38 / 63
六章 十五歳は大切な年
(37)優しいお兄ちゃん
しおりを挟む
「戦争が近くなると、ろくでもない連中も集まってくる。治安も悪化する。だからシヴィルはできるだけ離れていなさい」
「ナイローグみたいなことを言うんだね」
「実は、これはナイローグからの伝言なんだよ。あいつは本当はおまえに直接伝えたかったようだけれど、どうしても仕事から離れられない時期なんだ。それで私が代理を務めているんだ」
ヘイン兄さんの久しぶりの遠出は、いろいろな事情が重なって実現したことだったらしい。
でも問題が一つ。
どうして私がここにいると予想していたのだろう?
「シヴィルは魔獣関係の仕事をしていたんだろう? 都でいろいろやったらしいから、できるだけ遠くに逃げていたはずだ。魔獣関係で遠くといえば、きっと南だ……とナイローグが言っていたよ。あいつはすごいね。そろそろ戻ってくる頃だとか、家畜市に来ているはずだとか、いろいろ情報をもらったよ」
「……うわぁ……全部お見通しだったってこと?」
笑いとばしたかったけれど、顔が引きつるのを感じる。
ナイローグはどうしてそんなに私の行動を把握しているのだろう。
そう言えば、魔獣市で一度見つかったことがあった。魔道具市でも捕まったことがある。あれは偶然ではなかったのかもしれない。
これは怖い。
都で彼をまいてしまったから、本気にさせてしまったのかもしれない。先の先を考えると、ナイローグを怒らせたのはまずかった。そういえば家賃も立て替えてもらったままだ。
思わず青ざめていると、ヘイン兄さんは私を見下ろして少し笑った。
「ナイローグは心配しているんだよ。おまえが強くなったのは認めるけれど、さすがに戦闘に巻き込まれるとまずい。まだカラスが周辺にいるから大丈夫とわかっていても、不安になるんだよ。お願いだから、私たちを安心させてほしい」
ナイローグは心配症だ。
でも確かに戦闘には巻き込まれたくはない。私は魔獣には慣れていても、剣で切ったり切られたりなんてものにはお近づきになりたくないのだ。
……ただ、なぜここでカラスの話が出てくるのだろう?
心の中で首を傾げつつ、私は兄さんに頷き返した。
「わかったよ。しばらく南には行かない。でも村にも帰らないからね」
「魔王になるのは私も反対だよ。でも、おまえは立派な魔法使いだ。もっと腕を磨きたいんだろう? だったら黙認してあげるよ。シヴィルの行動力は好きだからね。ただ、父さんには手紙を書いて欲しい」
「うん……でも母さんに魔法検索されないように、もうちょっと魔法の勉強をしてからじゃないと無理」
「仕方がないな」
言葉では困ったと言っているけれど、ヘイン兄さんはなんだか楽しそうに笑った。
私もなんだか楽しくなる。
兄さんとは年が離れているから、昔は会話もろくに成り立たなかったと思う。あるいは私が一方的に話して、兄さんが笑って頷くだけだった。でも今はきちんとした会話になっている。
もっとこういう話をしていたい。今ならいろいろな話ができるだろう。
でも、兄さんは村に戻る。
私は魔王を目指しているから、まだ村に戻ることはない。
……次に会えるのは、いつになるだろう。
急に黙りこんだ私の変化に、ヘイン兄さんが気づかないわけがない。でも兄さんはそのことに触れず、ただ私の肩を抱き寄せてぐいぐい背中を押して歩調を早めただけだった。
「シヴィル。もう十五歳になったんだから、スカートを穿く時は髪を半分結い上げなければいけないよ。大人の未婚女性の証だからね。覚えていたかい?」
