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取材陣や動画配信者の群れが必死に僕を引き止めようとするが、僕は黙々と彼らを推しのけながら進んだ。
玄関で迎えてくれた彼女の両親は、泣き腫らした目で僕にひたすら謝罪を続けた。
「あなたのことを疑って本当にごめんなさい。娘を失った憎しみをあなたにぶつけてしまったの。どうお詫びすれば……」
もう十分です、と言っても謝罪はしばらくやまなかった。
彼女の死後すぐにネット民やマスコミが僕を犯人扱いし始めたため、僕は彼女の葬儀に参列できなかったのだ。
今、目の前に彼女の位牌がある。
納骨はすでに終えているので、この黒々しい板が彼女の化身だ。
死後もずっと騒がれて、君もご両親も辛かったね……
会いに来るのが遅くなってごめんね。
きっとお墓参りに行くから──
手を合わせながら、じわっとまぶたに涙がたまっていく。
「あの子いつも言ってたの。あなたはとても優しい人だって。自分を本当に大切にしてくれるって。あの子の言葉を信じていればこんなことには──」
母親の後に父親も続けて話しはじめた。
「あんな男が犯人だったなんて。名前を聞いたこともない、同じ大学の生徒だったらしい」
その後聞いた話は、普通に考えれば説明がつかない、不可解なものだった。
彼女と出会ったのは鳥専門のペットショップだった。
僕はそこの店員だった。
彼女はインコが大好きだった。
飼いたいけれど実家の母がアレルギーだから無理なの、と残念そうに言っていた。
僕が孵卵器でインコの卵を温めていることを話すと、ぜひ見たいと言って僕の部屋に通うようになった。
僕には鳥の知識しかないし、モテた記憶もない。
愛らしい彼女に自分から望むものなど何もなかった。
ある日、彼女の方から付き合ってほしいと言われ、腰を抜かしそうになったのを覚えている。
生まれたインコの赤ちゃんの名前を一週間、彼女と考えた挙句、”チョコ”と名付けた。
彼女は僕が作るチョコレートスイーツが大好きだったから。
僕はお菓子作りが趣味でかなり熱中して取り組んでいた。
試食係はもっぱら彼女だ。
有名スイーツ店で買ったと言ってもわからないよ、とよく褒めてくれた。
チョコと呼ぶたび、幸せだった。
チョコの周りで僕たちはいつも笑っていた。
彼女の誕生日に小鳥のチャームがついたブレスレットを贈った。
彼女の左手首の内側に鳥のようなアザが見えた気がしたが、彼女がプレゼントを予想以上に喜んでくれたので、アザのことはすぐに忘れてしまった。
そんな幸せな日々が唐突に切り離された。
彼女が殺された。
僕との待ち合わせ時刻の直前に。
待ち合わせ場所で倒れている彼女の体はまだ温かかった。
僕は血まみれになっている彼女を抱きしめ、救急車を呼んだ。
彼女のそばに落ちていた果物ナイフを、僕は知らないが知っている。
僕は彼女を殺していないから、凶器であるナイフの持ち主ではないけれど、全く同じ種類のナイフをネットで購入し、カバンの中に入れていた。
数日前にネット広告で見かけた新作の果物ナイフを彼女が欲しいと言った。
だから、代わりに僕がネットで買い、自宅に届いたナイフをその日、彼女に渡す約束だった。
こんな作られたような偶然があるだろうか。
事情聴取を受けた警察でも説明したが、半信半疑の目を向けられた。
彼女は元来性格が良く、恨みを持たれるような事例が見当たらない。
凶器のナイフからは指紋が一切出ず、犯人の痕跡は何もなかった。
殺害現場は人通りの少ない奥まった路地で、唯一そばに設置されていた防犯カメラはよりにもよって故障中だった。
一番怪しく、犯人の可能性があるのが僕だという噂が、瞬く間にネット上で広がった。
・彼女いない歴23年(死亡した彼女とは付き合って1ヶ月半)
・鳥オタクの店員
・重要参考人
なぜだろう。
僕の生き様や性格をすっとばし、この箇条書きだけで人に判断を下される。
悪い方向に。
マスコミも謎の通り魔説を返上し、僕と彼女が何らかのトラブルを抱えていたのではという憶測を語り始めた。
急速に僕の居場所はなくなった。
ペットショップの店長からしばらく出勤しなくていい旨の連絡がきた。
僕を唯一信じてくれた祖母はマスコミやご近所からの好奇の目にさらされ、具合を悪くし入院した。
葬儀場の前まで行ったが、彼女の両親に叩き出され参列はかなわなかった。
自室でチョコだけが僕に話しかけてくれた。
「チョコ、チョコ、会いたかったよ」
彼女がチョコに会うといつも言っていた言葉だ。
彼女はもういないのに、言葉だけ生き残っている。
思い詰めた僕は、犯人を呪い殺すか、闇サイトで殺害を依頼するか考えていたが、名前も顔もわからないのではどうしようもなかった。
食欲がわかず、もう数日ほとんど水しか飲んでいない。
冷蔵庫の食糧も尽きつつある。
買い出しに出かける気力もない。
犯人はまだ捕まらない。
このまま僕は状況証拠で犯人にされてしまうかもしれない。
どうでもよくなった。
ぼんやりと睡眠薬を手に取る。
