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六章 十五歳は大切な年

(34)お兄様

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 この辺り特有の湿った風が、彼のサラサラの金髪を吹き乱した。その一画だけが別次元になったかのように浮いて見えるのは、周囲が身を乗り出して見入るほどの美貌のせいだろう。乙女が夢見る理想の王子様のようだ。
 表情が禍々しければ、百年ぶりの魔族降臨かと大騒ぎになったかもしれない。そんなありえないことを考えさせるほどの美しい姿だけれど、私にとっては見慣れた懐かしいものだった。

「……あ……」

 ヘイン兄さんだ。
 二年ぶりに見た兄さんは、相変わらずあきれるほどきれいな顔をしていた。穏やかそうな雰囲気もそのままだ。
 でも……私だったら、あんな微笑みを浮かべている兄さんとは喧嘩をしようとは思わない。きれいすぎる微笑みだ。母さんそっくりすぎて、背筋が寒くなった。

「へぇ、こいつはあんたの家族なのか」
「お育ちの良さそうな兄ちゃんだな。あんたが代わりに投資をしてくれるのか?」

 スッキリした身のこなしも、簡素だけれど上質の衣服も、男たちにはお金に直結して見えるらしい。
 それに、細く見える体型とか整った顔とかを見て完全に侮っている。
 ヘイン兄さんのことを知らない人によくある反応だ。……あんな体の動かし方をする人が、素人な訳がないのに。それにどうして、兄さんの腰に剣があることを見逃しているのだろう。
 相変わらず物騒さの欠片もないヘイン兄さんは、にっこりと笑った。

「そこにいるのは、私の大切な家族なんだ。そんな近くで囲んだら怖がるだろう? 離れてくれるかな」
「はっ。お上品なことで」
「俺たちは別に怖がらせようなんてしていないぜ?」

 男たちは笑っている。
 でも、私は顔を引きつらせた。
 微笑むヘイン兄さんは、一動作で剣を抜いていた。そして抜剣の気配を感じさせまま、手近な男へと振るった。
 兄さんの動きは見えているはずだ。でも全く気づいていないその男は、突然髪が切られ、喉を覆っていた高い襟がすっぱりと切り裂かれてようやく異変に気付いた。それが何を意味しているかを悟る前に、ヘイン兄さんは次の男に剣を振るっていた。

「ちょ、ちょっと、兄さん! あんまり大きな騒ぎは起こしてほしくないんだけど!」
「うーん、もう少しかわいい言い方をして欲しいな」
「え? え、えーっと……」
「そうだな、思わずぐっとくるような可愛い言い方がいいな」
「え、えええ? えっと、えっと、もう大丈夫だから剣を収めてください、お兄様!」

 慌てすぎて、お兄様などと言ってしまった。
 でも、へイン兄さんの好みだったらしい。にっこり笑い、私の肩を押さえていた男を殴り飛ばしてから剣を鞘に収めてくれた。
 道に倒れているのは、三人。
 他の男たちは、いつの間にか切れている髪とか服とかを見て呆然としている。殴ったのは剣の腹だったらしい。肌を切り裂いた後はない。
 よかった。
 兄さんが剣を抜くのを見た時は、周囲に血の海ができるかと思ってしまった。そのくらい、笑顔の兄さんの目は怖かった。
 

 
「悪いけど、この子は大切な子なんだ。連れて行くよ」

 兄さんは穏やかな微笑みのまま、私の背を押して歩き出す。ようやく事態を把握した男たちは、血の気の失せた顔で震え上がり、これ以上私たちに関わらずにいてくれた。
 よかった。彼らのために。
 ほっと息を吐いた時、視線を感じて恐る恐る目を上げた。
 兄さんが私を見ていた。

「あの……ありがとう兄さん。助かったよ。たぶん、一応」
「ごめんね、シヴィル。おまえ一人でも何とかなるとは思ったんだけどね、久しぶりに会えたのが嬉しくて、つい割り込んでしまったよ」
「……うん、まあ、平和的に終わったからよかった」

 私は半分口の中でつぶやいた。
 兄さんは私の歩調に合わせてゆっくり歩きながら、私に目を落とし、まじまじと格好を見ていった。

「本当に久しぶりだね。とても元気そうだし、充実しているようだけれど……女の子には見えないね」
「男に見えるようにしているんだよ。兄さんもいつも言っていたじゃないか。男装していろって」
「うーん、それはそうなんだけど、ここまでハマっていると、さすがにね。……母さんにはとても見せられないかな」

 私は無言で目を逸らした。
 一年近くずっと一緒に行動していた人でも、私を少年と信じて疑わなかった、なんて話していいのだろうか。
 たぶん兄さんは笑ってくれるだろう。でも、その話が母さんにまで伝わってしまってはまずいような気が……。

「相変わらず、わかりやすい子だ。腹芸なんて絶対に無理だね」

 そっと目を戻すと、ヘイン兄さんは苦笑しながら私の頭を撫でた。

「母さんには言わないよ。それに、もうナイローグからだいたいの話は聞いている。……それより食事にしようか」

 私のことをよく理解している兄さんは、歩幅を戻して店に入って行く。私も駆け足で続いた。


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