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異変に気が付いたのは2ヵ月程前、失くしたと思っていたシャーペンが筆箱の中から見つかった時のこと。
そのシャーペンは、大学進学を機にひとり暮らしする為に実家を出る前、年の離れた妹からプレゼントされた俺の大切なものだった。
筆箱からそれがなくなった時、鞄の中や部屋中探し回ったが見つからずとても落ち込んでいた。しかし数日後、ずっとそこに入っていたかのように、筆箱からシャーペンが出てきたのだ。
おかしい。すぐにそう思った。
だって筆箱の中身を全て出してまで探して見つからなかったのに、こんなに普通に出てくるわけがない。
そこで、そういえばと思い出した。前にもこんなことがあったと。その時は消しゴムがなくなって、また買えばいいや、なんて思ってろくに探しもせず新しいのを買った数日後、筆箱の中から出てきた。
消しゴムだけじゃない、確かシャー芯ケースもそうだった。
頭の中に“ストーカー”という文字が浮かんだがすぐに打ち消す。
そもそも、失くしたと思っていたのも気のせいだった説もある。消しゴムやシャー芯ケースは、ろくに探さなかったからもしかしたら筆箱の奥底にあったのを見逃したのかも。シャーペンだって、その可能性はある。もしくは俺は嫌がらせをうけているのかもしれない。誰かから恨みを買ってしまい、復讐として物を盗られているのかも。それなら仕方ない。
そういう考えで自分を納得させて、筆箱や鞄の中から物が消えては戻ってきても、決してストーカー被害にあっているわけではないとしばらく過ごしていたのだが……。
今日遂に、バイトから帰ったら宛名のない小さめのダンボール箱が玄関先に置いてあった。
一瞬荷物の置き配かとも思ったが、ここ最近通販で購入したものはないし、そのダンボール箱には宛名がなかった。
ということは、誰かが意図的にここに置いたということ。
とりあえず足で触ってみたところ重い感じはしない。たぶん、爆弾とかでもないと思う。
得体の知れないものを家には入れたくないから、持っていたハサミでガムテーの封を切り開けると、そこに入っていたのは布だった。おそるおそる手に取り、広げてみる。
「パンツ……?」
しかも、俺が使っているものと同じ柄だ。
確かこのパンツは昨日洗濯機をまわして洗濯したはず——……いや、待て、干した衣類の中に、このパンツはあっただろうか。干した覚えが、ない。
ということは、このパンツは俺の?
もし、本当に俺のものだったとしたら、これは俺の部屋からとられたもので、つまり、とった奴は俺の部屋に入ったということに——。
ゾッとして、俺は手に持っていた物を放り投げ駆け出した。
———
「んで、どうしたんだよ上野、こんな夜中に」
そう言いながらあたたかいココアの入ったマグカップを差し出してきたのは、大学で仲良くなった友人の都倉だ。
早くあの場から離れたくて、咄嗟に駆け込んだのが仲のいい都倉の家だった。こんな夜中に押しかけても嫌な顔ひとつせず迎え入れ、更に俺の好きなココアまでいれてくれる。なんてできた友人なんだろうか。
だが、そんな友人にも、俺が現在ストーカー被害に遭っていることは言えないでいる。誰かに相談などしてしまったら、ストーカーの存在を認めて、一層意識してしまいそうだったから。それに、されてきた事を説明するのもなかなかにしんどい。
都倉からマグカップを受け取りつつ、「ちょっとなー」と笑って誤魔化す。
「バイト先でなんかあった?」
「んまぁ、そんな感じ……」
上手く誤魔化せているだろうか。昔から嘘をつくとすぐにバレたから、都倉にも気付かれているかもしれない。
……いや、実際バイト先で何かあったのは間違いではないのだから、堂々としていたらいいんだ。
実は、俺をストーカーしている奴に心当たりがある。
俺は本屋でバイトしているのだが、俺がシフトに入っている日に必ず店に来る若い男がいるのだ。いつも黒いパーカーを着てフードを被っており、悪い意味で目立っている。しかも、俺だけをじーっと見つめてくるものだから気味が悪いと思っていたのだが、そいつを大学構内で見かけた時はさすがにゾッとした。
もしかしたら、そいつが俺のストーカーなのかも知れない。
