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四章 十三歳の旅立ち
(23)懐くとかじゃない気がする
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通常「魔獣」と言うと、動物的な外見の魔界由来生物のことを言う。
村の近くでよく見た黒狼のように、普通の動物そっくりの時もあるし、牛っぽくて蛇っぽいというように自然界ではあり得ない形状の魔獣もいる。知能も、普通の動物程度から人語を解するものまで多彩だ。
でもどの魔獣も、一般人が親しく言葉を交わす相手ではない。
魔界由来生物たちは、基本的に人間は嫌いらしい。害意を抱くものが多いから、かよわき人間はあまりお近づきにならない方がいい。
ヘイン兄さんはそう教えてくれたから、私もそれなりに緊張していた。
なのに……対面した魔獣たちはなぜかとても友好的だった。
ほとんど馬なのに顔立ちと色が蛙っぽい魔獣は、派手に寝転がってふかふかの腹を見せた。
鳥っぽくて長毛種の猫っぽい魔獣は、私が持つホウキに鼻先をすり寄せた。
巨大な虎の姿の魔獣は、長く鋭い牙を見せながら、グルグルと喉を鳴らして耳をペタリと伏せた。
魔獣の常識なんて知るはずもない私でも、これは敵意の表れではないと思う。友好的ですらない。どちらかと言えば、ベタベタの服従だ。
こんな反応は、父さんを前にした猟犬たちくらいしか見たことがない。さすがの私も驚くしかない。……えっと、なぜこんなことになっているのかな?
「ほほう、いきなり懐かれたか」
「……いや、懐くとかじゃない気がするんですけど……」
「ん? 何か言ったか?」
「あ、いえ、なんでもありません!」
スラグさんにはごまかしたけれど、やっぱり違和感がある。魔獣たちは何かにおびえていて、私への服従はそのついでとしか思えない。
厳重な結界の内部にある飼育室なのに、なぜか魔獣たちが一方向だけを気にしているのも怪しい。
結界に異常がある感じはないし、外で魔獣の気を引くような異変がある感じもない。つい首を傾げていた私は、ふと思い出した。
魔獣たちが気にしている方向には、木があった。
結界と建物の壁と、さらに何重にもある結界の向こうに、木々が繁る林がある。私がこの飼育場に入る時まで、その辺りにはカラスがいた。ここに来るきっかけとなった、村から付いてきたカラスだ。
魔獣は、実はカラスが嫌いなのだろうか。あるいは逆に、食事的な意味で大好物で目がないとか?
でも、そういう話は聞いたことがない。そんな面白い特性があるのなら、へイン兄さんが絶対教えてくれたはず。そうだ、もしかしたら、この辺りの魔獣独特の特性かもしれない。よくわからないけどそういうこともあるかもしれない。うん、きっとそうなのだ。……そういう事にしておこう!
内心では困惑しつつ、無理矢理に納得した一方で。
雇い主であるスラグさんは、とても機嫌が良かった。メリアンさんも私が魔獣の柵のすぐ近くの掃除をしている様子をじっと見ていたけれど、文句を言ったりはしなかった。スラグさんは明日から頼むと言ってくれたし、働けるのは間違いないようだ。
紹介者もいないのに働き口が出来て、結界の勉強もできて、魔獣を扱うということなら都の魔法使いともお近づきになれるかもしれない。少々仕事はきつそうだけれど、私は浮かれて気にしなかった。
◇
働き始めて最初の数週間。
朝から働く私は、夜にはへとへとになってしまった。農家育ちの野生児の癖に、実に情けない。と言うか、スラグさんは人使いがとても荒い。人手が足りないからたぶん仕方がないとは思うけれど、あれもこれもと、気がつくと色々な仕事を任されていた。
でも仕事に慣れるまで肉体的にへとへとになったものの、全体としては思っていたよりはきつくはなかった。春の飢えたヒグマより少し気を使うだけで良かったからだろう。作業量自体も農繁期よりは楽だ。だから手順を覚えていくと何とかなるようになった。
それに、お手当が予想していた以上に素晴らしい。
危険手当込みだとしても、この高額手当。それに、制限なしの食事付きだ。しかも、住み込みなので家賃も不要。
素晴らしい。最高だ。
ここに来るきっかけを作ってくれたカラス様、ありがとう!
……でも、気になることはある。
私が年齢をごまかしていることは、周囲の人たちは知っている。知っていて何も言わない。そこまではいい。でも私は、性別まで偽っているのだ。騙すつもりはないけれど、勝手に誤解しているからそのままにしている。
いずれはばれてしまうだろう。でもその時に、性別詐称なんて気にならないくらいに飼育場で必要な人材になっていればいい。
そう思っていたのに。
なぜか、全くばれないのだ。
長身迫力美女であるメリアンさんはよく私を見ているから、もしかして勘付かれたのかと思ったのに、そういう話は全くない。その上、私の前ではとても女の子っぽく見える。
同性相手なら、こうはなるまい。
だってメリアンさんが私を見る目は、私に恋しているのではないかと勘違いしたくなるほど異性を見る目だから。
これは、同性の目から見ても少年に見えるということなのだろう。
……これって、喜んでいいこと?
