無自覚少女は夢をあきらめない 〜鏡を見ろ? 何を言われても魔王を目指して頑張ります!〜

ナナカ

文字の大きさ
37 / 63
六章 十五歳は大切な年

(36)何をするんだよ!

しおりを挟む

 その時、突然ヘイン兄さんが立ち上がった。
 スラリと背の高いきれいな男が、さらさら金髪をふわりと揺らして立ち上がるのだ。注目するなという方が無理だ。店内が瞬時に静まり返ってしまった。
 空になった皿を未練がましく見ていた私は、いったいどうしたのかと見上げる。ヘイン兄さんは手早く代金をテーブルに並べ、私の手を引いてあっという間に店の外に出てしまった。

「兄さん、どうしたの? 何かあった?」
「何もないうちに先に手を打たねばならないんだよ。いくらナイローグでも許せないことはある。あいつが乗るのなら、ターグの名前は変えねばならない。今日からあの馬は……タイラーズだ!」
「はぁ?」

 引きずられるように歩く私は、首を傾げるしかない。
 ヘイン兄さんのことが理解できなかったのは、私が幼かったからだけではなかったようだ。十五歳になった今でも、まだ兄さんの頭の中がよくわからない。

「……うん、まあ、兄さんがそれでいいならいいんじゃないかな。兄さんの牧場の馬だし」

 私はそう納得することにした。それからやっと手を離してもらって、歩きながら伸びをする。
 軽く伸びをして、ちょうど飛んできた小鳥たちを目で追った。
 


 
 と、その時。
 突然、肩の辺りに何かがきらめいた。
 一瞬遅れて頬に風が当たり、首の辺りのおくれ毛が激しく揺れた。
 何があったのか理解したのは、常に私の体を覆っている結界が発光したのを感じてからだった。

「……え?」

 私は横を歩いているはずのヘイン兄さんを振り返る。
 でも目に入ってきたのは、次々と迫る鋼の輝きとそれを阻む結界の光だった。
 ヘイン兄さんが、剣で私を切りつけている。
 それを私の結界が阻んでいる。
 ……一応、状況は理解した。

「な、何をするんだよ!」
「すごいな、全部防がれてしまったか」

 私が青ざめて後ろに逃れると、ヘイン兄さんは剣を鞘に戻しながら苦笑していた。
 のんきな声だ。
 妹に本気で切りかかった兄の言葉としては、ありえないのん気さだと思う。兄妹喧嘩ですらない。首を狙ったあれは、本気で殺しにかかった時の剣筋だ。
 ありえない。怒るなという方が無理だ!

「ヘイン兄さん、一体何を考えているんだよ!」
「悪かったね。でもおまえの実力を正確に知りたかったんだ」

 ヘイン兄さんは私に近寄って、頭に手を伸ばしてくる。もちろん警戒してその手から逃れると、傷ついたような顔をした。

「そんなに怒らないでほしい。褒めさせてくれ」
「……褒める?」
「そうだよ。私の攻撃を全て避けられる魔法使いなんて、滅多にいないと思うよ。シヴィルほどよく見えないが、結界の弱いところを切り裂くのは得意なんだ」
「そうなの?」

 我が兄ながら、そんなとんでもない特技があったのか。ナイローグが規格外だと言うはずだ。
 そんな兄さんが、どうやら本当に褒めたいらしい。
 私が少し警戒を解いて兄さんの手を受け入れると、ヘイン兄さんは嬉しそうに私の頭を撫でた。

「こういう直接攻撃はナイローグの方が上だろうけれど、たぶんナイローグから攻撃されても、おまえなら無事ですみそうだ」
「本当にそう思う?」

 これは最高の褒め言葉だ。
 嬉しい。とても嬉しいから、兄さんの狼藉は忘れてあげよう。
 本当に結界が切り裂かれていたら、私が怪我していたのではないかとか、そう言うことは考えないようにしてあげよう。
 私がにやにやと顔を緩めていると、ヘイン兄さんは何だか複雑そうな表情をした。

「シヴィル。それだけ魔法が使えるのなら、もう男装しなくても大丈夫だよ。お前ももう十五歳だ。秋祭りの時期は過ぎてしまったけれど、成人用の服は用意しているからいつでも村に戻ってきなさい。これからはスカート姿にも慣れておくんだよ」
「えー、面倒だからこのままでいいよ」
「そういう訳にはいかない。十五歳の秋祭りを過ぎれば、おまえは成人女性と同じだからね。大人の女性らしい佇まいができなければ、二度と母さんに会えなくなるよ」
「……うん、わかった」

 家出中であっても、母さんが嫌いなわけではない。
 それに十五歳の秋祭りが過ぎていれば、確かに私はもう成人女性と同等だ。生まれ育った土地から離れると、季節もよくわからなくなるから、すっかり忘れていた。
 この身長でいつまでも男のふりをするのは苦しいかったし、今度から大人の女性として動いてもいいかもしれない。
 私が納得したのを見てとったのだろう。
 ヘイン兄さんは私の肩を抱き寄せてまた歩き始めた。

「それから……もう南には行かない方がいい」

 歩きながら、ヘイン兄さんは声を潜めてささやいた。
 私が見上げても、前を見ながら微笑んでいる。まるで周囲に会話を聞かれたくないようだ。

「何かあるの?」
「うん……戦争が近いんだよ」

 何気ないような声なのに、声に潜むものは重い。
 そう言われてみれば、南の国境の辺りは食料品が高かった。畑の収穫が早かったのは、南方だからかと思ったけれど、そういう事情もあったのか。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