「……面倒だなぁ」
私がうつむいたままつぶやくと、ヘイン兄さんは私をひょいと抱き上げた。
細身に見える兄さんだけど、実は狩ったシカを軽々と担いで歩く力持ちさんだ。大型イノシシだって担いでしまうんじゃないかと思う。
そんな人だから、小柄な私は余裕らしい。必要以上に高々と抱き上げられて、私は驚いて少し暴れた。
「な、何するんだよ!」
「向こうの市にいい店があったから、いまから髪飾りを見に行こうか。優しいお兄ちゃんが買ってあげよう」
兄さんは私を左腕だけで抱え、周囲をぐるりと見回す。
もしかしたら、自慢の妹を見せびらかしているつもりなのだろうか。
私が完璧な男装で、どこから見ても小柄な少年でしかないことを忘れているのだろうか。
……いや、ヘイン兄さんはそんな些細なことは気にしない人だ。いい意味でも悪い意味でも、周囲の目や噂などに惑わされない。公平すぎるくらいに自分の目で見て判断する人だ。そういう所は尊敬はしている。
でもやっぱり、時と場合によると思う。妹としては少しは気にしてほしい。
私は抗議を込めて兄さんの金色の頭をペタペタと叩いた。なのに兄さんは笑うだけで、逆に嬉しそうにしている。よくわからない人だ。
でも、たぶん私も笑っている。こんな風に兄さんに抱っこされるのは何年ぶりだろう。周囲の視線は恥ずかしいのに、そんなものが気にならないくらいに嬉しくなる。だから私は、兄さんの頭にぎゅっと抱きつく。
子供扱いなのか大人扱いなのかよくわからない。でも今は私も周囲の目を気にしないことにした。
「ナイローグみたいなことを言うんだね」
「実は、これはナイローグからの伝言なんだよ。あいつは本当はおまえに直接伝えたかったようだけれど、どうしても仕事から離れられない時期なんだ。それで私が代理を務めているんだ」
ヘイン兄さんの久しぶりの遠出は、いろいろな事情が重なって実現したことだったらしい。
でも問題が一つ。
どうして私がここにいると予想していたのだろう?
「シヴィルは魔獣関係の仕事をしていたんだろう? 都でいろいろやったらしいから、できるだけ遠くに逃げていたはずだ。魔獣関係で遠くといえば、きっと南だ……とナイローグが言っていたよ。あいつはすごいね。そろそろ戻ってくる頃だとか、家畜市に来ているはずだとか、いろいろ情報をもらったよ」
「……うわぁ……全部お見通しだったってこと?」
笑いとばしたかったけれど、顔が引きつるのを感じる。
ナイローグはどうしてそんなに私の行動を把握しているのだろう。
そう言えば、魔獣市で一度見つかったことがあった。魔道具市でも捕まったことがある。あれは偶然ではなかったのかもしれない。
これは怖い。
都で彼をまいてしまったから、本気にさせてしまったのかもしれない。先の先を考えると、ナイローグを怒らせたのはまずかった。そういえば家賃も立て替えてもらったままだ。
思わず青ざめていると、ヘイン兄さんは私を見下ろして少し笑った。
「ナイローグは心配しているんだよ。おまえが強くなったのは認めるけれど、さすがに戦闘に巻き込まれるとまずい。まだカラスが周辺にいるから大丈夫とわかっていても、不安になるんだよ。お願いだから、私たちを安心させてほしい」
ナイローグは心配症だ。
でも確かに戦闘には巻き込まれたくはない。私は魔獣には慣れていても、剣で切ったり切られたりなんてものにはお近づきになりたくないのだ。
……ただ、なぜここでカラスの話が出てくるのだろう?