僕の短い人生はここで終わるはずだった。
玄関で迎えてくれた彼女の両親は、泣き腫らした目で僕にひたすら謝罪を続けた。
「あなたのことを疑って本当にごめんなさい。娘を失った憎しみをあなたにぶつけてしまったの。どうお詫びすれば……」
もう十分です、と言っても謝罪はしばらくやまなかった。
彼女の死後すぐにネット民やマスコミが僕を犯人扱いし始めたため、僕は彼女の葬儀に参列できなかったのだ。
今、目の前に彼女の位牌がある。
納骨はすでに終えているので、この黒々しい板が彼女の化身だ。
死後もずっと騒がれて、君もご両親も辛かったね……
会いに来るのが遅くなってごめんね。
きっとお墓参りに行くから──
手を合わせながら、じわっとまぶたに涙がたまっていく。
「あの子いつも言ってたの。あなたはとても優しい人だって。自分を本当に大切にしてくれるって。あの子の言葉を信じていればこんなことには──」
母親の後に父親も続けて話しはじめた。
「あんな男が犯人だったなんて。名前を聞いたこともない、同じ大学の生徒だったらしい」
その後聞いた話は、普通に考えれば説明がつかない、不可解なものだった。
彼女と出会ったのは鳥専門のペットショップだった。
僕はそこの店員だった。
彼女はインコが大好きだった。
飼いたいけれど実家の母がアレルギーだから無理なの、と残念そうに言っていた。
僕が孵卵器でインコの卵を温めていることを話すと、ぜひ見たいと言って僕の部屋に通うようになった。
僕には鳥の知識しかないし、モテた記憶もない。
愛らしい彼女に自分から望むものなど何もなかった。
ある日、彼女の方から付き合ってほしいと言われ、腰を抜かしそうになったのを覚えている。
生まれたインコの赤ちゃんの名前を一週間、彼女と考えた挙句、”チョコ”と名付けた。
彼女は僕が作るチョコレートスイーツが大好きだったから。
僕はお菓子作りが趣味でかなり熱中して取り組んでいた。
試食係はもっぱら彼女だ。
有名スイーツ店で買ったと言ってもわからないよ、とよく褒めてくれた。
チョコと呼ぶたび、幸せだった。
チョコの周りで僕たちはいつも笑っていた。
彼女の誕生日に小鳥のチャームがついたブレスレットを贈った。
彼女の左手首の内側に鳥のようなアザが見えた気がしたが、彼女がプレゼントを予想以上に喜んでくれたので、アザのことはすぐに忘れてしまった。
そんな幸せな日々が唐突に切り離された。
彼女が殺された。
僕との待ち合わせ時刻の直前に。
待ち合わせ場所で倒れている彼女の体はまだ温かかった。
僕は血まみれになっている彼女を抱きしめ、救急車を呼んだ。
彼女のそばに落ちていた果物ナイフを、僕は知らないが知っている。
僕は彼女を殺していないから、凶器であるナイフの持ち主ではないけれど、全く同じ種類のナイフをネットで購入し、カバンの中に入れていた。
数日前にネット広告で見かけた新作の果物ナイフを彼女が欲しいと言った。
だから、代わりに僕がネットで買い、自宅に届いたナイフをその日、彼女に渡す約束だった。
こんな作られたような偶然があるだろうか。
事情聴取を受けた警察でも説明したが、半信半疑の目を向けられた。
彼女は元来性格が良く、恨みを持たれるような事例が見当たらない。
凶器のナイフからは指紋が一切出ず、犯人の痕跡は何もなかった。
殺害現場は人通りの少ない奥まった路地で、唯一そばに設置されていた防犯カメラはよりにもよって故障中だった。
一番怪しく、犯人の可能性があるのが僕だという噂が、瞬く間にネット上で広がった。
・彼女いない歴23年(死亡した彼女とは付き合って1ヶ月半)
・鳥オタクの店員
・重要参考人
なぜだろう。
僕の生き様や性格をすっとばし、この箇条書きだけで人に判断を下される。
悪い方向に。
マスコミも謎の通り魔説を返上し、僕と彼女が何らかのトラブルを抱えていたのではという憶測を語り始めた。
急速に僕の居場所はなくなった。
ペットショップの店長からしばらく出勤しなくていい旨の連絡がきた。
僕を唯一信じてくれた祖母はマスコミやご近所からの好奇の目にさらされ、具合を悪くし入院した。
葬儀場の前まで行ったが、彼女の両親に叩き出され参列はかなわなかった。
自室でチョコだけが僕に話しかけてくれた。
「チョコ、チョコ、会いたかったよ」
彼女がチョコに会うといつも言っていた言葉だ。
彼女はもういないのに、言葉だけ生き残っている。
思い詰めた僕は、犯人を呪い殺すか、闇サイトで殺害を依頼するか考えていたが、名前も顔もわからないのではどうしようもなかった。
食欲がわかず、もう数日ほとんど水しか飲んでいない。
冷蔵庫の食糧も尽きつつある。
買い出しに出かける気力もない。
犯人はまだ捕まらない。
このまま僕は状況証拠で犯人にされてしまうかもしれない。
どうでもよくなった。
ぼんやりと睡眠薬を手に取る。
僕の短い人生はここで終わるはずだった。
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