『有能すぎる王太子秘書官、馬鹿がいいと言われ婚約破棄されましたが、国を賢者にして去ります』

しおしお
恋愛
王太子の秘書官として、陰で国政を支えてきたアヴェンタドール。 どれほど杜撰な政策案でも整え、形にし、成果へ導いてきたのは彼女だった。 しかし王太子エリシオンは、その功績に気づくことなく、 「女は馬鹿なくらいがいい」 という傲慢な理由で婚約破棄を言い渡す。 出しゃばりすぎる女は、妃に相応しくない―― そう断じられ、王宮から追い出された彼女を待っていたのは、 さらに危険な第二王子の婚約話と、国家を揺るがす陰謀だった。 王太子は無能さを露呈し、 第二王子は野心のために手段を選ばない。 そして隣国と帝国の影が、静かに国を包囲していく。 ならば―― 関わらないために、関わるしかない。 アヴェンタドールは王国を救うため、 政治の最前線に立つことを選ぶ。 だがそれは、権力を欲したからではない。 国を“賢く”して、 自分がいなくても回るようにするため。 有能すぎたがゆえに切り捨てられた一人の女性が、 ざまぁの先で選んだのは、復讐でも栄光でもない、 静かな勝利だった。 ---

【短編】花婿殿に姻族でサプライズしようと隠れていたら「愛することはない」って聞いたんだが。可愛い妹はあげません!

月野槐樹
ファンタジー
妹の結婚式前にサプライズをしようと姻族みんなで隠れていたら、 花婿殿が、「君を愛することはない!」と宣言してしまった。 姻族全員大騒ぎとなった

次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢

さら
恋愛
 名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。  しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。  王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。  戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。  一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。

幼女はリペア(修復魔法)で無双……しない

しろこねこ
ファンタジー
田舎の小さな村・セデル村に生まれた貧乏貴族のリナ5歳はある日魔法にめざめる。それは貧乏村にとって最強の魔法、リペア、修復の魔法だった。ちょっと説明がつかないでたらめチートな魔法でリナは覇王を目指……さない。だって平凡が1番だもん。騙され上手な父ヘンリーと脳筋な兄カイル、スーパー執事のゴフじいさんと乙女なおかんマール婆さんとの平和で凹凸な日々の話。

「魔道具の燃料でしかない」と言われた聖女が追い出されたので、結界は消えます

七辻ゆゆ
ファンタジー
聖女ミュゼの仕事は魔道具に力を注ぐだけだ。そうして国を覆う大結界が発動している。 「ルーチェは魔道具に力を注げる上、癒やしの力まで持っている、まさに聖女だ。燃料でしかない平民のおまえとは比べようもない」 そう言われて、ミュゼは城を追い出された。 しかし城から出たことのなかったミュゼが外の世界に恐怖した結果、自力で結界を張れるようになっていた。 そしてミュゼが力を注がなくなった大結界は力を失い……

魔法が使えない令嬢は住んでいた小屋が燃えたので家出します

怠惰るウェイブ
ファンタジー
グレイの世界は狭く暗く何よりも灰色だった。 本来なら領主令嬢となるはずの彼女は領主邸で住むことを許されず、ボロ小屋で暮らしていた。 彼女はある日、棚から落ちてきた一冊の本によって人生が変わることになる。 世界が色づき始めた頃、ある事件をきっかけに少女は旅をすることにした。 喋ることのできないグレイは旅を通して自身の世界を色付けていく。

【完結】海外在住だったので、異世界転移なんてなんともありません

ソニエッタ
ファンタジー
言葉が通じない? それ、日常でした。 文化が違う? 慣れてます。 命の危機? まあ、それはちょっと驚きましたけど。 NGO調整員として、砂漠の難民キャンプから、宗教対立がくすぶる交渉の現場まで――。 いろんな修羅場をくぐってきた私が、今度は魔族の村に“神託の者”として召喚されました。 スーツケース一つで、どこにでも行ける体質なんです。 今回の目的地が、たまたま魔王のいる世界だっただけ。 「聖剣? 魔法? それよりまず、水と食糧と、宗教的禁忌の確認ですね」 ちょっとズレてて、でもやたらと現場慣れしてる。 そんな“救世主”、エミリの異世界ロジカル生活、はじまります。

夫に顧みられない王妃は、人間をやめることにしました~もふもふ自由なセカンドライフを謳歌するつもりだったのに、何故かペットにされています!~

狭山ひびき
恋愛
もう耐えられない! 隣国から嫁いで五年。一度も国王である夫から関心を示されず白い結婚を続けていた王妃フィリエルはついに決断した。 わたし、もう王妃やめる! 政略結婚だから、ある程度の覚悟はしていた。けれども幼い日に淡い恋心を抱いて以来、ずっと片思いをしていた相手から冷たくされる日々に、フィリエルの心はもう限界に達していた。政略結婚である以上、王妃の意思で離婚はできない。しかしもうこれ以上、好きな人に無視される日々は送りたくないのだ。 離婚できないなら人間をやめるわ! 王妃で、そして隣国の王女であるフィリエルは、この先生きていてもきっと幸せにはなれないだろう。生まれた時から政治の駒。それがフィリエルの人生だ。ならばそんな「人生」を捨てて、人間以外として生きたほうがましだと、フィリエルは思った。 これからは自由気ままな「猫生」を送るのよ! フィリエルは少し前に知り合いになった、「廃墟の塔の魔女」に頼み込み、猫の姿に変えてもらう。 よし!楽しいセカンドラウフのはじまりよ!――のはずが、何故か夫(国王)に拾われ、ペットにされてしまって……。 「ふふ、君はふわふわで可愛いなぁ」 やめてえ!そんなところ撫でないで~! 夫(人間)妻(猫)の奇妙な共同生活がはじまる――

処理中です...