心の中で首を傾げつつ、私は兄さんに頷き返した。
「わかったよ。しばらく南には行かない。でも村にも帰らないからね」
「魔王になるのは私も反対だよ。でも、おまえは立派な魔法使いだ。もっと腕を磨きたいんだろう? だったら黙認してあげるよ。シヴィルの行動力は好きだからね。ただ、父さんには手紙を書いて欲しい」
「うん……でも母さんに魔法検索されないように、もうちょっと魔法の勉強をしてからじゃないと無理」
「仕方がないな」
言葉では困ったと言っているけれど、ヘイン兄さんはなんだか楽しそうに笑った。
私もなんだか楽しくなる。
兄さんとは年が離れているから、昔は会話もろくに成り立たなかったと思う。あるいは私が一方的に話して、兄さんが笑って頷くだけだった。でも今はきちんとした会話になっている。
もっとこういう話をしていたい。今ならいろいろな話ができるだろう。
でも、兄さんは村に戻る。
私は魔王を目指しているから、まだ村に戻ることはない。
……次に会えるのは、いつになるだろう。
急に黙りこんだ私の変化に、ヘイン兄さんが気づかないわけがない。でも兄さんはそのことに触れず、ただ私の肩を抱き寄せてぐいぐい背中を押して歩調を早めただけだった。
「シヴィル。もう十五歳になったんだから、スカートを穿く時は髪を半分結い上げなければいけないよ。大人の未婚女性の証だからね。覚えていたかい?」
「……面倒だなぁ」
私がうつむいたままつぶやくと、ヘイン兄さんは私をひょいと抱き上げた。
細身に見える兄さんだけど、実は狩ったシカを軽々と担いで歩く力持ちさんだ。大型イノシシだって担いでしまうんじゃないかと思う。
そんな人だから、小柄な私は余裕らしい。必要以上に高々と抱き上げられて、私は驚いて少し暴れた。
「な、何するんだよ!」
「向こうの市にいい店があったから、いまから髪飾りを見に行こうか。優しいお兄ちゃんが買ってあげよう」
兄さんは私を左腕だけで抱え、周囲をぐるりと見回す。
もしかしたら、自慢の妹を見せびらかしているつもりなのだろうか。
私が完璧な男装で、どこから見ても小柄な少年でしかないことを忘れているのだろうか。
……いや、ヘイン兄さんはそんな些細なことは気にしない人だ。いい意味でも悪い意味でも、周囲の目や噂などに惑わされない。公平すぎるくらいに自分の目で見て判断する人だ。そういう所は尊敬はしている。
でもやっぱり、時と場合によると思う。妹としては少しは気にしてほしい。
私は抗議を込めて兄さんの金色の頭をペタペタと叩いた。なのに兄さんは笑うだけで、逆に嬉しそうにしている。よくわからない人だ。
でも、たぶん私も笑っている。こんな風に兄さんに抱っこされるのは何年ぶりだろう。周囲の視線は恥ずかしいのに、そんなものが気にならないくらいに嬉しくなる。だから私は、兄さんの頭にぎゅっと抱きつく。
子供扱いなのか大人扱いなのかよくわからない。でも今は私も周囲の目を気にしないことにした。
10
あなたにおすすめの小説
『有能すぎる王太子秘書官、馬鹿がいいと言われ婚約破棄されましたが、国を賢者にして去ります』
しおしお
恋愛
王太子の秘書官として、陰で国政を支えてきたアヴェンタドール。
どれほど杜撰な政策案でも整え、形にし、成果へ導いてきたのは彼女だった。
しかし王太子エリシオンは、その功績に気づくことなく、
「女は馬鹿なくらいがいい」
という傲慢な理由で婚約破棄を言い渡す。
出しゃばりすぎる女は、妃に相応しくない――
そう断じられ、王宮から追い出された彼女を待っていたのは、
さらに危険な第二王子の婚約話と、国家を揺るがす陰謀だった。
王太子は無能さを露呈し、
第二王子は野心のために手段を選ばない。
そして隣国と帝国の影が、静かに国を包囲していく。
ならば――
関わらないために、関わるしかない。
アヴェンタドールは王国を救うため、
政治の最前線に立つことを選ぶ。
だがそれは、権力を欲したからではない。
国を“賢く”して、
自分がいなくても回るようにするため。
有能すぎたがゆえに切り捨てられた一人の女性が、
ざまぁの先で選んだのは、復讐でも栄光でもない、
静かな勝利だった。
---
【短編】花婿殿に姻族でサプライズしようと隠れていたら「愛することはない」って聞いたんだが。可愛い妹はあげません!
