浮気してるくせに、旦那様は私を逃してはくれない。

既に、外堀を埋められていた。

エレナは元々、子爵家の長女であった。

エレナの実家は貴族ではあるが、使用人も他の貴族達のように雇える金もなく、エレナは自分の事は自分で出来る19歳だ。
19歳で婚約すらしていないエレナは、一般貴族から見れば嫁ぎおくれとも言われてしまうかもしれないが、エレナはまだ結婚する気はなかった。

小さな小さな領地を父は任されており、顔馴染みの農民達と泥だらけになりながら、畑を耕すのがエレナは嫌いではないし、領地の皆エレナに優しくお昼の休憩にはこぞって自慢の料理をエレナやエレナの家族にふるってくれる。

エレナの周りは優しい人で溢れており、それは勿論エレナの家族だって例外ではなく、父も母も弟も二人の妹も皆優しい心を持っているのだ。

エレナの父が納める領地の民は、殆どお金に余裕がない者ばかりで、エレナの父は優しすぎるが故に税を下げ、それでも税が払えない物には、畑で採れた野菜等でも構わないと言ってあげ、更には肩代わりすらしてあげ、エレナの実家はとても貧しかったが、エレナは今の暮らしが嫌いではなかった。

裕福ではないが、何とか食べてはいける。
キラキラと豪華なドレスを着たいとも思わなければ、土で汚れてしまった手も、仕事を頑張った手だ！と思えば嫌ではない。
それでも、弟にきちんとした教育をさせてあげたい。
可愛い妹二人に流行遅れのドレスや安い生地のドレスを着させたくはないし、将来困る事なく、嫁がせてあげたい。

エレナが一人いなくなれば、食いっぷちも減るし、エレナが働いて家にお金を送れば、家は今よりも楽になるだろうとの考えで、実家を出て、職についたのである。

そんなエレナが働き出してはや数ヶ月。
エレナが働き出した屋敷の主人あるじは、鼻歌を歌いながら部屋を掃除するエレナの前に来たかと思えば、足を降りエレナに唐突に言うた。

「エレナ・リルテッドになっては頂けないだろうか？」

昼下がり、屋敷の主人あるじは余りにもいきなりのプロポーズをした。

「、、はいっ？？」

今まで主人あるじとそのような関係になった事など一度もない。
何なら、世間話を偶にするくらいしか無い相手にいきなりプロポーズをされれば、エレナの口から素っ頓狂な声が出てしまう事は致し方ない事である。

美しい銀の髪を揺らしながら、少し耳と頬を赤らめ、エレナの返事を今か今かと待つ主人あるじを見て、エレナはもう一度「はいっ？」と言うしかなかった。

主人あるじは、エレナの返事に一度首を傾げ、聞こえなかったと思ったのかもう一度「エレナ・リルテッドになっては頂けないだろうか？」と言った後、ゴソゴソとポケットをいじったかと思えば、自分の瞳と同じ色をした、青い小さな宝石のついた指輪をそっとエレナの前に出して来た。

違う、、そうではない。
エレナの耳にはきちんと、何なら嫌な程に聞こえている。

屋敷の主人あるじはとっても素敵な人だ。
屋敷で働く侍女仲間がよくキャアキャア言っているのも聞くし、婚約をして欲しいと色々な貴族から沢山の写真が届いているのを知っている。

エレナが働いている屋敷の主人あるじ、アラン・リルテッドを知らぬ者はきっといないだろうと言われている程有名な人である。

有名なのは、アラン・リルテッドが侯爵と言う高位の身分を持っていると言うこともあるが、一番はアラン・リルテッドはこの国で数少ない魔導士のうちの一人であるからであった。

魔法が使える者は、とても重宝され、魔法が使えれば平民、貴族に関わらずその力と引き換えに、豊かな暮らしを与えられる。

アラン・リルテッドは魔導士の中でも更に貴重な魔法が使え、生まれつき高位の貴族であり、容姿は同じ人間か？と思う程に美しい。

だからこそ、エレナにはそんな人物からプロポーズをされている意味が余計にわからなく、膝を折ったままエレナを見上げる美しい顔立ちの男を見たまま、どうしたらいいかわからずにいた。