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九章 十八歳の激動
(57)悪いか?
しおりを挟む「えーっと、つまり、そういう設定になっているの?」
何と言うか……大嘘だ。
十三歳の時に十六歳と言い張った私も大概だったけれど、今ではそんな嘘はつかない。
でも、ここは耐えるしかないのだろう。
国王直属の騎士さまに捕まったということは、甘く見ても長い牢屋暮らしが待っている。私自身は根城への不法侵入者を蹴散らしただけなんだけれど、上司の悪事の全てを押し付けられれば、女であっても死罪だってありうる。
魔王本人がまだ捕まっていないのは、とっさに私が逃がしたからだ。
逃がすより張り倒すべきだったとか、その前に下克上で成敗するべきだったとか、今となっては思うところはある。
でも忠誠を貫いた健気な部下を、わざわざ助けてくれるようなできた上司ではない。上司は大悪人である魔王なのだ。
というか、あの上司が私の救出なんてしてくれたら、膝に座らされた過去を考えると愛人一直線ではないか。私は魔王の愛人ではなく、魔王そのものになりたいのに。
私の密かな苦悩を見抜いたのか、ナイローグは苦笑した。
「いい加減に、魔王になる夢はあきらめろ」
「いや、そればかりは無理だよ」
「その話はまた今度ゆっくりしよう。……とにかく、おまえは魔王にさらわれた悲劇の美女で……」
「うん、わかったよ」
「最後まで聞け。お前は魔王にさらわれていた、俺の幼馴染で許婚だ」
「……ん? 設定が増えているよ?」
「このくらいにしなければ、おまえを手元に置けないし、他の奴らを追い払えない」
そんなものだろうか。
でもなぜ、他の人まで追い払うのだろう?
私は首を傾げたかった。でも私の頭を捕まえている両手が邪魔で動けない。
つまりナイローグは、この私にさらに嘘を重ねろと言うのか。
思わずため息をつき、それから私は気がついた。
「あの……もしかして、ナイローグはまだ独身だったの?」
「おかしいか?」
「うん、だって、ヘイン兄さんと同い年くらいでしょう? かなりいい年なのになぁ、って!」
そう言いながら、つい顔がにやける。
村にいた頃も村を出た後も、ナイローグは遠くから村まで追っかけがくるほど女性にもてていた。そんな男が三十近くになっているのに、まだ独身だったなんて!
うん、人生は不思議に満ちている。
まだずっと若い私に、見渡す限り恋人の影も形もないのは当然だ。
でも彼は、そんな自虐気味な私の思考も読んだように呆れた顔をした。
「一応言っておくが、魔王討伐に出るような騎士は独身が多いぞ」
職務上の事情というわけか。……何だか少し残念だ。
一瞬がっかりした私は、すぐに気を取り直した。
「そういう事情があるのなら、いきなり許婚なんて言っても、信憑性がないと思うよ」
「おまえが成人するまで待っていたんだよ」
「ふーん。ナイローグって来るもの拒まずみたいな顔をしているのに、実は気長に見守る系だったんだ。似合わないよね。それに……」
それに、ロリコンみたいだよ!
私はさらにそう言って笑おうとした。でも至近にある彼の顔は怖いほど真剣だった。真剣すぎて、付け足すことも笑うことができない。
ナイローグは私の目を覗き込むように見つめてくる。
「悪いか?」
「……悪くはない、です」
笑みの欠片もない顔の迫力に、私は思わずうなずいた。
でもしかし、どうしても首を傾げたくなる。……今の話は、今回の設定の話だよね?
私の頭はまだ彼の手で固定していて、やはり首を傾げることはできなかった。
ほとんど動けない中で、ナイローグの顔がまた近づいた。
また額にこつんとくるのかと身構えた。でも触れたのは鼻の先。彼のすっきりとした鼻の先が、私の鼻の先に触れている。
額こつんも近かったけれど、これは、ちょっと近すぎない?
ようやくそう気づいたとき、彼は深いため息をついた。私の唇に彼のため息がふわりと触れた。そしていったん顔が離れたかと思うと、額に柔らかいものが触れた。
「……どうやったら、お前を野放しにせずにすむのだろうな」
「ナイローグ?」
額に触れたまま、彼は囁く。それがくすぐったくて、私は彼の手から逃げようと身じろぎした。
無駄なあがきかと思ったけれど、意外にもするりと抜け出せた。恐る恐る顔を上げると、間近に端正な顔があった。
目が合うと、彼はわずかに笑い、頭から手を離してくれた。
でもほっとする間もなく、その両手は私の脇に差し込まれ、まるで幼い子供のように軽々と持ち上げられた。
「な、何をするの!」
「先に戻る」
「はいはい。俺たちは精一杯ゆっくり後を追わせていただきますね」
肩に載せられた私の抗議を無視し、彼は部下たちに声をかけた。
グライトンの騎士たちは当たり前の命令を受けたような反応だ。それに私にまで温かい笑顔を向けてくれる。
うっかりしていた。
二人だけで長々と話していれば、周囲にとっては、こっそりしっかり注目しろというようなものじゃないか。
私としたことが、周囲の目を忘れていた。ナイローグ相手と油断して、年頃の娘の自覚がどこかに行ってしまったようだ。
「いやー、お熱いっすね」
ナイローグのマントを拾ってくれた軽そうな騎士は、にやにや笑っている。
……騎士さん、全然熱くないですよ。
色々な意味でむしろ寒い。いきなり何か妙な設定になっているし、ナイローグに捕まって魔王になってもいないのに廃業危機だし、考えたくないことばかりだ。
頭の中はパニックだ。
そんな私は、子供のように左手だけで抱えられた。
ヘイン兄さんに抱き上げられて以来の慣れない高さに、思わず彼の頭にしがみつく。
でも不安定さはない。小柄とは言え、大人の女性なのだからそれなりの体重のはずなのに。さすがは最強の名が高いグライトンの騎士だ。
……いや、そんなところで感心している場合ではなかった!
不幸な事に、大股で歩く彼に無責任な声援を送る騎士たちはいても、止めようとする存在はいなかった。私はあっという間に馬の背に乗せられ、ナイローグも私の後ろに乗る。
鍛え抜いた腕が私の逃亡を防ぐように手綱をとり、軽く馬を走らせた。
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