月野槐樹
ファンタジー
妹の結婚式前にサプライズをしようと姻族みんなで隠れていたら、
花婿殿が、「君を愛することはない!」と宣言してしまった。
姻族全員大騒ぎとなった
次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢
さら
恋愛
名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。
しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。
王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。
戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。
一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。
幼女はリペア(修復魔法)で無双……しない
しろこねこ
ファンタジー
田舎の小さな村・セデル村に生まれた貧乏貴族のリナ5歳はある日魔法にめざめる。それは貧乏村にとって最強の魔法、リペア、修復の魔法だった。ちょっと説明がつかないでたらめチートな魔法でリナは覇王を目指……さない。だって平凡が1番だもん。騙され上手な父ヘンリーと脳筋な兄カイル、スーパー執事のゴフじいさんと乙女なおかんマール婆さんとの平和で凹凸な日々の話。
「魔道具の燃料でしかない」と言われた聖女が追い出されたので、結界は消えます
七辻ゆゆ
ファンタジー
聖女ミュゼの仕事は魔道具に力を注ぐだけだ。そうして国を覆う大結界が発動している。
「ルーチェは魔道具に力を注げる上、癒やしの力まで持っている、まさに聖女だ。燃料でしかない平民のおまえとは比べようもない」
そう言われて、ミュゼは城を追い出された。
しかし城から出たことのなかったミュゼが外の世界に恐怖した結果、自力で結界を張れるようになっていた。
そしてミュゼが力を注がなくなった大結界は力を失い……
魔法が使えない令嬢は住んでいた小屋が燃えたので家出します
怠惰るウェイブ
ファンタジー
グレイの世界は狭く暗く何よりも灰色だった。
本来なら領主令嬢となるはずの彼女は領主邸で住むことを許されず、ボロ小屋で暮らしていた。
彼女はある日、棚から落ちてきた一冊の本によって人生が変わることになる。
世界が色づき始めた頃、ある事件をきっかけに少女は旅をすることにした。
喋ることのできないグレイは旅を通して自身の世界を色付けていく。
【完結】海外在住だったので、異世界転移なんてなんともありません
ソニエッタ
ファンタジー
言葉が通じない? それ、日常でした。
文化が違う? 慣れてます。
命の危機? まあ、それはちょっと驚きましたけど。
NGO調整員として、砂漠の難民キャンプから、宗教対立がくすぶる交渉の現場まで――。
いろんな修羅場をくぐってきた私が、今度は魔族の村に“神託の者”として召喚されました。
スーツケース一つで、どこにでも行ける体質なんです。
今回の目的地が、たまたま魔王のいる世界だっただけ。
「聖剣? 魔法? それよりまず、水と食糧と、宗教的禁忌の確認ですね」
ちょっとズレてて、でもやたらと現場慣れしてる。
そんな“救世主”、エミリの異世界ロジカル生活、はじまります。
夫に顧みられない王妃は、人間をやめることにしました~もふもふ自由なセカンドライフを謳歌するつもりだったのに、何故かペットにされています!~
狭山ひびき
恋愛
もう耐えられない!
隣国から嫁いで五年。一度も国王である夫から関心を示されず白い結婚を続けていた王妃フィリエルはついに決断した。
わたし、もう王妃やめる!
政略結婚だから、ある程度の覚悟はしていた。けれども幼い日に淡い恋心を抱いて以来、ずっと片思いをしていた相手から冷たくされる日々に、フィリエルの心はもう限界に達していた。政略結婚である以上、王妃の意思で離婚はできない。しかしもうこれ以上、好きな人に無視される日々は送りたくないのだ。
離婚できないなら人間をやめるわ!
王妃で、そして隣国の王女であるフィリエルは、この先生きていてもきっと幸せにはなれないだろう。生まれた時から政治の駒。それがフィリエルの人生だ。ならばそんな「人生」を捨てて、人間以外として生きたほうがましだと、フィリエルは思った。
これからは自由気ままな「猫生」を送るのよ!
フィリエルは少し前に知り合いになった、「廃墟の塔の魔女」に頼み込み、猫の姿に変えてもらう。
よし!楽しいセカンドラウフのはじまりよ!――のはずが、何故か夫(国王)に拾われ、ペットにされてしまって……。
「ふふ、君はふわふわで可愛いなぁ」
やめてえ!そんなところ撫でないで~!
夫(人間)妻(猫)の奇妙な共同生活がはじまる――
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる