浮気された話。

ネギマ

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足りないなにか

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俺は今、エイジに紹介されたあいつの弟らしい、シュンと共に駅前に買い物に来ていた。
何故初対面の彼と買い物に来ているのかというと、端的に言えば、彼に強引に連れ出されたからだ。おそらく彼なりに、泣いている俺を元気づけようとしてくれているのだろう。エイジはめちゃくちゃ止めてたけど。

「あっ、見てコウタさん、これめちゃくちゃコウタさんに似てる」

そう言って見せてきたのは、困り顔をした猫のぬいぐるみ。俺、こんな顔してるだろうか。

「似てないと思う」
「えぇ!?似てるよー、ほらよく見て?この情けない顔!」
「情けないって、失礼な……」

励まし方が下手だなぁ。
それに比べ、付き合う前や付き合い始めた頃の彼は俺を元気付けるの、上手かったな。落ち込んでいたらすぐに気付いて、励ましてくれたり、俺の好きな料理作ってくれたり。
……ダメだ、気を抜いたら思い出してしまう。
頭を振りあいつを追い出し、たくさん喋るショウの言葉に相槌をうちながら歩いていると突然、腕をぐっと引っ張られた。

「コウタさん!」
「ッ!」

振り向くとそこには、息を切らしたシュンがいた。

「あれ、兄ちゃん?」
「……なんでショウといるの」

腕を強く掴まれ、痛みに顔を歪める。振り払おうとしたが、俺の力ではビクともしなかった。

「は、離して……!」
「嫌だ。話聞いてくれるまで絶対離さないから」

そんな必死な姿、付き合ってる時でさえ見せてくれなかったのに。

「コウタさん、俺——」
「シュン!待ってよ!」

シュンの後ろから女性が駆けてきて、腕に抱き着く。
声に聞き覚えがあった。シュンが昨日、一緒にいた女の声だ。
こいつ、この期に及んで……!

「お前、よく俺に声かけられたな」
「! ちがう!こいつは——」
「うるさい離せよ!もう何も聞きたくない!」

ぶんぶん腕を振るが離してくれない。それどころか、腕を掴む強さがつよくなるだけだ。

「ッ…あぁもう!コウタさんうち来て、埒が明かない!」
「いやだってば、離せよバカ!もうお前と話すことなんか何もない!」

シュンが俺を引きずるように引っ張っていく。
いやだ、いやだ。このままだと何も変われない。ただ流されてこいつのために時間を浪費するだけだ。
どうにかして腕を解こうとするががっしり掴んでいて離れる気配はない。
本気なのだろうか。シュンは本気で俺を引き留めようとしているのだろうか。別れたくないというあの言葉は、心からの言葉なのだろうか。
どこかで揺れている自分がいる。このままやり直せるんじゃないかって。
でも、でも……。
からだをぐいっと後ろに引っ張られ、今まで離れなかったシュンの手が離れていく。
俺は、誰かに抱き止められていた。

「兄ちゃん乱暴はダメだよ。コウタさん嫌がってる」

頭上からショウの声がする。どうやらショウが俺を引っ張り抱きとめたらしい。場違いにも、シュンとはまた違った細いだけじゃない少しガッシリした腕にドキリとした。

「ショウ!邪魔するな!」
「邪魔じゃなくて仲裁。ふたりとも一回頭冷やせば?ほら、行こうコウタさん」

くるっと反対を向いたショウが俺の背中を押して歩いていく。

「コウタさん!」
「シュンってば!なんで急に——」

あいつと、あの女の言い合うような声が遠くからする。そしてまた俺の名前を呼んだ声が聞こえたから振り返りかけたら、ショウが更にぐっと俺の背中を押した。

「振り向いちゃダメ」
「……うん」

しばらく歩いた所で、ショウは俺から手を離した。

「コウタさんさ、兄ちゃんと付き合ってるの?」

そりゃ、あの雰囲気を見れば当然勘づくよな。
ショウを振り返ると、彼は普段通りの顔をしていた。

「……付き合ってた、かな」
「あーなるほど。大方兄ちゃんがあの一緒にいた女と浮気したんだろ?それでケンカして、修羅場ってると。コウタさんが泣いてたのもそれが理由ってわけかー」

ものすごく簡潔にまとめられてしまったが要はそういう事だ。小さく頷くと、ショウはうーんと少し考える素振りを見せた。

「あのさぁ、ちょっとギモンなんだけど、なんでコウタさんはそんなに怒ってるの?」
「……は?」
「俺の前の彼女も、俺がセフレと会ってたらすっごい怒って浮気だーってひっぱたかれたんだよ」

叩くのはひどいよねー、なんて言う彼を唖然と見つめる。
彼女がいたのにも関わらずセフレと会う。浮気以外の何物でもないその行為に、怒らない人間はいないとでも思っているのか、こいつは。

「コウタさんも、浮気されて怒ってるんだよね。俺にはその感覚わかんないんだよ。別にいいじゃん、何が不満なの?」
「…………付き合ってるからだよ」
「?」
「お互いが好きで付き合ってる間は、お互いが特別な存在なんだ。恋人には自分だけを見ていてほしい、だって好きだから」

付き合ってるのは自分のはずなのに、相手が他の人と会って、恋人とするような事をしていたら、そんなの普通の感覚の人なら怒るに決まってる。
この兄弟は、そういう倫理観が欠如しているのだろうか。

「えぇ?頭かたくない?もっと楽しめばいいのに」
「……少なくとも俺は、好きな人がいるのに、好きでもない人とデートしたりキスしたりはできない。そんな器用な人間じゃないし、ましてや楽しむなんてことも、できるわけない」

君と一緒にしないでくれ。
そう言ってショウに背中を向け歩き出す。
ふと、先程シュンに掴まれた腕を見ると、彼の手形が俺の肌に残っていた。
痛くはない。
けれど、その跡は確実に、俺を蝕んでいっている。
その感覚が怖くて、俺はそれから目を逸らした。
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