35 / 63
六章 十五歳は大切な年
(34)お兄様
しおりを挟む
この辺り特有の湿った風が、彼のサラサラの金髪を吹き乱した。その一画だけが別次元になったかのように浮いて見えるのは、周囲が身を乗り出して見入るほどの美貌のせいだろう。乙女が夢見る理想の王子様のようだ。
表情が禍々しければ、百年ぶりの魔族降臨かと大騒ぎになったかもしれない。そんなありえないことを考えさせるほどの美しい姿だけれど、私にとっては見慣れた懐かしいものだった。
「……あ……」
ヘイン兄さんだ。
二年ぶりに見た兄さんは、相変わらずあきれるほどきれいな顔をしていた。穏やかそうな雰囲気もそのままだ。
でも……私だったら、あんな微笑みを浮かべている兄さんとは喧嘩をしようとは思わない。きれいすぎる微笑みだ。母さんそっくりすぎて、背筋が寒くなった。
「へぇ、こいつはあんたの家族なのか」
「お育ちの良さそうな兄ちゃんだな。あんたが代わりに投資をしてくれるのか?」
スッキリした身のこなしも、簡素だけれど上質の衣服も、男たちにはお金に直結して見えるらしい。
それに、細く見える体型とか整った顔とかを見て完全に侮っている。
ヘイン兄さんのことを知らない人によくある反応だ。……あんな体の動かし方をする人が、素人な訳がないのに。それにどうして、兄さんの腰に剣があることを見逃しているのだろう。
相変わらず物騒さの欠片もないヘイン兄さんは、にっこりと笑った。
「そこにいるのは、私の大切な家族なんだ。そんな近くで囲んだら怖がるだろう? 離れてくれるかな」
「はっ。お上品なことで」
「俺たちは別に怖がらせようなんてしていないぜ?」
男たちは笑っている。
でも、私は顔を引きつらせた。
微笑むヘイン兄さんは、一動作で剣を抜いていた。そして抜剣の気配を感じさせまま、手近な男へと振るった。
兄さんの動きは見えているはずだ。でも全く気づいていないその男は、突然髪が切られ、喉を覆っていた高い襟がすっぱりと切り裂かれてようやく異変に気付いた。それが何を意味しているかを悟る前に、ヘイン兄さんは次の男に剣を振るっていた。
「ちょ、ちょっと、兄さん! あんまり大きな騒ぎは起こしてほしくないんだけど!」
「うーん、もう少しかわいい言い方をして欲しいな」
「え? え、えーっと……」
「そうだな、思わずぐっとくるような可愛い言い方がいいな」
「え、えええ? えっと、えっと、もう大丈夫だから剣を収めてください、お兄様!」
慌てすぎて、お兄様などと言ってしまった。
でも、へイン兄さんの好みだったらしい。にっこり笑い、私の肩を押さえていた男を殴り飛ばしてから剣を鞘に収めてくれた。
道に倒れているのは、三人。
他の男たちは、いつの間にか切れている髪とか服とかを見て呆然としている。殴ったのは剣の腹だったらしい。肌を切り裂いた後はない。
よかった。
兄さんが剣を抜くのを見た時は、周囲に血の海ができるかと思ってしまった。そのくらい、笑顔の兄さんの目は怖かった。
「悪いけど、この子は大切な子なんだ。連れて行くよ」
兄さんは穏やかな微笑みのまま、私の背を押して歩き出す。ようやく事態を把握した男たちは、血の気の失せた顔で震え上がり、これ以上私たちに関わらずにいてくれた。
よかった。彼らのために。
ほっと息を吐いた時、視線を感じて恐る恐る目を上げた。
兄さんが私を見ていた。
「あの……ありがとう兄さん。助かったよ。たぶん、一応」
「ごめんね、シヴィル。おまえ一人でも何とかなるとは思ったんだけどね、久しぶりに会えたのが嬉しくて、つい割り込んでしまったよ」
「……うん、まあ、平和的に終わったからよかった」
私は半分口の中でつぶやいた。
兄さんは私の歩調に合わせてゆっくり歩きながら、私に目を落とし、まじまじと格好を見ていった。
「本当に久しぶりだね。とても元気そうだし、充実しているようだけれど……女の子には見えないね」
「男に見えるようにしているんだよ。兄さんもいつも言っていたじゃないか。男装していろって」
「うーん、それはそうなんだけど、ここまでハマっていると、さすがにね。……母さんにはとても見せられないかな」
私は無言で目を逸らした。
一年近くずっと一緒に行動していた人でも、私を少年と信じて疑わなかった、なんて話していいのだろうか。
たぶん兄さんは笑ってくれるだろう。でも、その話が母さんにまで伝わってしまってはまずいような気が……。
「相変わらず、わかりやすい子だ。腹芸なんて絶対に無理だね」
そっと目を戻すと、ヘイン兄さんは苦笑しながら私の頭を撫でた。
「母さんには言わないよ。それに、もうナイローグからだいたいの話は聞いている。……それより食事にしようか」
私のことをよく理解している兄さんは、歩幅を戻して店に入って行く。私も駆け足で続いた。
