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二章 十歳から始める基本の「き」
(7)父さんと母さん
しおりを挟む私とヘイン兄さんが家に戻った時、家の周りは静かだった。
どうやら、ここはまだ恐ろしいお姉様方には知られていないらしい。
実はヘイン兄さんも、ナイローグとは違う方向に突き抜けた美貌を持っている。妹の目から見ても並外れていると思う。あのお姉様方が兄さんのことを知れば、こちらでもあの恐ろしい光景が繰り広げられるかもしれない。
そう考えると、ぞっとする。
思わず体を震わせた時、犬たちの声が聞こえた。
猟犬だ。とても誇らしげな吠え方で、狩りの成果を知らせている。
その声を聞きつけたのか、私の家の扉が開いた。出て来たのは、田舎ではあり得ないほどの美女だった。
実はあの美女は私の母さんで、年齢不詳な美を今なお保っている。
そしてもう一人、同年代で年相応な美熟女も出てきた。ナイローグと似通った顔立ちが示すように、黒髪の美熟女はナイローグのお母さんだ。
「あら、シヴィル。ちょうどいい時に戻って来たのね」
腕まくりをしたおばさんは、にこにこしながら私たちのところにやってくる。
私は、ナイローグのお母さんのことが大好きだ。いつも美味しいご飯を作ってくれるから、大げさに言えば命の恩人でもある。
家事全般を得意としない母さんだけど、料理はそれなりにやってくれる。
だいたい不味くはないけど、特別美味しくもない。その上、時々とんでもない新作料理を作ってしまう。
そういう食糧事情だから、文句なしに美味しい料理を分けてくれるおばさんは救世主なのだ。
その救世主なおばさんに、ヘイン兄さんが大鍋を手渡した。
ナイローグの家で見慣れた大鍋だ。いつの間に取ってきたのだろう。兄さんは私の不審そうな視線を笑顔で煙に巻いた。
「おばさん、やっぱりおばさんの家は大変なことになっていたよ。あの様子では、しばらく戻らない方がいいかな」
「そう、見に行ってくれてありがとう。ヘインは見つからずに済んだのね?」
「今のところはね。ついでにシヴィルも保護して来た」
「保護ってなんだよ!」
「保護は保護だ。あのまま放置していたら、おまえはあのお姉さん方の中に向かっていたかもしれないし、村の外から来た男たちの目にとまったかもしれないだろう?」
「さっきから何を言っているのか、わからないんだけど。お姉様方はともかく、何で男にまで見つかったらよくないんだよ?」
「……おまえはね……やっぱり鏡をよく見なさい。それでもわからないのなら、ずっと男装をしているんだよ」
ヘイン兄さんは私の頭に手を置いた。
こうやって頭を押さえるから、いつまでも小さいままなんじゃないか。
それに鏡を見ろと最近よく言うけれど、鏡を見たって自分の顔が映っているだけだ。なぜそんなつまらない事をしろと言われなければいけないんだろう。
一人でむっとしていると、森の奥から人が出て来るのが見えた。
「おう、お前たちが出迎えに来てくれたのか?」
「あ、父さん!」
私はヘイン兄さんの手の下から逃げて、父さんの方へと走って行く。
縦にも横にも大きくてがっしりとした大男は、駆け寄ってくる私に凶悪なほど崩れた笑みを向け、腰をかがめながら手を広げた。
でも私は父さんの胸に飛び込まず、大きな手の横を一気に走り抜けた。
「シ、シヴィル……?」
悲しげな声が聞こえたけれど、もちろん無視だ。
私は父さんの横を通り抜け、鹿を肩に担いだ姿で森から出て来たナイローグへと向かった。
「おかえりなさい、ナイローグ!」
「ああ、シヴィルか」
少し息を切らせながらナイローグの前に立つと、ナイローグは肩に担いでいた鹿を下ろし、後からついてきたヘイン兄さんに向けて無造作に投げ渡した。
「シヴィルも、ヘインも、元気そうだな。」
「うん、おかげさまでね。これはもらっていくよ」
ヘイン兄さんはさわやかに笑った。
その華奢そうな顔を裏切るように、大きな鹿を軽々と肩に担いで歩いて行った。
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