学園の華たちが婚約者を奪いに来る

nanahi

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26 地下水道

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ルアージュとシャロンの婚約が白紙になった。
それでもレッドグレイブ公は追撃の手を緩めなかった。
彼にとって、ルアージュという王太子の存在はもう重要ではなくなっていた。

「ソフィアはまだ王太子に憧れているようで可哀想だが、諦めてもらおう。もっと大事な目的ができたからな」

頬に傷のあるダニエルが眼前に控えている。

「守備はどうだ」
「レスノ侯爵を買収し、視察に向かう王太子の護衛を途中でそっくり入れ替える予定です」

王太子の公務のスケジュールを管理するレスノ侯爵は陛下寄りの派閥だったが、不正を働いてしまったことで脅され、密かにレッドグレイブ門下に加えられていた。

「さらばだな。王太子」

レッドグレイブ公は、ダニエルに手で合図を出した。




ルアージュは王都郊外にいた。
視察で最近発見されたという古代の地下水道遺跡に来ていた。

「こちらでございます」

案内人が草原の一部に開けられた穴を指し示した。
地下までハシゴがかけられている。

「ん?この中に入るのか?予定にはなかったが」
「ぜひご覧になっていただきたいのです。それは素晴らしい遺跡なのです。シャロン様によい土産話ができるかと」
「シャロンに……」

ルアージュはシャロンと言われて心が揺れた。
いつかまたふたりで会えるようになったら、古代の地下水道の話なんてシャロンは大喜びで聞いてくれるだろう。

行かないほうがいいような予感がよぎったが、ルアージュは誘惑に負け、ハシゴを降りていった。



中は薄暗かった。
所々に明かりとりの穴が空いており、地下水道の姿を幻想的に浮かび上がらせていた。

すごい!

ルアージュは目を見張った。
天井がアーチ型になっている石造りの水路が枝分かれしながら、はるか彼方までつながっている。
水路は枯れていて所々壊れかけていたが、それがさらに悠久の歴史を感じさせた。

「この奥はもっと素晴らしいですよ」
「それは楽しみだな」

案内人に背中を押されるように、ルアージュはどんどん奥へと進んでいった。




しばらく歩いたあと、ルアージュは突然、頭に袋を被せられた。

「(何をする!放せ!!)」

抵抗するルアージュを偽の護衛がみぞおちに拳を入れ、気絶させた。
ルアージュは担ぎ上げられ、奥へと連れていかれた。




「う……」

気がついたルアージュは頭の袋を取り去った。

「どこだ、ここは……」

あたりには誰もいなくなっていた。
自分の息遣い以外、何も聞こえない。
ルアージュは地下水路の迷宮に、ひとり取り残されてしまっていた。




「ルアージュが行方不明だと!??」

レッドグレイブ公は、わざわざ自分で陛下の前に報告にあがっていた。
彼は蒼白になる陛下を内心ゆかいそうに見ていた。

「本来の予定は、地下水道遺跡の入り口を地上から視察するだけだったのです。しかし、王太子殿下はどうしても地下に降りたいとおっしゃったらしく、しばらく地下を歩いたあと、いつの間にか姿をくらましたそうです」

真っ赤な嘘だった。

「最近発見されたばかりで地図もない遺跡です。捜索は難航するでしょう」

お前の仕業なのではないのか?

落ち着き払っているレッドグレイブ公に、そう言いたくなる衝動を陛下はぐっとこらえた。




ルアージュが行方不明になったという噂はあっという間に広がった。
その頃、セレストは家門の騎士から話を聞いていた。

「古代水道跡の手前で、レスノ侯爵の家門の者が我々にこう言ったんです。
”君たちとはここで交代だ。ここからは我々が護衛を引き継ぐ”と。
事前に申し送りがなかったので、ちょっと疑問に思って私が振り返ると、遠くで王太子殿下が案内人たちと梯子で地下に降りて行っている様子がちらっと見えたんです」

地下水道に──!?

「中は迷路のようになっていて地図もないそうです。王太子殿下が心配で」

騎士は顔を歪ませた。

地図といえば。
シャロン。

セレストはふと浮かんだその名前に強い嫉妬を覚えた。
だが。

今はそんなことを言っている場合ではない……!

セレストはシャロンの元へ馬を走らせた。




「え──行方不明??」

シャロンはルアージュが行方不明になったことをたった今、マーサから聞かされたばかりだった。

嘘。
ルアージュ様──

シャロンはショックでめまいがした。
心臓がバクバクと張り裂けそうなほど打ち続いている。

その時、早馬でやってきたセレストがシャロンの屋敷に飛び込んできた。

「シャロン、王都郊外の古代の地下水道の地図を知らないか!?」

セレストはぶしつけにシャロンに聞いた。

「セレスト!?」

シャロンは日頃親交のないセレストの訪問にびっくりしている。

「ルアージュ様に関わることなのだ」

シャロンは地下水道遺跡の視察中にルアージュが行方不明になったと聞いていたので、もちろん知っている知識は提供するつもりだった。

「古代の地下水道なら地図で見たことがある」

やっぱり。
さすがシャロンだ。

「お願いだ、一緒に来てほしい。シャロンの力が必要だ」
「私で力になれるのなら」

セレストはシャロンを後ろに乗せ、王宮へと馬を急がせた。




レッドグレイブ公は館で悠々とワインを楽しんでいる。
部屋は夕陽色に染まり、間もなく夜が来る。

「うまくいったな。ふはははっ」
「父上、何かいいことがあったのですか?」

一緒に食卓についている12歳の愛息子ルイが興味深げに父を眺めた。

「そうだ。とてもいいことだよ。お前にとってもね」
「ほんとに?僕、楽しみだなあ」

王太子。
誰にも気づかれぬまま、地下で朽ち果てろ。
あとは私の可愛い息子が王太子を継いでやる。

レッドグレイブ公の新たな目的とは、もう一度、家門から王を出すことである。
シャロンに夢中で脈のないルアージュを彼は切り捨てた。

この世から消えるがいい。
ラングレイのように。

レッドグレイブ公はルアージュの兄の名を呟き、冷たく笑った。




セレストとシャロンは陛下の前にいた。

「あの地下水道を知っていると!?」

くいつくように陛下がシャロンに聞き返す。

「はい。位置からして、おそらくこれかと」

シャロンがテーブルの上に古い地図を広げた。
郊外に蜘蛛の巣のように広がった水路の地図だ。
古代文字や記号がところどころに記されている。

「見つかった入り口はここでしょう。中は迷路のようになっています。捜索隊を何組かに分け、ルートを分担し、入り口からしらみつぶしに探すのです」

シャロンは淡々と説明した。
落ち着いて見えたが、心臓は早鐘のように鳴り続け、シャロンはルアージュを助けようと必死だった。

「よし。三名ずつ一組になって捜索しよう」

大勢の捜索隊が地下水道に続々と降りていった。




ルアージュは小石で壁に印をつけながら出口を探し続けた。
しかし、行けば行くほど奥へと迷い込んでいるようで、自分がどこにいるのか全く見当がつかなかった。

日が落ちたのだろう。ランタンを持っていないので、辺りが真っ暗になる。
ルアージュは水路の片隅で夜を明かした。

水路の明かりとりにわずかに朝日が差し込んできた。

「朝か……みんな心配しているだろうな」

ルアージュは気を取り直して、歩き始めた。

喉が渇いた。

枯れた水路に水はない。
喉の渇きを我慢しながらルアージュは進んだ。

お腹もすいた。

虫がかさり、と渇いた苔のそばを通った。

「う……あれはさすがに食べられないな」

目を背けてルアージュは進み続けた。



「水だ!!」

運よくルアージュは水が沸いている場所に辿り着いた。
久々に喉を潤し、ルアージュは息をついた。
改めてみると、石が六角形に組まれている特徴的な泉だ。

六角形……
六角形、どこかで?

ルアージュははっとして、ポケットからハンカチを取り出した。
シャロンが手縫いの刺繍をしてくれたものだ。
宝物のハンカチをルアージュはいつもズボンのポケットに入れて持ち歩いていたのだ。

急いで広げると、ハンカチの地図の左端に六角形があった。
今でも使われている東西南北を示す記号も、地図と同じものが泉周辺の石畳に刻まれていた。

「これ、たぶんこの泉だ……シャロンがお気に入りだと言っていた地図はこの水路だったのか!」

シャロン、ありがとう!
これで戻れる!

ルアージュは地図を見ながら、最初にハシゴで降りた郊外の入り口付近に向かって歩き始めた。




それから五日が経った。
ルアージュはまだ見つからなかった。

「おかしい。おおかたの水路は探したはずだが」
「地下に食べ物はないに等しい。もし水もなかったとしたら──」

もう生きてはいないかもしれない。

全員がぞっとした。

実はルアージュはまさに最初の入り口付近まで辿り着いていた。
しかし、暗い道を空腹で朦朧とする頭で歩いたために、崩落でできた小さな隙間から、表からは分かりづらい違う道へと入り込んでしまっていた。

壁ひとつ隔てた向こう側に、救援隊の騎士たちが歩き回っているというのに。

ぼ、くは、こ、こ、にい、る──

ルアージュのかすれた声は無常にも彼らに届かなかった。




どうして……?
なんで見つからない?

シャロンも頭を抱えた。
穴があくほど地図を睨む。

「ん?」

シャロンは入り口付近の地図にかすれた線が描かれているのに気づいた。

「これはもしかして……予備水路か?」

可能性はあった。
災害時、メインの水路が壊れたり、清掃や修理などで使えない時、予備の水路を代わりに稼働させることがある。

予感がした。

「ここに迷い込んだのかもしれない!!」




捜索隊に同行したシャロンは予備水路の付近の壁を手で確認しながら歩いた。
額から汗が流れ落ちる。
少しずつ、天井の明かりとりの光がかげってくる。

「早く見つけないと、また夜になる!」
「ルアージュ様がこれ以上持ち堪えられるか──」

焦る一同に緊張が張り詰める。

諦めない。
絶対にルアージュ様を見つける──!

「ルアージュ様あああ!!」

シャロンがルアージュの名を叫んだ。



壁の向こうで、ピクっとルアージュの腕が動いて小石をはじいた。


「!?」

今音が──?


光が当たらないある箇所で、シャロンの手が何かに引っかかった。

「あった!隙間だ!!」

するりとその隙間にシャロンが身を滑らせた。

「シャロン殿に続け!」

シャロンの後から、一同は次々と隙間に入っていった。




「いたぞ!!」
「ルアージュ様あ!!」

シャロン一向は、ついに壁際でうずくまっているルアージュを見つけた。

「ルアージュ様!」

その姿に、ふいにシャロンの脳裏にある光景がよぎった。



暗い洞窟でうずくまっていた少年。

あの頃、シャロンはまだメガネがなく視界がぼんやりとしていたため、顔をはっきりと認識できていなかった。

それが今、ルアージュと洞窟の少年の面影が重なりはじめる。

あの時の子は──


洞窟からようやく外に出て、まぶしそうにこちらを見た少年は。



──殿、と呼ばれていた。


カチリ、と過去と現在の記憶が一致した。



あの子はルアージュ様だったんだ──!

シャロンはようやく気づいた。

いつかルアージュ様が言ったことは本当で、私たちは子どもの頃、すでに出会っていたんだ。

シャロンの胸に感動に似た熱い想いが込み上げてきた。




ルアージュ様。
ルアージュ様、しっかり。


誰?
僕を呼ぶのは。


遠くで聞こえる声。
意識が朦朧としている頭に、わんわんと歪んだ音が届く。


誰かがルアージュに手を差し伸べた。

その手は──

ルアージュにはわかった。

幼い頃、洞窟で助けてくれたのも。
バザールで暗殺者の手から救ってくれたのも。



また君なんだね。
いつも僕に手を差し伸べてくれるのは。


シャロン。

大好きだよ。



ルアージュのぼやけた視界が暗くなっていく。
安堵と疲労で、ルアージュはそのまま意識を失った。




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