表情が禍々しければ、百年ぶりの魔族降臨かと大騒ぎになったかもしれない。そんなありえないことを考えさせるほどの美しい姿だけれど、私にとっては見慣れた懐かしいものだった。
「……あ……」
ヘイン兄さんだ。
二年ぶりに見た兄さんは、相変わらずあきれるほどきれいな顔をしていた。穏やかそうな雰囲気もそのままだ。
でも……私だったら、あんな微笑みを浮かべている兄さんとは喧嘩をしようとは思わない。きれいすぎる微笑みだ。母さんそっくりすぎて、背筋が寒くなった。
「へぇ、こいつはあんたの家族なのか」
「お育ちの良さそうな兄ちゃんだな。あんたが代わりに投資をしてくれるのか?」
スッキリした身のこなしも、簡素だけれど上質の衣服も、男たちにはお金に直結して見えるらしい。
それに、細く見える体型とか整った顔とかを見て完全に侮っている。
ヘイン兄さんのことを知らない人によくある反応だ。……あんな体の動かし方をする人が、素人な訳がないのに。それにどうして、兄さんの腰に剣があることを見逃しているのだろう。
相変わらず物騒さの欠片もないヘイン兄さんは、にっこりと笑った。
「そこにいるのは、私の大切な家族なんだ。そんな近くで囲んだら怖がるだろう? 離れてくれるかな」
「はっ。お上品なことで」
「俺たちは別に怖がらせようなんてしていないぜ?」
男たちは笑っている。
でも、私は顔を引きつらせた。
微笑むヘイン兄さんは、一動作で剣を抜いていた。そして抜剣の気配を感じさせまま、手近な男へと振るった。
兄さんの動きは見えているはずだ。でも全く気づいていないその男は、突然髪が切られ、喉を覆っていた高い襟がすっぱりと切り裂かれてようやく異変に気付いた。それが何を意味しているかを悟る前に、ヘイン兄さんは次の男に剣を振るっていた。
「ちょ、ちょっと、兄さん! あんまり大きな騒ぎは起こしてほしくないんだけど!」
「うーん、もう少しかわいい言い方をして欲しいな」
「え? え、えーっと……」
「そうだな、思わずぐっとくるような可愛い言い方がいいな」
「え、えええ? えっと、えっと、もう大丈夫だから剣を収めてください、お兄様!」
慌てすぎて、お兄様などと言ってしまった。
でも、へイン兄さんの好みだったらしい。にっこり笑い、私の肩を押さえていた男を殴り飛ばしてから剣を鞘に収めてくれた。
道に倒れているのは、三人。
他の男たちは、いつの間にか切れている髪とか服とかを見て呆然としている。殴ったのは剣の腹だったらしい。肌を切り裂いた後はない。
よかった。
兄さんが剣を抜くのを見た時は、周囲に血の海ができるかと思ってしまった。そのくらい、笑顔の兄さんの目は怖かった。
「悪いけど、この子は大切な子なんだ。連れて行くよ」
兄さんは穏やかな微笑みのまま、私の背を押して歩き出す。ようやく事態を把握した男たちは、血の気の失せた顔で震え上がり、これ以上私たちに関わらずにいてくれた。
よかった。彼らのために。
ほっと息を吐いた時、視線を感じて恐る恐る目を上げた。
兄さんが私を見ていた。
「あの……ありがとう兄さん。助かったよ。たぶん、一応」
「ごめんね、シヴィル。おまえ一人でも何とかなるとは思ったんだけどね、久しぶりに会えたのが嬉しくて、つい割り込んでしまったよ」
「……うん、まあ、平和的に終わったからよかった」
私は半分口の中でつぶやいた。
兄さんは私の歩調に合わせてゆっくり歩きながら、私に目を落とし、まじまじと格好を見ていった。
「本当に久しぶりだね。とても元気そうだし、充実しているようだけれど……女の子には見えないね」
「男に見えるようにしているんだよ。兄さんもいつも言っていたじゃないか。男装していろって」
「うーん、それはそうなんだけど、ここまでハマっていると、さすがにね。……母さんにはとても見せられないかな」
私は無言で目を逸らした。
一年近くずっと一緒に行動していた人でも、私を少年と信じて疑わなかった、なんて話していいのだろうか。
たぶん兄さんは笑ってくれるだろう。でも、その話が母さんにまで伝わってしまってはまずいような気が……。
「相変わらず、わかりやすい子だ。腹芸なんて絶対に無理だね」
そっと目を戻すと、ヘイン兄さんは苦笑しながら私の頭を撫でた。
「母さんには言わないよ。それに、もうナイローグからだいたいの話は聞いている。……それより食事にしようか」
私のことをよく理解している兄さんは、歩幅を戻して店に入って行く。私も駆け足で続いた。
5
あなたにおすすめの小説
私と母のサバイバル
だましだまし
ファンタジー
侯爵家の庶子だが唯一の直系の子として育てられた令嬢シェリー。
しかしある日、母と共に魔物が出る森に捨てられてしまった。
希望を諦めず森を進もう。
そう決意するシェリーに異変が起きた。
「私、別世界の前世があるみたい」
前世の知識を駆使し、二人は無事森を抜けられるのだろうか…?
夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い
青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。
神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。
もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。
生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。
過去世と同じ轍を踏みたくない……
もしかして私ってヒロイン?ざまぁなんてごめんです
もきち
ファンタジー
私は男に肩を抱かれ、真横で婚約破棄を言い渡す瞬間に立ち会っている。
この位置って…もしかして私ってヒロインの位置じゃない?え、やだやだ。だってこの場合のヒロインって最終的にはざまぁされるんでしょうぉぉぉぉぉ
知らない間にヒロインになっていたアリアナ・カビラ
しがない男爵の末娘だったアリアナがなぜ?
大根令嬢の雑学無双、王弟殿下を添えて。~ 前世を思い出したので、許婚をほったらかして人助けしまくります!!
古森真朝
恋愛
気弱な伯爵令嬢のカレンは、自分勝手な婚約者レナートに振り回されていた。耐え続けていたある日、舞踏会で何者かに突き飛ばされ、階段から落ちてしまう。
その傷が元で儚く……なるかと思いきや。衝撃で前世を思い出したカレンは一転、かの『ド根性大根』みたいな超・ポジティブ人間になっていた。
『モラハラ婚約者の思惑なんぞ知るか!! 今度こそ好きなことやって、目いっぱい幸せに長生きするんだから!!!』
昔ひたすら読書に耽って身に着けた『雑学』を武器に、うっかり採れ過ぎた作物や、開墾しようとすると不幸に見舞われる土地、不治の病にかかった王族、等々の問題をどんどん解決。
領地の内外で心強い友人が出来たり、いつの間にかものすごく有名になっていたり、何かと協力してくれる王弟ヴィクトルから好意を寄せられたり(注:気付いてない)する中、温かい家族と共に仕事に励んでいく。
一方、前世から因縁のある人々もまた、こちらに転生していて――
魔法使いとして頑張りますわ!
まるねこ
恋愛
母が亡くなってすぐに伯爵家へと来た愛人とその娘。
そこからは家族ごっこの毎日。
私が継ぐはずだった伯爵家。
花畑の住人の義妹が私の婚約者と仲良くなってしまったし、もういいよね?
これからは母方の方で養女となり、魔法使いとなるよう頑張っていきますわ。
2025年に改編しました。
いつも通り、ふんわり設定です。
ブックマークに入れて頂けると私のテンションが成層圏を超えて月まで行ける気がします。m(._.)m
Copyright©︎2020-まるねこ
悪役令嬢に転生したので、ゲームを無視して自由に生きる。私にしか使えない植物を操る魔法で、食べ物の心配は無いのでスローライフを満喫します。
向原 行人
ファンタジー
死にかけた拍子に前世の記憶が蘇り……どハマりしていた恋愛ゲーム『ときめきメイト』の世界に居ると気付く。
それだけならまだしも、私の名前がルーシーって、思いっきり悪役令嬢じゃない!
しかもルーシーは魔法学園卒業後に、誰とも結ばれる事なく、辺境に飛ばされて孤独な上に苦労する事が分かっている。
……あ、だったら、辺境に飛ばされた後、苦労せずに生きていけるスキルを学園に居る内に習得しておけば良いじゃない。
魔法学園で起こる恋愛イベントを全て無視して、生きていく為のスキルを習得して……と思ったら、いきなりゲームに無かった魔法が使えるようになってしまった。
木から木へと瞬間移動出来るようになったので、学園に通いながら、辺境に飛ばされた後のスローライフの練習をしていたんだけど……自由なスローライフが楽し過ぎるっ!
※第○話:主人公視点
挿話○:タイトルに書かれたキャラの視点
となります。
虚弱体質?の脇役令嬢に転生したので、食事療法を始めました
たくわん
恋愛
「跡継ぎを産めない貴女とは結婚できない」婚約者である公爵嫡男アレクシスから、冷酷に告げられた婚約破棄。その場で新しい婚約者まで紹介される屈辱。病弱な侯爵令嬢セラフィーナは、社交界の哀れみと嘲笑の的となった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる