持っていくよ。何か記録できるかもしれないし」
私は返事の代わりに、軽く頷いた。
少しずつ、胸の奥にあった霧のようなものが晴れていく気がしていた。
何かを解き明かすということは、きっと世界の輪郭に触れるということなのだろう。
そしてそれは、自分自身の輪郭に触れることと、どこかで繋がっている。
「ねえ、悠真さん」
私が声をかけると、彼は目を向けた。
「うん?」
「さっき言ってた、怖くなったら見せていいよっていうの……ほんとに?」
「もちろん」
私は一瞬迷ってから、自分の鞄に入れていた本を取り出し、白紙のページをそっと開いた。ページの中央あたりに、小さな文字で、鉛筆でしたためた言葉がある。
〈ほんとうの気持ちは、なかなか誰にも伝えられない。でも、書いたら少しだけ、息がしやすくなった。〉
悠真さんは、それを黙って読み、やわらかく笑った。
「すごくよく、分かるよ。その感じ」
言葉を交わすよりも、その笑みの方が、なによりも心をほどいてくれた気がした。
日が少し傾きはじめた。遠くで部活帰りの高校生たちの声が響いてくる。誰かが笑い、誰かが走っていく、そんな音の向こうで、私たちはまだ、ベンチに並んで座っていた。
「……でも、君はきっと強いよ」
突然の言葉に、私は首を傾げる。
「私が?」
「うん。だって、自分の言葉を、自分で信じて書いてる。書くってすごく勇気がいることだから。うまく言えないけど……誰かに分かってほしいって思うことも、誰にも見せたくないって思うことも、きっと両方、本音なんだよね」
私はそっと頷いた。
「そうかも。両方とも、私なんだと思います」
ふたりの間に、また風が通った。
さっきよりも涼しく、すこしだけ夜の香りが混じっていた。
「文の蔵のこと、探せば探すほど、もっといろんな人と繋がるのかもね」
「うん。そして、自分のことも少しずつ見えてくるかもしれない」
そう言いながら、私はそっと自分の本の白紙ページを閉じた。
まるで、大事なものをしまうように、音も立てずに。
図書館の建物に沈む光は、刻々と角度を変え、ベンチの影も少しずつ形を変えてゆく。蝉の声は途切れながらも続き、その間に、ほんの微かな葉擦れの音や、誰かの足音が混じった。
悠真さんが、スマートフォンを取り出した。
「これ、昨日の夜、調べてたんだ」
そう言って見せてくれた画面には、古地図の画像が表示されていた。くすんだ黄土色の紙面に、細い筆致で文之森という地名が記されている。
今はもうその名前は使われていないらしく、現在の地図と見比べると、それが町の北端、林に面した住宅街あたりにあたることが分かった。
「ここに、文の蔵っていう名前の、非公開の文庫があったみたいだ。個人の所有だったけど、明治の終わりから昭和初期にかけて、町の人がときどき出入りしていたらしい」
「それって……今はもう残ってないの?」
私が尋ねると、悠真さんは首を傾げた。
「たぶん、表向きには失われたことになってる。でも、ネットの断片的な情報や、昭和の町史みたいな古い資料には、いくつかそれらしい記述が残ってて……ほら、この辺」
彼はスクロールして、地図の隅に小さく描かれた蔵のような建物を指さした。
「見て、このあたり……文庫跡って手書きでメモされてる。ここ、前に君が話してた神社の裏手じゃない?」
私は、はっとして頷いた。
「うん、たしかに、崩れかけた蔵みたいな建物があった……。あのときも、ちょっと変な感じがした。空気が止まってるような、そんな場所で」
ふたりの間に、ふと沈黙が落ちた。
けれど、それは不安な沈黙ではなく、まるで何かが少しずつ形を成していく静けさだった。
「そこ、行ってみたい」
私の言葉は、自分でも驚くほど静かで、けれど力強かった。悠真さんもすぐに頷いた。
「今週末、時間ある?」
「うん、大丈夫」
「じゃあ、昼過ぎに図書館前で待ち合わせしよう。古地図もプリントしておくし、できればカメラも持っていくよ。何か記録できるかもしれないし」
私は返事の代わりに、軽く頷いた。
少しずつ、胸の奥にあった霧のようなものが晴れていく気がしていた。
何かを解き明かすということは、きっと世界の輪郭に触れるということなのだろう。
そしてそれは、自分自身の輪郭に触れることと、どこかで繋がっている。
「ねえ、悠真さん」
私が声をかけると、彼は目を向けた。
「うん?」
「さっき言ってた、怖くなったら見せていいよっていうの……ほんとに?」
「もちろん」
私は一瞬迷ってから、自分の鞄に入れていた本を取り出し、白紙のページをそっと開いた。ページの中央あたりに、小さな文字で、鉛筆でしたためた言葉がある。
〈ほんとうの気持ちは、なかなか誰にも伝えられない。でも、書いたら少しだけ、息がしやすくなった。〉
悠真さんは、それを黙って読み、やわらかく笑った。
「すごくよく、分かるよ。その感じ」
言葉を交わすよりも、その笑みの方が、なによりも心をほどいてくれた気がした。
日が少し傾きはじめた。遠くで部活帰りの高校生たちの声が響いてくる。誰かが笑い、誰かが走っていく、そんな音の向こうで、私たちはまだ、ベンチに並んで座っていた。
「……でも、君はきっと強いよ」
突然の言葉に、私は首を傾げる。
「私が?」
「うん。だって、自分の言葉を、自分で信じて書いてる。書くってすごく勇気がいることだから。うまく言えないけど……誰かに分かってほしいって思うことも、誰にも見せたくないって思うことも、きっと両方、本音なんだよね」
私はそっと頷いた。
「そうかも。両方とも、私なんだと思います」
ふたりの間に、また風が通った。
さっきよりも涼しく、すこしだけ夜の香りが混じっていた。
「文の蔵のこと、探せば探すほど、もっといろんな人と繋がるのかもね」
「うん。そして、自分のことも少しずつ見えてくるかもしれない」
そう言いながら、私はそっと自分の本の白紙ページを閉じた。
まるで、大事なものをしまうように、音も立てずに。
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