無自覚少女は夢をあきらめない 〜鏡を見ろ? 何を言われても魔王を目指して頑張ります!〜

ナナカ

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九章 十八歳の激動

(61)夢の実現

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 幼い頃の私の夢。
 それは魔王になること。
 魔力という私の特性を生かし、へイン兄さんやナイローグをひれ伏させる存在になること。

 そういう意味では、ナイローグが私の前に片膝をついているこの状況は夢の実現だ。
 ……一応、夢の実現ではあるんだけれど。
 やっと母さんの説教から解放されて、懐かしい丘の上に逃げてきたと思ったら、これだ。いったい何が起こったのだろう。

「……えーっと、ナイローグ?」
「シヴィル・マデリアナ・アイシャー姫。あなたの手を取る栄誉をお与えください」
「ど、どうしたんだよ、ナイローグ! 手なんていつでも触っていいよ!」

 今日知ったばかりの自分のフルネームを初めて呼ばれ、私は動揺のあまり、お世辞にも姫らしくない言葉を口にした。
 でもナイローグの端正な顔はにこりともしない。恐ろしいほど真剣な顔で私の手を取り、跪いたまま手の甲に顔を寄せる。
 驚いて手を引っ込めようとしたけれど、グライトン騎士団団長さまの腕力に勝てるわけもなく、私は挙動不審なまま、手の甲にかすかに触れるだけの口付けを受けてしまった。
 それだけでも頭が真っ白になるのに、鮮やかな青いマントと黒い制服を着たナイローグは、片膝をついたまま私を見上げた。口付けを受けた手は、今なお彼の大きな両手に包まれていた。

「過去、現在、未来の我が武勲と地位、そして生命を全てあなたに捧げます」
「そ、そんなもの私に捧げないでよ!」
「太陽が砕け、月が消え、星が燃え尽きることがあろうとも、私の愛は永遠にあなたのものであり続けるでしょう」
「え、なにそれ? どういうこと? というか、私が独占なんて絶対にダメだと思うけど!」
「……シヴィル。これは定型文なんだから、大人しく聞いてくれ」
「定型文? よくわからないけど、単純明快な言い方をしてよ」
「つまりだな、わかりやすく言えば……結婚して欲しいということだ」

 ため息混じりの言葉に、私は思わず動きを止めてナイローグを見た。
 ナイローグは私をじっと見上げている。背の高い彼を見下ろすという感覚は素晴らしいけれど、今の言葉は……いやまさか……。

「いやいや、いきなり何を言っているんだよ!」
「……シヴィル、聞いていなかったのか? おまえはグライトン騎士団団長の許嫁として紹介されるんだ。形式だけと言っても許嫁だから、手順はきちんと踏めとエイヴィーおばさんに釘を刺されていただろう?」
「あ、ああ、そういえばそうだった。魔女として雇ってもらうんだった。……でもナイローグにいきなりこんなことされたら驚くよ」

 やっと話が見えてきて、私はほっと息をつく。
 でもナイローグは一瞬だけ言葉に詰まったように見えた。
 どうしたのだろう。どうしてそんなに傷ついたような顔をしているのだろう。

「……そんなに驚くような話だったか?」
「それはそうでしょう? だって子守りをしてくれた人からそんなこと言われるなんて、普通は考えないよ。ナイローグは慣れているかもしれないけど、私は色恋なんて全然縁がなかったんだし!」
「そうだな、普通はあり得ないか」

 ナイローグは目を伏せた。
 顔まで伏せたから、どんな表情かわからなくなった。
 でも私の手はまだナイローグに握りこまれていて、私は非常に落ち着かない。

「ね、ねえ、ナイローグ。そろそろ手を……」
「……あり得ないよな。あいつの妹で、子守もやった相手に何をやっているんだろうな。俺は農夫の子でしかないのに、何を高望みしているんだろうな」

 独り言なのか、ナイローグの発音がランダル風になっている。昔に戻ったようで私はなんだか嬉しくなる。
 でもナイローグは疲れたようなため息をついた。

「ナイローグ?」
「……俺だって、こんなことは初めてしているんだ。最初で最後のことだから、最後までさせてくれ」
「あ、あのさ、こういうことは本当に大切な人にするべきだよ。ごめん、やっぱりナイローグに迷惑かかりすぎだね」
「やりたくてやっているんだ。よく考えてみろ。王家に連なる麗しき姫君と、形式だけでも婚約できるんだぞ? 騎士としては一生の誉れ。一度は夢見ることだ」

 私が一人で混乱しながら謝っていると、ナイローグは真面目な表情をわずかに崩し、見慣れた笑みを浮かべた。

「それに、お前を野放しにしないためなら、俺は何でもするぞ」
「野放しって、私は猛獣じゃないよ!」
「似たようなものじゃないか。とんでもない魔力を持っていて、少しも大人しくしていない。目を離すとすぐに逃げてしまうし、次に何をやり始めるか予想ができない。……情けないが、お前の行方がつかめなかった間、気になって仕事が手に付かなくなっていたんだ。だから……お前は自由に生きていいから、せめて近くにいてくれ。俺相手ではそんな気になれないのはわかっている。だから、形だけでいい。俺のそばにいてくれ」

 ナイローグから笑みが消え、片膝をついたまま私を見上げる。
 どうして、あんな真剣な目をしているのだろう。どうしてあんな……悟り切った顔をしているのだろう。
 やっぱりナイローグの人生にとって、私と形式上だけでも婚約なんて、汚点になってしまったのだろうか。私はそこまで迷惑をかけたくはなかったのに。

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