最初私物がなくなったのは大学でのことだったし、いつの間にか物が戻ってきているのに気付くのも決まって大学でだ。バイト先も特定されているのだから、当然家も知られているだろう。条件は揃いすぎている。
ゾクリと寒気がして腕をさすると、都倉は「寒い?」と心配そうにこちらを覗き込んできた。そんな都倉に笑って大丈夫と答え、その日は都倉の家に泊まらせてもらった。
———
翌日。
都倉と共に大学に行き講義を受け、その後お互いバイトがある為大学前で別れた。
都倉には、もうしばらく泊めてくれるよう頼んである。嫌な顔ひとつせずいいよと頷いてくれたあいつには、本当に頭が上がらない。
でも、このまま何も言わずに匿い続けてもらうのも申し訳ないし、ストーカー相手が男となると、ひとりじゃどうにもできないかも知れない。
腹を決めて、都倉に相談しようか……。
もんもんと考えながらバイトの業務に勤しんでいると、自動ドアを潜って、例のあいつがやってきた。
相変わらずの黒のパーカーに、フードをかぶっている。
そして、ぱちっと目が合った。その逃がさないとでも言いたげな目つきに背筋がぞわりと粟立ち、顔を背ける。
丁度レジのヘルプに呼ばれたからその場を逃げるように離れたのだが、暫くして、その男が俺の打つレジにやって来た。
ドクドク、心臓が嫌な音を立て始める。
いや大丈夫、こんな公衆の面前で何かをしてくるなんて考えにくい。大丈夫、落ち着け。
小さく息を吐いて、カウンターに置かれたマンガの新刊2冊のバーコードを読み込んでいく。お金を受け取って商品を袋に詰めている間、ずっと痛いくらいの視線が突き刺さっていた。
なんとか笑顔を作って商品を差し出し、やっと帰る、と心の中で安堵していたのだが、男はなかなか商品を受け取らない。不審に思って、今まで合わせようとしてなかった視線を上げると、目があった。長めの前髪から覗く茶色の瞳が、真っ直ぐ僕を射抜いている。
そういえば、この男とこんな間近で目を合わせたのは初めてかもしれない。だって、頭一個分くらいの身長差があるとか、結構顔が整ってるイケメンだとか、そういうの、今初めて知ったから。
けれど——。
「あんた、昨日家に帰ってないだろう」
耳障りのいい声が呟いた其の言葉に、思考が一気に現実に引き戻された。
そうだ。こいつは、俺をストーカーしている変態野郎だった。
確定だ、こいつがストーカーだ。じゃないと俺が昨日家に帰ってないなんて知るはずがない。
「今は家にいた方が——あ、おい!」
俺は商品を相手に押し付けるように渡し、そのままバックヤードに駆け込んだ。そこにいた店長に何事かと心配され、顔色がすこぶる悪かったからか今日は帰るよう言いつけられた。
バイト先からそそくさと離れ、誰にもつけられていないことを確認し警戒しながら、俺は都倉の家へ逃げ込んだ。都倉はまだ帰ってきていないが、スペアキーは渡されていたから問題は無い。
素早くドアと鍵をしめ、深呼吸し荒い息を整える。
けれど、手の震えが、止まらない。
指先を握り込み、とにかく落ち着こうと、勝手に風呂場を借りて少し時間をかけてシャワーを浴びた。風呂から上がり洋室に戻ると、そこにはバイトから帰ってきたであろう都倉がいた。ずっと気を張っていたからか、都倉の姿を見た瞬間ほっとして、からだの力が抜けていく。
「上野、今日は早かったんだな」
「……うん、ちょっと、体調悪くて」
「え、大丈夫なのか?もしかして、朝から?」
「いや……でも今は平気なんだ。あとごめん、勝手に風呂借りた」
「あーいいよいいよ。晩飯の前にさ、俺も風呂入ってきていい?今日バイトハードで、汗かいちゃってさ」
「うん。ゆっくり入ってこい」
さんきゅ、と笑った都倉が脱衣所に姿を消し、俺はひとりになった洋室のふたり用のソファに腰かけた。
バイト先からここに来るまで誰かにつけられている様子もなかった。万が一何かあっても、都倉がいるなら安心だ。
ふぅ、と大きく息を吐きソファに深くもたれかかる。
都倉に、言わないとだよなぁ。じゃないと、いざというときに迷惑をかけてしまうかもしれない。あいつが風呂から上がったら……いや、晩飯の後に言おう。
「おーい、上野ー!」
そう決意した時、脱衣所の方から都倉の声がして咄嗟に返事をする。
「なに!」
「ごめーん、クローゼットからジャージ持ってきてくんね?2段目に入ってる。あとバスタオルも!」
あいつ、何も持たず風呂入りに行ったのか?
わかったと返事をして、クローゼットの扉を開ける。何段か重なった衣装ケースの2段目を開けてジャージを取り出し、ケースの上に乗ったバスタオルを取った時。横にあったダンボール箱にバスタオルの端っこを引っかけてしまったのだろう、あっと思った時には既に遅く、床に落としダンボール箱の中身をぶちまけてしまった。
「うわやらかした……ごめん都倉!ダンボール落としちゃって中身……が………………え?」
脱衣所にいるであろう都倉に呼びかけながら拾った写真。そこに写っていたのは俺だった。
都倉と写真を撮ったことは何度かある。それを現像しただけだとも一瞬思った。けれど明らかに違う。だって俺が今手にしているものは、俺が自分の部屋でダラダラとスマホを見ている写真だから。
どっと、嫌な汗が吹き出る。
震える手で他の写真を手に取り見てみる。
場所は大学だったり自宅だったりバイト先だったりと様々だが、どれも俺一人しか写っておらず、明らかに盗撮と分かるものだった。
一体、どういう事なのだろう。
なぜこんな写真が、都倉の家にあるんだ。
頭の中にガンガンと警報が鳴る。本能が危険だと、知らせている。
とにかく、逃げなくちゃ。
そう思って立ち上がろうとした瞬間。
「上野」
背後から声がして、ばっと振り向く。そこには、いつもの笑顔を浮かべた都倉が立っていた。
「あーあ、こんなに散らかしちゃって」
都倉がこちらに近付く。逃げたいのに、何でだかからだに力が入らない。
その場に尻もちを着いて後ずさると、俺の前に都倉はしゃがんで一枚の写真を拾い上げた。
「これ、よく撮れてるでしょ」
そう言って俺に見せてきたのは、俺が都倉の家に泊まった際の寝ている写真。けれどただ寝ているのではなく、俺の顔に何か、白いものがかけられているもので……。その白いものの正体が何かと言われる前に思い至り、胃の中の何かがせり上がってくる感覚に襲われた。
思わず口元を覆い写真から目を逸らしたが、逸らした先にも、寝ている俺の腹に白いものがかけられた写真が落ちていた。
「……なに、これ…?」
「なにって、俺の上野コレクション」
そういう事を聞きたいんじゃない。
待ってくれ、全然理解が追いついてくれない。どういうことなんだ。なんで都倉が?ストーカーは、あいつじゃなかったのか?
