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九章 十八歳の激動
(56)お前はかわいいな
しおりを挟む落ち込みかけた私は、あえて明るい口調で別の事を言った。
「私は魔王の第一の部下の『魔王の侍女』だよ。侵入者に対応するのは私だから、それなりの格が必要だと大盤振る舞いしてくれたんだ」
「ふん。セクハラ屑野郎ながら、方向性は間違っていなかったのだな」
「……本来のあの方は悪くなかったんだ。いろんなところから門前払いされた末に拾ってくれた人だけど、あの時は純粋に私の実力を認めてくれたんだよ……少なくともあの時は」
明るく言いたかったけれど、結局私はうつむいてしまった。
小娘というか、子供のような容姿の私は、どこへいっても門前払いされていた。ハゲ魔王だけが魔力を見てくれて、私の魔法の威力に驚きつつ認めてくれた。
初めて認められて頑張ったのに、結局、愛人候補になってしまった。そう思うと悔しく悲しい。
「まさか愛人候補になっていたなんて……しかも、あいつがロリコンということも気づかなかったよ」
思わずため息をついて空になった木杯をさわっていると、大きな手によって取り上げられた。
目を上げると、すぐ近くにナイローグの顔があった。
気配を感じなかった私は、思わず身を後ろにそらす。彼は追いかけるように身を乗り出してきた。
「……今、変なことを言ったな」
「変なこと? 愛人候補?」
「いや、それは正しいと思うが……」
言い淀んだナイローグは、眉を顰めている。眉間のしわがはっきり見えるのは、顔が近いせいだ。
ヘイン兄さんとナイローグは年が近かったから、私より十歳は年上だ。
十歳上か十一歳上か、実は正確には知らないけれど、どちらにしろ三十が近い。年齢だけを見ればほとんどオジサンと言ってもいい。
でも彼の顔は、あいかわらずきれいに整っている。
その顔がさらに近寄る。
一瞬息を止めてしまった私の額に、こつんと彼の額があたった。
「おまえの結界は本当に見事だった。我々はグライトンの最精鋭だぞ。それを引っ張り出すなんて、本当に滅多にないことなんだ。そのくらい圧倒的な魔力を持つおまえを雇わなかった悪人どもは、はっきり言って見る目がない。……それはそれで、俺にとってはありがたかったがな」
ナイローグは額を合わせたまま笑う。
昔から知っている、優しいお兄ちゃんの顔だ。
でも昔のままの彼ではない。間近でみる顔には目尻に薄い笑い皺が少しあるし、それ以上に目立たない傷跡がいくつもある。
顔に傷を負うなんて、私が想像していた以上に厳しい戦闘をくぐり抜けてきたようだ。
私はナイローグに純粋な敬意を抱いた。魔王と騎士団とは相入れない存在だけれど、敬意を払うに値する。……そう思ったのに。
「それより、おまえはかわいいとは思うが、あの男はロリコンではないと思うぞ」
「……は?」
とても真面目な顔で、何を言い出したのか。
話の流れが読めない私を無視して、ナイローグは言葉を続けた。
「そのドレスはあの男の希望なのだろう? ならばロリコンではないな」
「えー、でも、こんな子供っぽい姿にセクハラするなんて、ロリコンでしょう?」
「……シヴィル、鏡は見ているよな?」
「うん」
「自分の顔や姿を見て、どう思う?」
「子供っぽいなと思うよ。こんなスケている胸元って、豊満な女性なら色っぽいんだろうけど、私の場合は子供っぽさを強調しているよね。この結い上げない髪型だって、大人っぽさがない完全な子供の髪型だよ」
「……どうしてそう思うんだ。どう見てもかなり……と思うぞ」
かなり、何なのだろう?
はっきりと聞きたいのに、ナイローグは目をそらしてしまう。
でもすぐに目を戻してきた。
「まさか、お前は自分を子供っぽいと思っているのか?」
「それ以外にどう思えと? ナイローグだってかわいいと言ったじゃないか」
「それはお前がまだ若いから……いや待て、お前にとって美人とはどんな顔なんだ?」
「母さんみたいに、スッとしてくっきりしてすらっとして、出るところが出ている人。ヘイン兄さんが女だったら、絶世の美女だよね」
「変な話をするなよ。考えるだけで気持ち悪い。それにお前は童顔ではあるが、子供っぽくはないぞ。一般的に言っても、あいつの女版よりお前の方が美人だ」
「え……っ?」
びっくりするほど聞き慣れない褒め方をされてしまった。
私が目を丸くしていると、ナイローグはなぜかため息をつき、呆れたように顔を離す。そして髪を結い上げずにそのまま垂らしている私の頭を乱暴に撫でた。
「本当に……お前はかわいいな」
「やめてよ! 髪がもつれたら後が大変なんだよ! 昔より長いんだから!」
「確かに美しい銀髪だな。切らないでいてくれて本当に良かった」
「本当は邪魔だったから切りたかったんだけど、さすがに母さんが怖くて……」
「うん、エイヴィーおばさんが口煩い人でよかったよ」
なぜかほっとしたようにつぶやいたナイローグは、今度は両手でぐしゃぐしゃと頭をなで始めた。
「な、何するんだよ!」
「あらかじめ言っておくが」
その言葉と同時に、髪を乱していた手が止まる。
でも私の頭から離れる気配はない。それが多少気になったけれど、いつもより真剣な顔をしているからきっと重要なことを言うのだろうと思い、黙って続きを待った。
「お前は俺の幼なじみで、魔王にさらわれた悲劇の美女だ」
……美女?
しかも悲劇って、なんだそれ?
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