無自覚少女は夢をあきらめない 〜鏡を見ろ? 何を言われても魔王を目指して頑張ります!〜

ナナカ

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九章 十八歳の激動

(59)肩書き

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 十八歳の私は、年齢的には立派な大人だ。同年代の友人たちは、だいたい結婚して子供がいる。
 でも魔王への夢一筋だった私は、色恋からは遠かった。異性と接近することだって滅多になかったから、こういう体温を感じるほどの距離は慣れていない。
 ……そういえばハゲ魔王のセクハラ行為は、もっと密着していた。
 思い出すと奇声をあげたくなる。それを髪をかきむしるだけでぐっと堪え、私は転移魔法を行おうとした。
 突然の奇行を黙って見てくれていたナイローグは、背後で笑ったようだ。でも笑いの気配はすぐに消えて、長いため息が聞こえた。

「なあ、シヴィル。お前は……俺の肩書きを知っているか?」
「え? ナイローグの肩書き?」
「一般には、黒将軍と呼ばれているらしい」
「へぇ、黒将軍か……」

 その呼称は知っている。
 公式にそういう役職があるわけではない。完全な通称だ。
 剣を取れば戦場で敵兵の死体の山を築き、騎士団を率いれば隙のない用兵で敵対勢力を蹴散らす指揮官だから、無敗の黒将軍と呼ばれている。
 一番有名なのは数年前の南部国境での戦闘で、大抜擢で将軍待遇となって凄まじい戦績をあげたと聞いた。似姿を買い集めていた町のお姉さん方が、そんなことを言って騒いでいた。
 髪が黒くて、甘い容姿で、その上庶民出身ということで女性だけでなく男性にも人気があるとかなんとか。
 それに確か黒将軍とは、悪人も黙るグライトン騎士団長の別称のはずだ。
 なるほど、噂に聞く黒将軍さまの容姿は、ナイローグと完全に合致している。
 怯えて損をした。……いや、問題はそこじゃなかった!

「えっ? 黒将軍ということは……まさかナイローグって、グライトン騎士団の団長なのっ?」

 信じられない、とつぶやいていると、ナイローグはため息を吐いたようだった。

「おまえだって王家の血を引いているじゃないか。それなのにおまえは魔王になるなんて言い出したからな。陛下の周辺がどれだけ青ざめたかわかるか?」

 うん、そうだね。確かに青ざめるよね。普通は。
 私は引きつった顔で笑ってしまった。

「おまえの守護を命じられていた人間は、それぞれの道で出世しなければならなくなったんだ。俺は平民出身だから普通の警護職だけのつもりだったんだが、そんなことは言っていられなくなったんだぞ。幸いグライトン騎士団で出世できたから、おまえが何かやっても揉み消せる程度にはなった。だから今回も、俺の許嫁と言うことで身元を引き受ける」
「うん……いろいろごめんなさい」

 さすがに非常にまずいことになりかねなかったとわかって、私は素直に謝った。
 どうやら幼き日の発言は、ナイローグの人生設計を崩してしまったらしい。申し訳ない限りだ。
 自己嫌悪に近い感情が湧き上がり、私はどんよりと暗いため息をついた。
 ナイローグはそれ以上何も言わなかった。何も言わないまま、手綱を持つ手を少し動かして馬の速度を調整する。その指示通り、馬はさらにゆったりとした歩みとなっていた。
 この速さなら、馬を歩かせながらでも転移の術をかけることができるだろう。もう頭がいっぱいになりすぎたから、とりあえず都に移動しよう。疲れた。もう休みたい。
 どっと疲れが出てきた私は、指先で虚空に転移用魔法陣を描き始めた。
 
「シヴィル」

 転移術のためにくるくると指を動かしていると、ナイローグが私の名前を呼んだ。

「何? 転移なら、あともう少しだよ」
「……おまえは王家の血を引く姫だ。お前がどう育っていようと、何も望まなくても、これだけは覆らない」

 何だか硬い口調だ。いつにない雰囲気に私が見上げると、彼は苦笑いをしていた。

「王家に関わる事情があるから、魔王だけは諦めてくれ。そのかわりと言ってはなんだが……お前が望むなら魔力を振るえる地位を用意してもいい」
「……それってどんなの?」
「グライトン騎士団付きの魔女だ」
「騎士団付きの、魔女?」

 何だ、その肩書きは。聞いたことがない。
 私が無言のまま先を促すと、ナイローグはなんだか重そうな口を開いた。

「かつて、騎士団創立の時にいたという記録がある。魔族に対抗するためだったらしいが、ようするに、実戦向けの魔法使いだ」

 ……実戦向け。いい響きだ。
 思いがけない提案だったけれど、私はちょっと興味が出てきた。
 たぶん、顔にそんな思いは出ているのだろう。ナイローグは少し呆れたような顔をしながら続けてくれた。

「おまえも知っているだろうが、グライトン騎士団は国王陛下の私兵だ。実力だけが重要視されるから、宮廷魔術師のような形式美も学歴もいらない。単純に強ければいい。おまえの魔力なら、副団長と同等の格と地位を与えても誰も文句は言わない。何よりお前は野生児だから、実戦に出ても足を引っ張ることのない貴重な人材となるだろう」
「うん、まあ、確かに魔法使いさんって体力ないよね。魔道学院は魔獣飼育の実技くらい入れるべきだと思うよ」
「……その件は宮廷魔法使い殿に提案しておこう。それより今はお前の話だ。騎士団付き魔女を望むなら、当面は俺が身元引受人になっておくぞ。そういう可能性も考えて、俺の許嫁ということにしているんだからな」

 ようするに、魔王の部下としてやっていたことを、今度はグライトン騎士団でやるということだろうか。華麗すぎる転職だ。
 ……うん、悪くない。
 ずいぶん前に魔力の強さを売りにする職業があるといっていたけれど、もしかしてそれのことなのだろうか。
 そう思いつつ、私はそっと首を振った。

「でも何と言うか、いくらナイローグが騎士団長様と言っても、そこまで迷惑をかけてしまうのは、ちょっとダメなんじゃないかと思うんだよね」
「……迷惑にはならない。俺にも利があるぞ」

 前を見ていたナイローグは、なぜかここで言い淀んだ。
 手綱を取る手が、落ち着きなく握ったり開いたりしていた。口を開いて何か言おうとしていたが、なかなか言葉にならないようだ。
 珍しい姿だ。
 思わず興味津々で見上げていると、ふうっと息を吐いて手綱から離した左手が黒い髪をかき乱した。

「……つまりだな。俺はおまえをそばに置きたいんだ」
「なんで?」
「なんでって、それは……だから、その……俺の近くにいるのは嫌か?」

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