「上野の私物盗んでたのは俺だよ」
「!」
「ふふ、盗まれたのに気付いた時のお前の不安そうな顔、すげーかわいかったよ」
「なに、言って……」
「けどお前、もうちょっと危機感持った方がいいぞ。盗まれて返ってきたシャーペンとかまだ使い続けてんのとかさ」
「どういう……」
「だって、私物盗んで何してたかなんて、これ見れば一発で分かるだろ」
にこにこしながら先程の写真を掲げる目の前の都倉は、本当に都倉なのだろうか。実は別人なのではないだろうか。だって都倉は優しくて、気も合って、一緒にバカし合えるような、共に居て心地よい友人で……。
これが、都倉の本性だとでも、言うのだろうか。
「パンツ盗んだのもわざと分かるように返したら、最高にかわいい反応してくれたよな。しかも、のこのこ俺の家にまで逃げてきて……。お前って本当に、かわいいね」
都倉の手が俺の頬を撫でる。その感触にゾワゾワと鳥肌が立った。
「一年半我慢したんだから、もういいよな?」
逃げないと。
「この瞬間をどんだけ待ちわびたか」
早く、逃げないと——。
「だからさぁ、そんなかわいい顔すんなよ。俺、お前のことは大事にしたいんだよ?」
はやく……。誰か。
「もう、逃げらんねぇから。ごめんな?上野」
たすけて。
そのシャーペンは、大学進学を機にひとり暮らしする為に実家を出る前、年の離れた妹からプレゼントされた俺の大切なものだった。
筆箱からそれがなくなった時、鞄の中や部屋中探し回ったが見つからずとても落ち込んでいた。しかし数日後、ずっとそこに入っていたかのように、筆箱からシャーペンが出てきたのだ。
おかしい。すぐにそう思った。
だって筆箱の中身を全て出してまで探して見つからなかったのに、こんなに普通に出てくるわけがない。
そこで、そういえばと思い出した。前にもこんなことがあったと。その時は消しゴムがなくなって、また買えばいいや、なんて思ってろくに探しもせず新しいのを買った数日後、筆箱の中から出てきた。
消しゴムだけじゃない、確かシャー芯ケースもそうだった。
頭の中に“ストーカー”という文字が浮かんだがすぐに打ち消す。
そもそも、失くしたと思っていたのも気のせいだった説もある。消しゴムやシャー芯ケースは、ろくに探さなかったからもしかしたら筆箱の奥底にあったのを見逃したのかも。シャーペンだって、その可能性はある。もしくは俺は嫌がらせをうけているのかもしれない。誰かから恨みを買ってしまい、復讐として物を盗られているのかも。それなら仕方ない。
そういう考えで自分を納得させて、筆箱や鞄の中から物が消えては戻ってきても、決してストーカー被害にあっているわけではないとしばらく過ごしていたのだが……。
今日遂に、バイトから帰ったら宛名のない小さめのダンボール箱が玄関先に置いてあった。
一瞬荷物の置き配かとも思ったが、ここ最近通販で購入したものはないし、そのダンボール箱には宛名がなかった。
ということは、誰かが意図的にここに置いたということ。
とりあえず足で触ってみたところ重い感じはしない。たぶん、爆弾とかでもないと思う。
得体の知れないものを家には入れたくないから、持っていたハサミでガムテーの封を切り開けると、そこに入っていたのは布だった。おそるおそる手に取り、広げてみる。
「パンツ……?」
しかも、俺が使っているものと同じ柄だ。
確かこのパンツは昨日洗濯機をまわして洗濯したはず——……いや、待て、干した衣類の中に、このパンツはあっただろうか。干した覚えが、ない。
ということは、このパンツは俺の?
もし、本当に俺のものだったとしたら、これは俺の部屋からとられたもので、つまり、とった奴は俺の部屋に入ったということに——。
ゾッとして、俺は手に持っていた物を放り投げ駆け出した。
———
「んで、どうしたんだよ上野、こんな夜中に」
そう言いながらあたたかいココアの入ったマグカップを差し出してきたのは、大学で仲良くなった友人の都倉だ。
早くあの場から離れたくて、咄嗟に駆け込んだのが仲のいい都倉の家だった。こんな夜中に押しかけても嫌な顔ひとつせず迎え入れ、更に俺の好きなココアまでいれてくれる。なんてできた友人なんだろうか。
だが、そんな友人にも、俺が現在ストーカー被害に遭っていることは言えないでいる。誰かに相談などしてしまったら、ストーカーの存在を認めて、一層意識してしまいそうだったから。それに、されてきた事を説明するのもなかなかにしんどい。
都倉からマグカップを受け取りつつ、「ちょっとなー」と笑って誤魔化す。
「バイト先でなんかあった?」
「んまぁ、そんな感じ……」
上手く誤魔化せているだろうか。昔から嘘をつくとすぐにバレたから、都倉にも気付かれているかもしれない。
……いや、実際バイト先で何かあったのは間違いではないのだから、堂々としていたらいいんだ。
