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カボルト伯爵家の婚約者 【過去】
(15)運命の真相
しおりを挟むあくまで表向きには伏せられていたフィオナの五回目の婚約は、また幻となった。
カボルト伯爵からは正式に銀鉱山の六割の利益の譲渡を約束する書状が届き、きちんと姉フィオナ名義になっていることを見てシリルは少し満足した。
しかし、その一ヶ月後。
フィオナの婚約者だったアロンの婚約が発表され、カーバイン公爵一家は居間に集まって無言でお茶を飲んでいた。
最初に口を開いたのは、そろそろお茶を飲み飽きたシリルだった。
「……アロンの恋の相手がホルバス伯爵家の令嬢だなんて、ちょっとできすぎているよね?」
できすぎている。
その言葉がしっくりきて、フィオナは弟の語彙力に感心した。
「シリルは本当に賢いわね。言葉の選び方が上手だわ」
「いやいや、姉さん、そう言う問題じゃないからね。我がカーバイン公爵家より、商売上に有益な相手を選んだとしか思えないんだけど!」
「でも、運命の出会いをしたんでしょう?」
「こんな都合のいい運命があるのなら、政略結婚なんて存在しないからっ!」
シリルは美しいプラチナブロンドをかき乱し、立ち上がって部屋の中を歩き回った。
「カボルト家は織物業に力を入れ始めている。それは知っていたけど、絹生産で伸びているホルバス家と縁組したら、絶対に絹織物に手を伸ばすよね? そりゃあ銀鉱山の権利を六割くれるはずだよ。手切金と考えると、特別に高くはないからねっ!」
「でも、アロン様は恋をして……」
「恋でもなんでも、なんでよりによって、ホルバス家の令嬢と出会うんだって話だよ! 南部のホルバス家は王都に滅多に来ないんだよ!?」
弟の珍しく激しい言葉に、フィオナは黙り込む。
その出来すぎた「偶然」については、シリルの指摘の前から気付いてはいた。
父はどう思っているのだろうとそっと見てみたが、カーバイン公爵は美味そうにケーキを食べているところだった。非常に満足そうな顔は、娘の視線に気づいて慌てて引き締められたが、ケーキを食べる手は止まらない。
フィオナに向き直ったのは、ケーキを食べ終わってからだった。
「あー、つまりだな。どうやら、誰かがホルバス家をカボルト家に引き合わせたようだな。私が感知できなかったから、よほどの手練れなのだろう」
「父上! 感心している場合ですか?!」
「だが、感心してしまうぞ。シリルも把握していなかったのだろう?」
「それは……そうですが……しかしっ!」
「……実はね、ちょっと不思議な話を聞きましたのよ」
カーバイン公爵とシリルのやり取りに、のんびりとお茶を飲んでいた公爵夫人エミリアがそっと声をかけた。
父と息子は、口を閉じてエミリアの言葉を待つ。
美しい公爵夫人は、フィオナにチラリと目を向けてからため息をついた。
「二ヶ月ほど前に、カボルト伯爵邸にちょっと変わった訪問者があったそうなの」
「……二ヶ月前?」
低くつぶやいたカーバイン公爵が表情を消した。
シリルも眉を潜めている。
でもフィオナとしては、なぜそんな情報を母が持っているのかが不思議だった。相変わらず不思議な情報網を独自に持っているなと感心していると、公爵夫人はまたため息をついた。
「訪問者は、黒髪の殿方だったらしいのよね」
「……黒髪、というと誰かな」
「何人か心当たりはありますが、しかしそれの何処か不思議なのでしょう?」
頭脳派な父子は、エミリアの情報を凄まじい速さで分析しているようだ。顔も極めて真剣になっているし、エメラルドグリーンの目も冷ややかに輝いている。
夫と息子の視線を受けたエミリアは、ほうっとため息をついてから言葉をつづけた。
「それがね、その黒髪の殿方は馬に乗ってやってきたそうなのよ。それだけなら、軍部の方ならそうするかなと思うでしょう? だからあまり気にしなかったのよね。でも……よく聞いてみたら、その黒髪の殿方は馬車と同行していたらしいのよ」
「……その馬車に、ホルバス家の人間が……?」
「まさか」
「でもそれしか考えられませんわよ。もともと、ローグラン侯爵は武人だったそうでしょう? 馬車での行き来を嫌って、馬に乗っているのだろうと誰も気にしなかったらしいわ」
「……ローグラン侯爵っ!?」
カーバイン公爵が立ち上がった。
シリルも目を大きくしている。
そして……フィオナも手に持っていたお茶のカップをテーブルに戻した。
「お父様。ローグラン侯爵の動きは把握していましたか?」
「一応は把握しているぞ。……だが、あの男は確かに動きを押さえにくい。軍人に紛れてしまったら見分けがつかないというか……」
「えっ、でもローグラン侯爵がなぜそんなことをするのでしょう。利益はありますか?」
「……仲介料は莫大になるだろうな」
「そんなことで?!」
「だが、シリルでも引き受けるだろう?」
「それは……いや、でも……」
シリルは正直に口籠る。
フィオナがふうっとため息をついた。
「お父様。問題はそこではありません」
「え、そうか?」
「ローグラン侯爵は、以前も私の婚約解消に関わっていました」
「ああ、まあそういえば……そうなのか?!」
「ええっ!? あの人、そういうことやっちゃう人だったの!?」
「もう一度、よく調べ直してください。ローグラン侯爵がフォルマイズ辺境伯家を探った経緯などを」
「……わかった。だが……」
厳しい顔をしていたカーバイン公爵は、ふと表情を緩めた。
エメラルドグリーンの目は澄み切っていて、子供がおもちゃを見つけた時のように楽しそうに輝いていた。
「我らを出し抜いたのなら、あの男、極めて優秀だな!」
「それは、まあ認めないわけでは……って、父上、そう言う話じゃないですよね?!」
シリルは一瞬頷きそうになった自分を責めるように、また髪をかき乱していた。
そしてフィオナは……極めて珍しい事に、感情的に唇を歪めた。
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