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六章 十五歳は大切な年
(36)何をするんだよ!
しおりを挟むその時、突然ヘイン兄さんが立ち上がった。
スラリと背の高いきれいな男が、さらさら金髪をふわりと揺らして立ち上がるのだ。注目するなという方が無理だ。店内が瞬時に静まり返ってしまった。
空になった皿を未練がましく見ていた私は、いったいどうしたのかと見上げる。ヘイン兄さんは手早く代金をテーブルに並べ、私の手を引いてあっという間に店の外に出てしまった。
「兄さん、どうしたの? 何かあった?」
「何もないうちに先に手を打たねばならないんだよ。いくらナイローグでも許せないことはある。あいつが乗るのなら、ターグの名前は変えねばならない。今日からあの馬は……タイラーズだ!」
「はぁ?」
引きずられるように歩く私は、首を傾げるしかない。
ヘイン兄さんのことが理解できなかったのは、私が幼かったからだけではなかったようだ。十五歳になった今でも、まだ兄さんの頭の中がよくわからない。
「……うん、まあ、兄さんがそれでいいならいいんじゃないかな。兄さんの牧場の馬だし」
私はそう納得することにした。それからやっと手を離してもらって、歩きながら伸びをする。
軽く伸びをして、ちょうど飛んできた小鳥たちを目で追った。
と、その時。
突然、肩の辺りに何かがきらめいた。
一瞬遅れて頬に風が当たり、首の辺りのおくれ毛が激しく揺れた。
何があったのか理解したのは、常に私の体を覆っている結界が発光したのを感じてからだった。
「……え?」
私は横を歩いているはずのヘイン兄さんを振り返る。
でも目に入ってきたのは、次々と迫る鋼の輝きとそれを阻む結界の光だった。
ヘイン兄さんが、剣で私を切りつけている。
それを私の結界が阻んでいる。
……一応、状況は理解した。
「な、何をするんだよ!」
「すごいな、全部防がれてしまったか」
私が青ざめて後ろに逃れると、ヘイン兄さんは剣を鞘に戻しながら苦笑していた。
のんきな声だ。
妹に本気で切りかかった兄の言葉としては、ありえないのん気さだと思う。兄妹喧嘩ですらない。首を狙ったあれは、本気で殺しにかかった時の剣筋だ。
ありえない。怒るなという方が無理だ!
「ヘイン兄さん、一体何を考えているんだよ!」
「悪かったね。でもおまえの実力を正確に知りたかったんだ」
ヘイン兄さんは私に近寄って、頭に手を伸ばしてくる。もちろん警戒してその手から逃れると、傷ついたような顔をした。
「そんなに怒らないでほしい。褒めさせてくれ」
「……褒める?」
「そうだよ。私の攻撃を全て避けられる魔法使いなんて、滅多にいないと思うよ。シヴィルほどよく見えないが、結界の弱いところを切り裂くのは得意なんだ」
「そうなの?」
我が兄ながら、そんなとんでもない特技があったのか。ナイローグが規格外だと言うはずだ。
そんな兄さんが、どうやら本当に褒めたいらしい。
私が少し警戒を解いて兄さんの手を受け入れると、ヘイン兄さんは嬉しそうに私の頭を撫でた。
「こういう直接攻撃はナイローグの方が上だろうけれど、たぶんナイローグから攻撃されても、おまえなら無事ですみそうだ」
「本当にそう思う?」
これは最高の褒め言葉だ。
嬉しい。とても嬉しいから、兄さんの狼藉は忘れてあげよう。
本当に結界が切り裂かれていたら、私が怪我していたのではないかとか、そう言うことは考えないようにしてあげよう。
私がにやにやと顔を緩めていると、ヘイン兄さんは何だか複雑そうな表情をした。
「シヴィル。それだけ魔法が使えるのなら、もう男装しなくても大丈夫だよ。お前ももう十五歳だ。秋祭りの時期は過ぎてしまったけれど、成人用の服は用意しているからいつでも村に戻ってきなさい。これからはスカート姿にも慣れておくんだよ」
「えー、面倒だからこのままでいいよ」
「そういう訳にはいかない。十五歳の秋祭りを過ぎれば、おまえは成人女性と同じだからね。大人の女性らしい佇まいができなければ、二度と母さんに会えなくなるよ」
「……うん、わかった」
家出中であっても、母さんが嫌いなわけではない。
それに十五歳の秋祭りが過ぎていれば、確かに私はもう成人女性と同等だ。生まれ育った土地から離れると、季節もよくわからなくなるから、すっかり忘れていた。
この身長でいつまでも男のふりをするのは苦しいかったし、今度から大人の女性として動いてもいいかもしれない。
私が納得したのを見てとったのだろう。
ヘイン兄さんは私の肩を抱き寄せてまた歩き始めた。
「それから……もう南には行かない方がいい」
歩きながら、ヘイン兄さんは声を潜めてささやいた。
私が見上げても、前を見ながら微笑んでいる。まるで周囲に会話を聞かれたくないようだ。
「何かあるの?」
「うん……戦争が近いんだよ」
何気ないような声なのに、声に潜むものは重い。
そう言われてみれば、南の国境の辺りは食料品が高かった。畑の収穫が早かったのは、南方だからかと思ったけれど、そういう事情もあったのか。
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