実は、俺をストーカーしている奴に心当たりがある。
俺は本屋でバイトしているのだが、俺がシフトに入っている日に必ず店に来る若い男がいるのだ。いつも黒いパーカーを着てフードを被っており、悪い意味で目立っている。しかも、俺だけをじーっと見つめてくるものだから気味が悪いと思っていたのだが、そいつを大学構内で見かけた時はさすがにゾッとした。
もしかしたら、そいつが俺のストーカーなのかも知れない。
最初私物がなくなったのは大学でのことだったし、いつの間にか物が戻ってきているのに気付くのも決まって大学でだ。バイト先も特定されているのだから、当然家も知られているだろう。条件は揃いすぎている。
ゾクリと寒気がして腕をさすると、都倉は「寒い?」と心配そうにこちらを覗き込んできた。そんな都倉に笑って大丈夫と答え、その日は都倉の家に泊まらせてもらった。
———
翌日。
都倉と共に大学に行き講義を受け、その後お互いバイトがある為大学前で別れた。
都倉には、もうしばらく泊めてくれるよう頼んである。嫌な顔ひとつせずいいよと頷いてくれたあいつには、本当に頭が上がらない。
でも、このまま何も言わずに匿い続けてもらうのも申し訳ないし、ストーカー相手が男となると、ひとりじゃどうにもできないかも知れない。
腹を決めて、都倉に相談しようか……。
もんもんと考えながらバイトの業務に勤しんでいると、自動ドアを潜って、例のあいつがやってきた。
相変わらずの黒のパーカーに、フードをかぶっている。
そして、ぱちっと目が合った。その逃がさないとでも言いたげな目つきに背筋がぞわりと粟立ち、顔を背ける。
丁度レジのヘルプに呼ばれたからその場を逃げるように離れたのだが、暫くして、その男が俺の打つレジにやって来た。
ドクドク、心臓が嫌な音を立て始める。
いや大丈夫、こんな公衆の面前で何かをしてくるなんて考えにくい。大丈夫、落ち着け。
小さく息を吐いて、カウンターに置かれたマンガの新刊2冊のバーコードを読み込んでいく。お金を受け取って商品を袋に詰めている間、ずっと痛いくらいの視線が突き刺さっていた。
なんとか笑顔を作って商品を差し出し、やっと帰る、と心の中で安堵していたのだが、男はなかなか商品を受け取らない。不審に思って、今まで合わせようとしてなかった視線を上げると、目があった。長めの前髪から覗く茶色の瞳が、真っ直ぐ僕を射抜いている。
そういえば、この男とこんな間近で目を合わせたのは初めてかもしれない。だって、頭一個分くらいの身長差があるとか、結構顔が整ってるイケメンだとか、そういうの、今初めて知ったから。
けれど——。
「あんた、昨日家に帰ってないだろう」
耳障りのいい声が呟いた其の言葉に、思考が一気に現実に引き戻された。
そうだ。こいつは、俺をストーカーしている変態野郎だった。
確定だ、こいつがストーカーだ。じゃないと俺が昨日家に帰ってないなんて知るはずがない。
「今は家にいた方が——あ、おい!」
俺は商品を相手に押し付けるように渡し、そのままバックヤードに駆け込んだ。そこにいた店長に何事かと心配され、顔色がすこぶる悪かったからか今日は帰るよう言いつけられた。
バイト先からそそくさと離れ、誰にもつけられていないことを確認し警戒しながら、俺は都倉の家へ逃げ込んだ。都倉はまだ帰ってきていないが、スペアキーは渡されていたから問題は無い。
素早くドアと鍵をしめ、深呼吸し荒い息を整える。
けれど、手の震えが、止まらない。
指先を握り込み、とにかく落ち着こうと、勝手に風呂場を借りて少し時間をかけてシャワーを浴びた。風呂から上がり洋室に戻ると、そこにはバイトから帰ってきたであろう都倉がいた。ずっと気を張っていたからか、都倉の姿を見た瞬間ほっとして、からだの力が抜けていく。
「上野、今日は早かったんだな」
「……うん、ちょっと、体調悪くて」
「え、大丈夫なのか?もしかして、朝から?」
「いや……でも今は平気なんだ。あとごめん、勝手に風呂借りた」
「あーいいよいいよ。晩飯の前にさ、俺も風呂入ってきていい?今日バイトハードで、汗かいちゃってさ」
「うん。ゆっくり入ってこい」
さんきゅ、と笑った都倉が脱衣所に姿を消し、俺はひとりになった洋室のふたり用のソファに腰かけた。
バイト先からここに来るまで誰かにつけられている様子もなかった。万が一何かあっても、都倉がいるなら安心だ。
ふぅ、と大きく息を吐きソファに深くもたれかかる。
都倉に、言わないとだよなぁ。じゃないと、いざというときに迷惑をかけてしまうかもしれない。あいつが風呂から上がったら……いや、晩飯の後に言おう。
「おーい、上野ー!」
そう決意した時、脱衣所の方から都倉の声がして咄嗟に返事をする。
「なに!」
「ごめーん、クローゼットからジャージ持ってきてくんね?2段目に入ってる。あとバスタオルも!」
あいつ、何も持たず風呂入りに行ったのか?
わかったと返事をして、クローゼットの扉を開ける。何段か重なった衣装ケースの2段目を開けてジャージを取り出し、ケースの上に乗ったバスタオルを取った時。横にあったダンボール箱にバスタオルの端っこを引っかけてしまったのだろう、あっと思った時には既に遅く、床に落としダンボール箱の中身をぶちまけてしまった。
「うわやらかした……ごめん都倉!ダンボール落としちゃって中身……が………………え?」
脱衣所にいるであろう都倉に呼びかけながら拾った写真。そこに写っていたのは俺だった。
都倉と写真を撮ったことは何度かある。それを現像しただけだとも一瞬思った。けれど明らかに違う。だって俺が今手にしているものは、俺が自分の部屋でダラダラとスマホを見ている写真だから。
どっと、嫌な汗が吹き出る。
震える手で他の写真を手に取り見てみる。
場所は大学だったり自宅だったりバイト先だったりと様々だが、どれも俺一人しか写っておらず、明らかに盗撮と分かるものだった。
一体、どういう事なのだろう。
なぜこんな写真が、都倉の家にあるんだ。
頭の中にガンガンと警報が鳴る。本能が危険だと、知らせている。
とにかく、逃げなくちゃ。
そう思って立ち上がろうとした瞬間。
「上野」
背後から声がして、ばっと振り向く。そこには、いつもの笑顔を浮かべた都倉が立っていた。
「あーあ、こんなに散らかしちゃって」
都倉がこちらに近付く。逃げたいのに、何でだかからだに力が入らない。
その場に尻もちを着いて後ずさると、俺の前に都倉はしゃがんで一枚の写真を拾い上げた。
「これ、よく撮れてるでしょ」
そう言って俺に見せてきたのは、俺が都倉の家に泊まった際の寝ている写真。けれどただ寝ているのではなく、俺の顔に何か、白いものがかけられているもので……。その白いものの正体が何かと言われる前に思い至り、胃の中の何かがせり上がってくる感覚に襲われた。
思わず口元を覆い写真から目を逸らしたが、逸らした先にも、寝ている俺の腹に白いものがかけられた写真が落ちていた。
「……なに、これ…?」
「なにって、俺の上野コレクション」
そういう事を聞きたいんじゃない。
待ってくれ、全然理解が追いついてくれない。どういうことなんだ。なんで都倉が?ストーカーは、あいつじゃなかったのか?
「上野の私物盗んでたのは俺だよ」
「!」
「ふふ、盗まれたのに気付いた時のお前の不安そうな顔、すげーかわいかったよ」
「なに、言って……」
「けどお前、もうちょっと危機感持った方がいいぞ。盗まれて返ってきたシャーペンとかまだ使い続けてんのとかさ」
「どういう……」
「だって、私物盗んで何してたかなんて、これ見れば一発で分かるだろ」
にこにこしながら先程の写真を掲げる目の前の都倉は、本当に都倉なのだろうか。実は別人なのではないだろうか。だって都倉は優しくて、気も合って、一緒にバカし合えるような、共に居て心地よい友人で……。
これが、都倉の本性だとでも、言うのだろうか。
「パンツ盗んだのもわざと分かるように返したら、最高にかわいい反応してくれたよな。しかも、のこのこ俺の家にまで逃げてきて……。お前って本当に、かわいいね」
都倉の手が俺の頬を撫でる。その感触にゾワゾワと鳥肌が立った。
「一年半我慢したんだから、もういいよな?」
逃げないと。
「この瞬間をどんだけ待ちわびたか」
早く、逃げないと——。
「だからさぁ、そんなかわいい顔すんなよ。俺、お前のことは大事にしたいんだよ?」
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