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幕間 友人一家の騒動に巻き込まれた男
(26)休暇は短い
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「……わかった。都の近辺を探っておく。あまり言いたくないが、都はこの村ほど治安はよくないんだ。本気で探すぞ」
諦念に沈みながら、ナイローグはため息をついた。
そんな親友を見ていたヘインは、風に乱れる金髪をなでつけ、姿勢を正して向き直った。
「たぶん、そのあたりは心配しなくていいと思うよ」
「なぜだ?」
「実はね、あのカラスがシヴィルについて行ったようなんだよ。だから、シヴィルがぼーっとしていても危険はないと思うよ」
ナイローグは目を細め、ヘインの顔を見つめた。
冗談を言っている顔ではない。内容も冗談にできる話ではない。
ヘインの言うカラスと言えば、思い当たる存在は一つだけだ。そしてその存在は、普通の人間がなんとかできる範囲を超えている。ナイローグだってできることなら関わりたくない。
「カラスって……あの魔物か? まだ普通のカラスの振りをしているのか?」
「芸達者な魔物だよね」
「芸達者ってお前……まあ、あのカラスは確かにシヴィルを気に入っていたな。だが、まさかとは思うが、黒狼までついていったりはしていないだろうな?」
「私には魔力はないからわからない。ただ母さんは平気な顔をしているから、黒狼は村の近くにいると思うよ。もともと、あのカラスは気まぐれで村周辺にいただけだし、お気に入りを壊されるのは嫌うから、シヴィルが本当に危なくなれば確実に守ってくれるさ」
「いくらシヴィルを守ってくれると言っても、勘弁してほしいぞ。……あんな高位の魔物がうろうろしていたら、俺の仕事が増えるじゃないか」
魔獣でも大変なのに、魔獣より知能が高く、圧倒的な魔力を持つ魔物など、気軽に都の近辺をうろついて欲しくはない。相手に害意がなくても、魔物がいると知られれば大騒動になる。
もはやため息しかでない。
なのに、頭を抱えるナイローグの前で、ヘインは涼しげな顔のままだ。
妹が家出したとか、魔物がついて行ったとか、そういうことの重大性を本当に理解しているのかと肩を押さえて詰問したくなる。
たぶん、理解はしているのだ。それはわかっている。わかっているが……。
「……お前、本当にあのご両親の子だな。常識を期待した俺が馬鹿だった」
ナイローグは黒髪をがしがしとかき乱した。
その間だけ、どちらかと言えば粗野な雰囲気が漂う。
しかし乱れた髪を両手でなでつけ直すと、元通りの目つきの鋭い端正な青年に戻った。
ヘインはナイローグから手拭いの布を受け取り、家を振り返る。その目が向いた窓からは、大男が落ち着きなく歩き回っているのが見えた。
「まあ、そういうことだから、シヴィルを見かけたら適当に捕まえて欲しいんだ。母さんはともかく、父さんがそろそろ限界みたいだからね。……今日はとりあえず、父さんの愚痴を聞いてやってほしい」
「シヴィルを探すのはいい。しかし親父さんの件は勘弁してくれ」
「これもお前にしかできないよ。父さんがじゃれついて壊れずにすむ人材は貴重なんだよ」
「……わかった。トゥアムおじさんの愚痴は聞くから、必ず助けてくれ」
ナイローグは諦め切ったように空を見上げた。
少し霞んだ青い空に、白くて細い雲が無数に流れている。
子供の頃、ヘインと一緒に悪ノリの過ぎたいたずらをやると、決まってトゥアムに叱られていた。生粋の農夫の父親に殴られるのと、力の加減をしてくれる代わりにエイヴィーの長すぎる説教がもれなくついてくる拳骨と、どちらがましだったかわからない。当時もどちらに叱られに行くかを悩んだものだ。
その頃も、トゥアムに叱られる直前はこうやって空を見上げていたことを思い出す。あの頃は諦めきれずに、どこかに逃げられないかと考えていた。
しかし今は、諦念しかない。
