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二章 十歳から始める基本の「き」
(9)ナイローグの土産
しおりを挟むその夜、我が家はナイローグの一家を招いて、肉料理を堪能した。
ナイローグの一家と言っても、彼はまだ独身だ。だからナイローグの両親と、弟妹たち五人、それに一番上の弟の彼女さん。合計九人の来客だったけれど、鹿肉も兎肉も、全員に行き渡ってもまだ十分に余裕があった。
久しぶりのご馳走だ。
食卓を囲む中で最年少の私は、年上の幼馴染たちに負けないよう、物も言わずに食べることに専念していた。
でも、屋外にテーブルを出しての食事とはいえ、母さんの目が光っている。ナイローグの歓迎会だからと母さんに言われ、私はいつもより少し大人びた長めのスカート姿だった。
汚したら絶対に叱られるから、食事に一層集中している。
その様子が、女の子としては嘆かわしいと、母さんはさっきからナイローグに話していた。
もちろん生け贄がせっかくいるのだから、今は何を言われていても無視するに限る。
目の前の肉に全力で集中する!
そうやって食べ続けているうちに、母さんの話し相手はナイローグの弟の彼女さんに移っていた。
どうやら彼女さんは母さんに憧れていたらしくて、長くなった愚痴にやや意識が飛び気味だったナイローグの代わりに、嬉々として割って入っていた。
変わった趣味だけど、私にとっては新たな救世主だ。ありがたい。
「まあ、母さんは黙っていたら美人だもんな」
離れたところに隠れるように座った私は、こっそりとつぶやいた。
その独り言が聞こえたのか、ようやく解放されたナイローグが振り返った。
目が合うと、ナイローグは軽く手を振ってきた。たぶん彼なら、赤ん坊と目があってもそうするのだろうなと思っていると、ナイローグはいったん家の中に入り、すぐに出てきて草の上に直接座っている私の横に座った。
「よく食べていたな」
「うん、早く大きくなって、大人になりたいからね」
「そんなに大人になりたいのか。妹たちは子供のままでいたいと言っているのに、珍しいな」
「早く大人になって、早く魔王になりたいんだ!」
「……まだ魔王なんて言っているのか? せっかく女の子に見えるようになったのに。まあ、俺はどんな格好でもおまえらしいから悪くないと思うが、おばさんはなぁ……どうしても許せないんだろうなぁ」
並んで座ったナイローグは、深々とため息をついた。
また母さんの愚痴に付き合わされたのは気の毒とは思うけれど、私はふんと鼻を鳴らした。
「ただの女の子なんかでは、ナイローグに勝てないじゃないか。ぼく……わたしはナイローグより強くなりたいんだよ」
「俺より強くなって、どうするんだ?」
「強くなって、ナイローグを平伏させるんだよ!」
ついに言ってやった。
私は胸を張りながらほくそ笑む。ちらりと目をやると、隣に座るナイローグは動きを止めているようだった。
「……おい、へイン。お前の妹は何を考えているんだよ」
「え? 何の話?」
一瞬絶句したナイローグは、ちょうど通りかかったへイン兄さんを睨んだ。
「おまえの妹はおかしいぞ」
「そうかな。シヴィルはいつも可愛いけど」
「俺を平伏させたいから、強くなりたいらしいぞ」
「……へぇ」
突然のことに、へイン兄さんは何のことかと目を瞬かせていたけれど、ナイローグの言葉に困ったように眉をひそめて首を振って見せた。
「この子が変に色気付くより、世の中を混乱させないからいい。……そう思うことにしているよ」
「それはそうだが……いや、ましか? 違うだろう。余計にたちが悪いぞ」
「無意識に魅了して回るより、ずっとましだよ。兄としては安心だと思わないか?」
「安心……安心なぁ」
ナイローグは考え込むようにうなっている。
その間にヘイン兄さんは父さんに呼ばれて去って行ってしまった。たぶん酒を飲めとか、もっと持ってこいとか、そういう話だろう。
兄さんが二十歳となったように、ナイローグも同じくらいの年齢の立派な大人だ。
たぶん今夜も父さんに捕まって酒を飲まされるんだろう。そう思うと気の毒になる。そんな私の視線に気づいたのか、ナイローグは腕組みを解いて私の頭に手を乗せた。
「まあ、いろいろ考えているのは悪くない。大人になって行くのは嬉しいぞ。そのスカート姿もよく似合っているよ」
「……うん、ありがとう」
「そうふくれるな。ほら、土産だ」
ナイローグは私の膝の上に、布に包んだものを置いてくれた。
どうやらこれを取りに家に入ったらしい。膝にちょうど乗るくらいの大きさで、でもわりと重い。
「これは何?」
「待て。エイヴィーおばさんの前では開けるな。今はこっそり覗き込むだけにしろ」
私が開けようとすると、ナイローグは少し慌てて止めた。
変なことを言うなぁと思いながら、言われたとおりに袋の口からそっとのぞき込む。中身は分厚い本だった。
「すごい! 何の本?」
「魔法だ」
ナイローグはさらりと、でも声を顰めてささやいた。
あまりにもさりげなかったから、私も普通に、ふぅん、とうなずきそうになった。
でも、すぐに気付いた。
……今、魔法と言った?
魔法?
魔法の本!
そんなもの、そう簡単に手に入るものではない。
ちらっと話に聞くだけでもものすごく高価らしいし、魔法使いたちは師から弟子への口伝が一般的だから、魔法の本そのものが希少らしいのだ。
でもナイローグはにっこり笑い、私の頭をなでた。
「都の知り合いが昔使っていたものだ。古いものだし少し傷んでいるが、基本的な魔法はそれを見ればわかるようになると言っていたぞ。お前の話をしたら、快く譲ってくれたよ」
「でも……高いものなんじゃないの?」
「金持ちの知り合いだから気にするな。それにそれはタダでもらったんだ。魔力持ちを野放しにする方が怖いと言ってたぞ」
「ふぅん? よくわからないけど、ありがとう! これで魔王に一歩近付けるよ!」
「……だから魔王なんかに近付くな。魔力が強い存在は本当に少ないんだ。どこに行っても優遇されるから、わざわざおまえの嫌いな悪人になる必要はないんだよ」
「そうなの?」
……魔力が売りの職業って、魔王だけではなかったのか。
もっと話を聞きたかったけれど、母さんの視線を感じとって慌てて魔法書の入った袋を背中に隠す。ナイローグが言ったように、母さんには知られない方が良さそうだ。
これをいつ読もうか、どこに隠しておこうかと考えているうちに、ナイローグは彼の妹たちに呼ばれて連れて行かれてしまった。
結局、お土産にもらった本については、話はそれきりになってしまった。
ナイローグは村に戻っても忙しい。あちらこちらに呼ばれ、家の屋根の修理をし、集まっていたお姉様方を丁重に追い返し、と忙しく動き回っているうちに都に戻る日になって、私はゆっくり彼と話せなかった。
いつものことだ。
それでも私は、都へ戻っていくナイローグを見送るのは嫌いだ。改めてそう強く思った。
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