無自覚少女は夢をあきらめない 〜鏡を見ろ? 何を言われても魔王を目指して頑張ります!〜

ナナカ

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九章 十八歳の激動

(58)ありえない

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 私にとってありがたいことに、ナイローグはしばらく馬を走らせてくれた。おかげで好奇の目から逃れることができて、やっと一息つけた。
 やがて、ナイローグは手綱を緩めてゆったりとした速度で歩かせ始めた。
 今日は本当にいい天気だ。
 失業した日でなければ、どれほど心が躍るだろう。
 小鳥たちのさえずりを聞きながら、私は長いため息をついた。

「シヴィル」

 私の後ろで手綱を握っているナイローグが口を開いた。
 馬に乗ってからずっと黙り込んでいたから、何を言い出すのかと振り返る。グライトン騎士団の騎士様は、まっすぐ前を見たまま言葉を続けた。

「お前は……自分のご両親が浮き世離れしていると思ったことはないか?」

 何を言い出すのかと思えば、父さんと母さん?
 私は頭を反らすように見上げたまま、首をかしげた。

「それは確かに……父さんは完全な農夫だけど、母さんは……アレかな」

 母さんは厳しいけれど、どこかずれている。
 それは確かだ。幼い娘が魔王になる!なんて言ったのに、それはステキと微笑む母親は普通ではない。私にもそう思うくらいの常識はある。

「親父さんはな、農夫ではあるが、かつては勇者と呼ばれた人だ」
「え?」

 驚きのあまり、私は狭い馬上で身体ごとナイローグに向き直る。
 ほとんど落ちそうな勢いだったけれど、騎士のたくましい腕は私を軽く支えてくれた。

「落ちるなよ。……それで親父さんのことなんだが、魔獣討伐の功績により、あのあたりの農作地帯すべてを与えられた、ということになっている」
「ええー? 農作地帯って、まさかと思うけど、ランダル全部ってこと?」
「そうだ」

 一度も姿を見たことのないランダルの謎の領主様は、実は父さんだったらしい。
 ……あの父さんが?
 農夫としては一級でも、領主としての仕事なんて絶対無理だよね?

 そう考えて、ヘイン兄さんがいつも忙しそうにしていた理由に思い当たった。さわやか美形ながら、ヘイン兄さんは意外に人使いがうまい。実質的な領主さまは兄さんなんだと言われれば、こちらはすっきり納得できた。
 一人でうなずいている私を見下ろし、ナイローグは少し笑った。

「親父さんについては納得できたようだな。それで、母君は……こちらはもっと訳ありだぞ」
「ふーん、で、どんな訳ありなの?」
「それはつまり……あの方は元王女殿下なんだよ。親父さんに救われたことがあったとかで、ほとんど押しかけ女房状態で来たらしい」
「お、押しかけ女房?」

 なんだか、すごい話になってきた。
 私は必死で頭の中を整理していく。ナイローグは私の混乱が収まるのを待ってから続けてくれた。

「母君のベタ惚れだったらしいぞ。普通なら許されない身分違いの恋だったんだが、あまりの執心ぶりに前代陛下も困り果てて、親父さんに領主という地位を与えることで黙認する事になったと聞いている」
「ベタ惚れ……恋……」

 なんと劇的な。
 私が色恋と無縁な世界に生きているから、両親もそうなのだろうと勝手に思っていた。
 ……あの母さんがベタ惚れ? それって私が知っているベタ惚れと同じ意味なのだろうか?
 衝撃を受けていると、ナイローグは苦笑して指先で私の頬に触れた。話の途中だったことを思い出した私に、ナイローグは実に冷静に指摘してくれた。

「たぶん聞き逃しているだろうから、もう一度言うぞ。お前の母親は元王女殿下だ。わかるか? つまり、我が主君の異母姉にあたる方だ」
「…………え、え? えええっ!」

 ナイローグは私のことを本当によく理解している。
 完全に聞き逃していた私は、今度こそ呆然としてしまった。
 元王女様?
 ナイローグの主君の異母姉?
 ええっと、ナイローグはグライトン騎士団の一員で、グライトンの騎士の主君と言うと国王様だけのはず。
 その国王様の、異母姉? 母親違いのお姉さん?

 いきなり雲の上の人の話になってしまって、現実味を感じない。でもあの母さんならあり得るとも思ってしまえるところが悩ましい。
 ……いや、ちょっと待て。
 母さんが国王さまのお姉様なら、私は、国王さまの異母姉様の娘様、ということだ。わかりやすく言えば国王様の姪ってことで、母方のおじいちゃんが前代の国王様ってことになる。それはつまり、私には王家の血が流れているということで……。

「ありえない」

 信じ難い。私が魔王の腹心だと主張しても誰も信じてくれなかったけれど、母さんが国王様の異母姉というのとどちらが信じられるだろう。
 ……というか、ナイローグが言っていたとおり、私は本当に姫なのか?

「……ありえない!」

 馬上なのに、つい頭を抱えてしまう。そんな私をナイローグはやはり片手で支えてくれた。

「この話は、本当は十五歳で聞くことになっていたんだぞ。村を出るにしろ、それなりの覚悟を持たなければいけないからな。それなのにおまえは家出して村に戻らないし、親父さんたちに頼まれて俺が話そうと思っても、すぐに逃げられて駄目だった。……まあ、今日はお前も疲れているよな。詳しい話は都に戻ってからにしようか。転移魔法を頼んでもいいか?」

 何と言うか、いろいろごめんなさい。
 もう、それ以外に言うべき言葉を見つけられなかった。

 それにしても、ナイローグの判断は正しい。今はまともな会話なんて無理だ。予想外の展開や真実に、私の精神はすでに限界を越えている。
 この慣れない横座りとかお姫様扱いなども落ち着かない。もっと言えば、密着しているこの体勢も落ち着かない。
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