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二章 十歳から始める基本の「き」
(8)一つだけ教えておくぞ
しおりを挟む「あいつ、本当に元気そうだな」
兄さんとナイローグは幼馴染の親友で、二人が顔を合わせたのも数ヶ月ぶりなはずだ。
でも、大人になると再会もあっさりしたものなのだろうか。昨日会ったばかりのような挨拶をしただけだった。
大人の世界を垣間見た私は、少し首を傾げたものの、すぐににこにこと背の高いナイローグを見上げた。
森で狩りをしていた彼は、それなりに汚れている。
今朝早くに村に戻ったばかりと言うことは、少なくとも昨日は一日中移動していたはずだ。それなのに着いて早々に鹿狩りに参加するなんて、どれほど体力があるのだろう。
乱れた髪を結わえ直している姿は、特に疲労しているようには見えない。今日は元気そうだ。
「あ、そうだ。ナイローグの家、すごいことになっていたよ」
「見に行ったのか?」
「狩りに行っているなんて知らなかったから、家に行ったんだよ。そうしたら女の人たちが睨み合っていて」
「睨み合っていた? なんだそれは」
「よくわからないんだけど、見たこともないようなきれいな格好のお姉さんたちがいてね、近くの街のお姉さんたちと睨み合っていたんだよ。遠くから見ただけだったけど、怖かったな」
「それは確かに怖いな。……ついてくるなと言っていたんだが」
ナイローグはため息をついている。
どうやら、思い当たることがあるようだ。私は首を傾げた。
「もしかして、あのきれいな格好の女の人たちって、ナイローグの知り合い?」
「知り合いというか、必要にかられて言葉をかわしたことはある程度の方々だろうな。馬車だったか?」
「馬車……あ、もしかして村の入り口あたりに並んでいた馬車って、あのお姉さんたちが乗ってきたのかな」
「そうかもしれないな。さすがに貴族は来ていないと思いたいが……お前たち兄妹はあまり関わるなよ。これ以上村に押しかけてくる人間は増やしたくない」
「ヘイン兄さんはともかく、なんで私まで一緒にするんだよ。兄さんも、ずっと変なことをブツブツ言っているんだ。鏡を見ろとか、ずっと男装していろとか!」
「あー……うん、そうだな。男装していた方がいいだろうな」
ナイローグまで、何か一人で納得している。
いくら幼馴染といっても、二人して同じ反応するなんてどうなんだ。
私がむくれていると、ナイローグはまだ肩上で切りそろえている髪を撫でて、軽く整えるように手櫛を入れた。
「一つだけ教えておくぞ。お前のこの銀髪は、はっきり言って極めて珍しいんだ。それだけで目の色を変えて寄ってくる奴らがいるから、気をつけておけよ」
「……これが、そんなに珍しいの?」
私は自分の髪をつまんだ。
ヘイン兄さんは、さらさらのくせのない金髪だ。
村ではナイローグのような黒髪が多いから、目立つことは目立つ。でも村に戻ってきた出稼ぎの人たちは、他の場所では金髪も珍しくないと言っていた。だから私の髪の色もそうなのだろうと思っていたのだけど、ナイローグの言葉が本当ならそうではないらしい。
「こんな地味な色が? すぐにふわふわと広がっちゃうのに?」
「今は短いからそうなるが、長くなったらたぶんもう少し落ち着くぞ。吟遊詩人風に言うなら、波打つ銀の川のように見えるだろうな」
私には似合わない褒め言葉だ。
それに、ナイローグの口ぶりがなんだか本当に吟遊詩人のようで、私は思わず笑ってしまった。
「ナイローグがそんなことを言うなんて、似合わないよ!」
「えっ、そうか? 俺だって、仕事ではこういう褒め言葉も使うんだけど」
「そんな仕事ってあるの? ナイローグって一体どういうお仕事をしているんだよ!」
「さあ、どんなだろうな」
ナイローグは煙に巻くように笑った。
村人と同じ少し古びた服に弓矢を背負った姿をしていると、ずっと村にいる人のようだ。でも腰には剣を帯びたままで、ナイローグが近い人のか遠くなってしまったのか、最近はよくわからなくなる。
こうして笑っていても、ナイローグの立ち姿にはどこにも隙がない。だからナイローグはとても強いのだろう。
強くて優しいナイローグは、まだまだ子供の私の何歩も前を進み続けている。
早く追いついて、すごいと言わせたい。
そんなことを考えていると、ふとナイローグの家の前にいたきれいな格好の女の人たちを思い出した。
きれいな服に、きれいな髪、きれいな仕草にきれいな肌。みんな長い髪を丁寧に結い上げていた。
収まりが悪くて冴えない銀色だけど、この色は珍しいらしい。
……だったら、私も髪を伸ばしてみようか。
母さんに何度言われても伸ばす気になれなかったのに、何と無くそう考えた。
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