この休暇は短い。復路の日程を考えれば、明日にはもう帰路に立たねばならない。
だから無駄な時間はほとんどない。素手ならば死ぬことはないだろう。うまく体を使えば骨を損ねることもあるまい。ただ……意識くらいは飛ぶかもしれない。
幼馴染を信頼すること以外の道はない。そう覚悟したが、空を見上げているとため息が漏れていた。
ナイローグは、翌日の朝にはまた都へ戻っていくつもりだった。
へインもそのつもりだった。
しかし家の中に入った二人は、見通しが甘かったことを知る。
トゥアムがいるテーブルの横に、酒樽が転がっていたのだ。……つまり、今夜は飲み明かすことになる。もはや決定事項で、逃れる余地はないだろう。
呆然と酒樽を見る二人は、お互いがどんな顔をして立ちつくしているか、横を見るまでもなくわかってしまう。許されるのなら、くるりと後ろを向いて走り出たい衝動に駆られているだろう。
だがそれはだめだ。
すでに動揺しているトゥアムを、これ以上刺激してはいけない。捕まった時が面倒だ。
「なあ、ヘイン……さすがに徹夜で飲んだ直後に馬を走らせたくないぞ」
「あーうん、それは私もお勧めしないな」
「では、俺はここで逃げていいか? おまえ一人いれば何とかならないか?」
「無理だろうね。……ごめん、ナイローグ。街の魔法使いに、転移魔法で送ってもらえるように手紙を送っておくよ」
「そうしてあげなさい」
二人がこそこそと囁きあっている背後から、涼やかな声がした。
へインと同じ金髪の、年齢不詳の美女が微笑んでいた。
「エイヴィーおばさん」
「ナイローグ。あの人の気が済むように、たくさん付き合ってあげてね。私からも街にお手紙を書いておいたわ。もちろん、へインも一緒にきちんと付き合いなさい。でもあなたはお仕事の手を抜いてはだめですからね」
そう言って、すでに書き上げた手紙をヘインに渡す。
その文面にざっと目を通したヘインは、サラサラの金髪に乱暴に指を入れてため息をついた。
「ナイローグ。街から都まで直接転移させるから、耐えてくれるか?」
「……俺があの人の言葉に逆らえるわけがないだろう。耐えるしかない」
へインとナイローグは顔を見合わせ、憂鬱そうにため息をついた。
諦念に沈みながら、ナイローグはため息をついた。
そんな親友を見ていたヘインは、風に乱れる金髪をなでつけ、姿勢を正して向き直った。
「たぶん、そのあたりは心配しなくていいと思うよ」
「なぜだ?」
「実はね、あのカラスがシヴィルについて行ったようなんだよ。だから、シヴィルがぼーっとしていても危険はないと思うよ」
ナイローグは目を細め、ヘインの顔を見つめた。
冗談を言っている顔ではない。内容も冗談にできる話ではない。
ヘインの言うカラスと言えば、思い当たる存在は一つだけだ。そしてその存在は、普通の人間がなんとかできる範囲を超えている。ナイローグだってできることなら関わりたくない。
「カラスって……あの魔物か? まだ普通のカラスの振りをしているのか?」
「芸達者な魔物だよね」
「芸達者ってお前……まあ、あのカラスは確かにシヴィルを気に入っていたな。だが、まさかとは思うが、黒狼までついていったりはしていないだろうな?」
「私には魔力はないからわからない。ただ母さんは平気な顔をしているから、黒狼は村の近くにいると思うよ。もともと、あのカラスは気まぐれで村周辺にいただけだし、お気に入りを壊されるのは嫌うから、シヴィルが本当に危なくなれば確実に守ってくれるさ」
「いくらシヴィルを守ってくれると言っても、勘弁してほしいぞ。……あんな高位の魔物がうろうろしていたら、俺の仕事が増えるじゃないか」
魔獣でも大変なのに、魔獣より知能が高く、圧倒的な魔力を持つ魔物など、気軽に都の近辺をうろついて欲しくはない。相手に害意がなくても、魔物がいると知られれば大騒動になる。
もはやため息しかでない。
なのに、頭を抱えるナイローグの前で、ヘインは涼しげな顔のままだ。
妹が家出したとか、魔物がついて行ったとか、そういうことの重大性を本当に理解しているのかと肩を押さえて詰問したくなる。