私はもう十三歳。詐称している十六歳ほどではないけれど、ほぼ大人だ。故郷の村では、この年齢で結婚相手を決めている女の子もいる。周囲もそういう目で見始める年齢だ。それを考えると、少々……いやかなり複雑だ。
でも、たぶん……悪目立ちするよりはまし、なのではないかな。
へイン兄さんの口癖を思い出して微妙な気分になったけれど、私は男装を貫くことにした。
村の近くでよく見た黒狼のように、普通の動物そっくりの時もあるし、牛っぽくて蛇っぽいというように自然界ではあり得ない形状の魔獣もいる。知能も、普通の動物程度から人語を解するものまで多彩だ。
でもどの魔獣も、一般人が親しく言葉を交わす相手ではない。
魔界由来生物たちは、基本的に人間は嫌いらしい。害意を抱くものが多いから、かよわき人間はあまりお近づきにならない方がいい。
ヘイン兄さんはそう教えてくれたから、私もそれなりに緊張していた。
なのに……対面した魔獣たちはなぜかとても友好的だった。
ほとんど馬なのに顔立ちと色が蛙っぽい魔獣は、派手に寝転がってふかふかの腹を見せた。
鳥っぽくて長毛種の猫っぽい魔獣は、私が持つホウキに鼻先をすり寄せた。
巨大な虎の姿の魔獣は、長く鋭い牙を見せながら、グルグルと喉を鳴らして耳をペタリと伏せた。
魔獣の常識なんて知るはずもない私でも、これは敵意の表れではないと思う。友好的ですらない。どちらかと言えば、ベタベタの服従だ。
こんな反応は、父さんを前にした猟犬たちくらいしか見たことがない。さすがの私も驚くしかない。……えっと、なぜこんなことになっているのかな?
「ほほう、いきなり懐かれたか」
「……いや、懐くとかじゃない気がするんですけど……」
「ん? 何か言ったか?」
「あ、いえ、なんでもありません!」
スラグさんにはごまかしたけれど、やっぱり違和感がある。魔獣たちは何かにおびえていて、私への服従はそのついでとしか思えない。
厳重な結界の内部にある飼育室なのに、なぜか魔獣たちが一方向だけを気にしているのも怪しい。
結界に異常がある感じはないし、外で魔獣の気を引くような異変がある感じもない。つい首を傾げていた私は、ふと思い出した。
魔獣たちが気にしている方向には、木があった。
結界と建物の壁と、さらに何重にもある結界の向こうに、木々が繁る林がある。私がこの飼育場に入る時まで、その辺りにはカラスがいた。ここに来るきっかけとなった、村から付いてきたカラスだ。
魔獣は、実はカラスが嫌いなのだろうか。あるいは逆に、食事的な意味で大好物で目がないとか?
でも、そういう話は聞いたことがない。そんな面白い特性があるのなら、へイン兄さんが絶対教えてくれたはず。そうだ、もしかしたら、この辺りの魔獣独特の特性かもしれない。よくわからないけどそういうこともあるかもしれない。うん、きっとそうなのだ。……そういう事にしておこう!
内心では困惑しつつ、無理矢理に納得した一方で。
雇い主であるスラグさんは、とても機嫌が良かった。メリアンさんも私が魔獣の柵のすぐ近くの掃除をしている様子をじっと見ていたけれど、文句を言ったりはしなかった。スラグさんは明日から頼むと言ってくれたし、働けるのは間違いないようだ。
紹介者もいないのに働き口が出来て、結界の勉強もできて、魔獣を扱うということなら都の魔法使いともお近づきになれるかもしれない。少々仕事はきつそうだけれど、私は浮かれて気にしなかった。
◇
働き始めて最初の数週間。
朝から働く私は、夜にはへとへとになってしまった。農家育ちの野生児の癖に、実に情けない。と言うか、スラグさんは人使いがとても荒い。人手が足りないからたぶん仕方がないとは思うけれど、あれもこれもと、気がつくと色々な仕事を任されていた。
でも仕事に慣れるまで肉体的にへとへとになったものの、全体としては思っていたよりはきつくはなかった。春の飢えたヒグマより少し気を使うだけで良かったからだろう。作業量自体も農繁期よりは楽だ。だから手順を覚えていくと何とかなるようになった。
それに、お手当が予想していた以上に素晴らしい。
危険手当込みだとしても、この高額手当。それに、制限なしの食事付きだ。しかも、住み込みなので家賃も不要。
素晴らしい。最高だ。
ここに来るきっかけを作ってくれたカラス様、ありがとう!
……でも、気になることはある。
私が年齢をごまかしていることは、周囲の人たちは知っている。知っていて何も言わない。そこまではいい。でも私は、性別まで偽っているのだ。騙すつもりはないけれど、勝手に誤解しているからそのままにしている。
いずれはばれてしまうだろう。でもその時に、性別詐称なんて気にならないくらいに飼育場で必要な人材になっていればいい。
そう思っていたのに。
なぜか、全くばれないのだ。
長身迫力美女であるメリアンさんはよく私を見ているから、もしかして勘付かれたのかと思ったのに、そういう話は全くない。その上、私の前ではとても女の子っぽく見える。
同性相手なら、こうはなるまい。
だってメリアンさんが私を見る目は、私に恋しているのではないかと勘違いしたくなるほど異性を見る目だから。
これは、同性の目から見ても少年に見えるということなのだろう。
……これって、喜んでいいこと?
私はもう十三歳。詐称している十六歳ほどではないけれど、ほぼ大人だ。故郷の村では、この年齢で結婚相手を決めている女の子もいる。周囲もそういう目で見始める年齢だ。それを考えると、少々……いやかなり複雑だ。
でも、たぶん……悪目立ちするよりはまし、なのではないかな。
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