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一章 八歳で抱いた夢
(1)悪ガキ
しおりを挟む将来のことを真剣に考える始める少し前。
八歳の私は、牧場や森を楽しく元気に走り回る、ただの悪ガキだった。
◇
一般的には、八歳と言うと、それなりに男とか女とかを意識する年頃。でも、村の悪ガキ仲間は私のことを「女の子」とは思っていないと思う。
髪は肩上で切りそろえていたし、服は全てヘイン兄さんのお下がり。つまり完全な男装な上に、言動は年の離れた兄さんの影響で男の子そのものだから。
そんな姿で毎日山を走り回っていれば、誰も女の子とは思わない。物心ついた時にはすでにそんな子供で、八歳になった頃には立派な悪ガキができあがっている。
でも、エイヴィー母さんは躾には厳しい人なんだよね。
人様に迷惑をかけるなと口うるさく言われ続けた結果、悪ガキと言っても大したことはしない理性が育まれた。
せいぜい、兄さんの牧場に行って放牧されている馬たちに飛び乗ったり振り落とされたり。トゥアム父さんの農具を振り回したり、振り回されたり。森でウサギを捕ったり、狼を手懐けたり。
そういう程度だ。ささやかだよね。
でも残念ながら、こういう楽しい遊びに付き合ってくれる年上の悪ガキは、うちの村ではすぐに働き始めてしまう。
だから大人たちが青ざめるようなスリルのある遊びはできなくなった。
そう言う事情のせいで、ヘイン兄さんが子供の頃にやっていたという伝説的な遊びは試したこともない。
野生の大山羊の背に飛び乗って岩壁で走り回る、という考えるだけでワクワクする遊びなのに、さすがに立会人なしで試すのは無謀だと思うのだ。
そう考えると、一緒に暴走してくれる相手がいない分、兄さんたちに比べればかわいい遊びばかりだと思う。
少なくとも、父さんはそう言って笑っていた。
ただ母さんは、そういう私の行動は気に入らないらしい。
特に板につきすぎた男装が気に障るようで、せっかく女の子として生んであげたのに……という説教が年々増えてきた。
あまりにも説教というか愚痴が続くから、私も最近は根負けしてスカートを穿くことが増えている。もちろん家の中でだけだ。
私は、スカートそのものは嫌いじゃないよ?
むしろ、足の周りにふわっと広がる感じは好きだ。でも、外でスカート姿になるのは嫌いだったりする。
それには理由がある。
外でスカートを穿いていると、会う人会う人全てが振り返って、目を大きく見開いてしまうんだ。小憎たらしい年上の悪ガキどもが、顎が外れるんじゃないかと心配するほど、口を開けたままにする姿は滑稽だった。
最初は、それがおもしろかったよ?
新しいスカートを作ってもらった時には、わざわざみんなに見せびらかしにいったりもした。
……でも、すぐに何かが違うと思い始めた。
大人は大袈裟に褒めてくれる。それと同時に、なぜか十年ほど前の秋祭りで見たヘイン兄さんの女装を思い出すと言ってしみじみとする。
年寄りは過去の中で生きていると言うけど、本当だったんだね。
一方で、年嵩の悪ガキ仲間は「女装なんかしてどうしたんだ!」と錯乱する。
その上、馬鹿面をさらした翌日から急に大人びるんだ。一緒に遊んでくれなくなる悪ガキも増えてしまい…その結果、私は絶対に外ではスカートを穿かないと心に決めた。
そんな毎日を過ごしていたある日、村を出て仕事をしているナイローグが、三ヶ月ぶりに帰省すると聞いた。
私はその日を指折りして楽しみにした。
……実は母さんは、今までどうやって生きてきたのだろうと不思議になるほど家事が出来ない。
そう言う人が子供を一人で育てられるはずがない。
ヘイン兄さんは近所のナイローグのお母さんが育ててくれたようなものらしい。そして私については、十歳年上の兄さんとナイローグが世話をしてくれた。
だからごく幼い頃の記憶は、ナイローグに背負われたものがほとんどだ。
果樹園で花蜂を見上げたのもナイローグの背中からだった。山にキノコ狩りについて行った帰り、歩き疲れて泣き出した時も背負ってくれた。
自分で羊と一緒に走り回れるようになるまでの記憶から考えると、たぶんだけど、ヘイン兄さんよりナイローグの方が私の世話をしてくれていたと思う。
そういう近所のお兄ちゃんが、久しぶりに出稼ぎ先から戻ってくると聞いて、嬉しくないはずがない。
十歳くらい年上のナイローグは、私が六歳の頃から村の外に働きに出ていた。でも私は、二年たってもまだ彼の不在に慣れきれないのもしれないな。
こんなことを言うと兄さんは傷ついて隅っこに座り込んでしまうかもしれないけど、私はヘイン兄さんだけでは何か物足りなかったんだよね……。
だから彼の帰省は、本当に楽しみだった。
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