たぶん、理解はしているのだ。それはわかっている。わかっているが……。
「……お前、本当にあのご両親の子だな。常識を期待した俺が馬鹿だった」
ナイローグは黒髪をがしがしとかき乱した。
その間だけ、どちらかと言えば粗野な雰囲気が漂う。
しかし乱れた髪を両手でなでつけ直すと、元通りの目つきの鋭い端正な青年に戻った。
ヘインはナイローグから手拭いの布を受け取り、家を振り返る。その目が向いた窓からは、大男が落ち着きなく歩き回っているのが見えた。
「まあ、そういうことだから、シヴィルを見かけたら適当に捕まえて欲しいんだ。母さんはともかく、父さんがそろそろ限界みたいだからね。……今日はとりあえず、父さんの愚痴を聞いてやってほしい」
「シヴィルを探すのはいい。しかし親父さんの件は勘弁してくれ」
「これもお前にしかできないよ。父さんがじゃれついて壊れずにすむ人材は貴重なんだよ」
「……わかった。トゥアムおじさんの愚痴は聞くから、必ず助けてくれ」
ナイローグは諦め切ったように空を見上げた。
少し霞んだ青い空に、白くて細い雲が無数に流れている。
子供の頃、ヘインと一緒に悪ノリの過ぎたいたずらをやると、決まってトゥアムに叱られていた。生粋の農夫の父親に殴られるのと、力の加減をしてくれる代わりにエイヴィーの長すぎる説教がもれなくついてくる拳骨と、どちらがましだったかわからない。当時もどちらに叱られに行くかを悩んだものだ。
その頃も、トゥアムに叱られる直前はこうやって空を見上げていたことを思い出す。あの頃は諦めきれずに、どこかに逃げられないかと考えていた。
しかし今は、諦念しかない。
この休暇は短い。復路の日程を考えれば、明日にはもう帰路に立たねばならない。
だから無駄な時間はほとんどない。素手ならば死ぬことはないだろう。うまく体を使えば骨を損ねることもあるまい。ただ……意識くらいは飛ぶかもしれない。
幼馴染を信頼すること以外の道はない。そう覚悟したが、空を見上げているとため息が漏れていた。
ナイローグは、翌日の朝にはまた都へ戻っていくつもりだった。
へインもそのつもりだった。
しかし家の中に入った二人は、見通しが甘かったことを知る。
トゥアムがいるテーブルの横に、酒樽が転がっていたのだ。……つまり、今夜は飲み明かすことになる。もはや決定事項で、逃れる余地はないだろう。
呆然と酒樽を見る二人は、お互いがどんな顔をして立ちつくしているか、横を見るまでもなくわかってしまう。許されるのなら、くるりと後ろを向いて走り出たい衝動に駆られているだろう。
だがそれはだめだ。
すでに動揺しているトゥアムを、これ以上刺激してはいけない。捕まった時が面倒だ。
「なあ、ヘイン……さすがに徹夜で飲んだ直後に馬を走らせたくないぞ」
「あーうん、それは私もお勧めしないな」
「では、俺はここで逃げていいか? おまえ一人いれば何とかならないか?」
「無理だろうね。……ごめん、ナイローグ。街の魔法使いに、転移魔法で送ってもらえるように手紙を送っておくよ」
「そうしてあげなさい」
二人がこそこそと囁きあっている背後から、涼やかな声がした。
へインと同じ金髪の、年齢不詳の美女が微笑んでいた。
「エイヴィーおばさん」
「ナイローグ。あの人の気が済むように、たくさん付き合ってあげてね。私からも街にお手紙を書いておいたわ。もちろん、へインも一緒にきちんと付き合いなさい。でもあなたはお仕事の手を抜いてはだめですからね」
そう言って、すでに書き上げた手紙をヘインに渡す。
その文面にざっと目を通したヘインは、サラサラの金髪に乱暴に指を入れてため息をついた。
「ナイローグ。街から都まで直接転移させるから、耐えてくれるか?」
「……俺があの人の言葉に逆らえるわけがないだろう。耐えるしかない」
へインとナイローグは顔を見合わせ、憂鬱そうにため息をついた。
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