没落令嬢と年下の幼馴染 〜「心に決めた人がいる」と嘘をついた令嬢が幸せな結婚をするまでの話〜

ナナカ

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年下の幼馴染

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 私が「誰かを待ち続けている」ことになったのは、五年前のことだ。
 父が亡くなった後、金貸しのガストンが息子ハールとの結婚を打診してきた。
 それを、私は断った。
 年下の幼馴染に恋人がいることを知っていたからだけど、断っても断っても、ハールは堂々と私に結婚を申し込んできた。
 だから、つい言ってしまったのだ。

「私には心に決めた人がいます」

 そう言ってしまったのは、ただの勢いだ。口にした瞬間、後悔した。でもなぜか、ハールとガストンは納得してしまった。
 ……私に、なぜそんな相手がいると思ったの?

 病弱なお父様の代わりに領地経営をして、男女の出会いの場になるような舞踏会にも行ったことがなくて、なのにどうしてそんな相手がいると信じたのか。
 よくわからないながら、信じてくれたからそれでいいということにした。

 でも、一応は頭の中で「心に決めた人」のイメージは作っている。
 イメージの元になったのは、オレン。
 必死に悩んだのに、思い浮かんだのは彼一人しかいなかった。

 オレンは、お父様が開いていた学習塾に通っていた少年で、ハールと同い年だったはず。貧乏な家の三男だか四男で、文字を習ってそれを活かそうと頑張っていた。
 まだ小さいのに昼間は働いて、夜は眠い目をこすりながら文字や計算を習っていた。背が伸び始めると、お父様の護衛の騎士が剣を教え始めた。
 手足が大きくて、歯が頑丈だったオレンは、動きもとてもいいと褒められていた。

 そうやって一日中頑張っていたから、学習塾にいるときはいつも眠そうで、いつもお腹を減らしていた。
 だから私は「お父様の夜食」という口実で食事を用意した。貴族にしては切迫した経済状況だったけど、普通の食べ物を振る舞うくらいはできたから。
 別に、オレンだけが特別というわけではない。
 借金の返済や急な融通などの相談に来るガストンは、いつも息子のハールを連れてきていたから、ハールにも食事は振る舞っていた。

「お嬢様、こんな粗末なものを食べているの?!」

 そう同情されて、逆に手土産にお菓子をもらうようになってしまったけど、その後も意地になって食事に誘い続けた。

「慣れると、それなりにおいしいね!」

 そんなことも言われたけど、ハールに悪気はない。ちょっと加減ができないだけだ。一緒に食事をしていたオレンがジロリと睨んでいたから、私は寛大にも許してやった。
 食事中なのに、なぜか急にハールがテーブルの下にある脛を押さえて苦しみ始めたせいでもある。
 あの時は、いったい何があったのかしら。

 でも、そんな賑やかな食事は、とても楽しかった。
 いつからか、オレンは私が座ろうとすると、サッとやってきて椅子を引いてくれるようになったし、私が扉へ向かうと必ず開けてくれるようになった。
 騎士たちが色々作法を教えているようで、私に実践していたのだろう。
 だから、私もすまし顔で受けていた。
 馬車から降りる時に手を借りたし、馬に乗る時にはオレンの手を踏み台がわりにさせてもらった。

 いつの間にか、オレンは私より背が高くなって、私がふうふう言いながら運んでいた本の山を軽々と持ってくれた。
 ボロボロだった服も、いつの間にか古いけれど上質なものになっていた。きっとお父様や騎士たちが、自分のお下がりを与えるようになったからだろう。
 オレンは、そういうちょっといい服を着ても似合うようになっていった。
 ハールとはよく話しているけど、私の前では口数が少なくて、騎士たちに鍛えられた後は汗びっしょりになって地面に寝転がっていた。
 私が手作りのお菓子を持って行くと、慌てて井戸の水を全身に被ってしまって、酷い姿になりながらとても美味しそうに食べてくれた。

 でも、オレンはお父様が亡くなる少し前にいなくなった。
 その頃、我が家はさらに家計が悪化してしまって、騎士たちに暇を出した。
 無償でも構わないと言ってくれた騎士たちを説得して、あちこちに紹介状を書いて全員無事に再就職した。
 その時に、騎士たちはオレンを連れて行った。
 オレンも一緒に行くと言った。だから私は、餞別としてお母様の形見の宝石を渡した。

「きっとお金もたくさん必要になるだろうから、これを売ってちょうだい」
「だめですよ、お嬢様! これは受け取れません!」
「いいのよ。役に立ててもらえる方が嬉しいから」
「でも、これは亡き奥様の形見でしょう!?」

 オレンは覚えていたようだ。昔、一度だけ見せたことがあるだけなのに。それが嬉しかった。だから無理矢理にオレンの手に握り込ませた。

「あなたは、お父様の教え子の中で一番出世をしそうだもの。未来への投資よ。だから……頑張ってね!」

 私はそれだけを言うのがやっとだった。
 もっと、明るく色々と言おうと思っていたのに、声が詰まりそうになっただけだった。
 オレンの手はとても大きい。
 昔は小さくて痩せていて、ボロボロに汚れていて、怪我もいっぱいあったのに、いつの間にかとても立派な手になった。

 きっと、オレンは出世してくれる。
 どんどん弱っていくお父様が、目を細めながら誇るような若い騎士になるだろう。
 私がそっと手を離すと、オレンは宝石をぎゅっと握りしめた。
 昔、オレンが学習塾にきたばかりの頃に、夜食を振舞ってあげた時のような顔をしていた。

「……俺、絶対に出世します。必ずお嬢様と旦那様に恩返しをします。そうできる男になります」

 オレンは私の前で片膝をついた。
 正式には、オレンはまだ騎士ではない。これから騎士になる。でも私の前にひざまずく姿は、とても凛々してまぶしかった。




 あれから七年。
 騎士たちだけでなく、メイドたちにも暇を出した。広すぎる屋敷も手放した。小さな家に移って間もないころに、お父様が亡くなった。
 ガストンが借金返済の相談と称して毎日様子を見に来るようになり、ハールは恋人と結婚せずに二児の父親となった。
 そして私は、男爵位を継承するだけのお金がないまま二十五歳になっている。

 表向きは、心に決めた人を待ち続ける一途な女だ。
 でも……そろそろ、本当に身の振り方を考えなければいけない。覚悟を決めなければ。
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