誰何の夢から覚める時

多摩翔子

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序章

6.記憶を喰らう怪異、みたま様

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 荒々しいバイクエンジンの音が深夜の空気を震わせる。そうして、それが遠くへ行ってしまった後、シンと店内は静まり返る。


(うーん。いい人、だと思う。
でも、ひっかかるところがあるにはある。面と向かって疑いをかけるほどじゃない。)


 そうして僕は、今やってきた彼について改めて客観的に思考する余裕ができた。


 あの場では指摘できなかった『ツッコミどころ』を改めて頭の中で整理しよう。
 すっかり静まり返って人の気配の消えたカフェで、僕は意味もなく歩き回る。頭を回す時、体も動かした方が気持ちが楽だ。何より静か過ぎて落ち着かないから、足音でも立てていたい気分だ。


(まずどう考えてもペットの件は何かをぼかしている。
……態度からも明らかにそれを隠す気は無かったし、その上で“仕事上言えない”事を話せる範囲で話した、と表現するのが正しい。)

 
 それを踏まえた上でも細かな違和感は随所に散見された。木目の床をコツコツ鳴らす。


(この店の常連なのに、僕のコーヒーを飲む反応がどう見ても初めてのように見えたこと……

……その割には僕のこと、それなりに知ってそうな口ぶりだったこと

バイクを走るのにヘルメットをしてなかった。拾った僕の分がないのは仕方ないけど……

上げ出すとキリがないな、これ)


 総括すると、概ね静寂潮は“いい人”だと思うけれど、“信用”し切るには何か違和感を拭えない。
 嘘をついているか、もしくは意図的に話していないことがあるんじゃないか、と思えた。


(……あんまり疑いたくは無いんだけどな。コーヒー美味しいって言ってくれたんだもの。)


 体がどっと疲れている。そもそもバイクに乗っていた時からうつらうつらしていたのだから当然ではある。

 ぴたりと歩き回るのをやめると、再び静寂がカフェの中を包む。


『お前は今後どう過ごすつもりだ?』


 先ほどの潮さんの言葉が引っかかったままだった。


(このまま何もしないのは良くない、かしら?)


 最低限家に何があるか把握すれば、今後自分がどうすればいいか、分かるかもしれない。
 僕は眠気を訴える身体に鞭打って、少しだけ家探しすることにした。





 認識の通り、一階は完全にカフェスペースとキッチンになっていて、二階が居住スペースになっていた。

 角度のキツい階段を登れば、自分の部屋と大きめの書斎、風呂とトイレがある。間取りも見る前から“認識”していた。


(とりあえず、シャワー浴びようか。濡れたし。)


 人間の習慣に沿ってシャワーを浴びてみることにした。
 脱衣所に入れば、つい昨日までここに人がいたかのようにバスタオルがセットされており、シャンプーやらボディソープが鎮座している。
雨水でしっとりしていた刺繍入りのブラウスとズボンを脱げば、男にしては生っ白い肌が露出した。

(怪我とかはしてなさそう……でも。) 

 今一度自分の身体を検分した時、妙な痛みが身体に残っている事を自覚した。外傷のようなものはないが、胸の辺りに、焼き印を押されたような痛みがあった。

(古傷が痛んでるのかしら……治療痕とかはなさそうだけれど)

 深く考えても分からなさそうだったのでさっさと全身を洗うことにした。
 自分の身体を洗った記憶はないが、“認識”はきちんとあるようで、特に問題なくシャワーを終え、新しい服に着替えた。(全く同じシャツとズボンの替えがカゴにあることを僕は知っていた。)

「さて、家探しを始めよう。」
 
 とにかく二階で目を引くのが大量の書籍だ。書斎だけでなく自分の部屋にも山積みになった本がたくさんある。

 書斎の本を全て検分するのはまず無理だ。大きな本棚が九つあって、どれもびっちり本が埋まっている。埃を被っていて長い間読まれて無いのは分かった。
 本のジャンルはどれも怪しげな学術書が多い。


(『あなたの天使は語りかけている』『夢みる世界との付き合い方』『星のめぐりとあなたの運命は恋人』、所謂、スピリチュアル系というものだね。)


 少なくとも、今の僕にはそそられないものばかりである。


 早々に退散し、自分の部屋の探索へと移った。
 自分の部屋にも地面に平積みになっている本がたくさんあった。その隙間に申し訳程度の家具とベッド、そして大きめの鏡が滑り込んでいる
 
 なにか身分を確認できるものはないかとクローゼットを開けると、自分が今来ている服と似たような物がたくさん並んでいる。タンスや引き出しも漁ってみたが、財布などは見つからない。服やらハンカチやら、エプロンやらはあるというのに。
 
 箪笥の底の方まで漁ってみて、引き出しを閉めようとした時、ぺらりと一枚の紙が落ちた。



この先のページはなく、また下の方も切れていた。




 (これ、手書きだな……子供の字に見える)


 みたま様、という都市伝説の走り書きのようだ。

 願いを叶える代わりに、人の記憶を奪い、最終的に存在そのものが消えてしまう、という怪異。

 ただの作り話だ、と一蹴したいところだが、自分が今置かれている状況を考えると、ただ無関係であると切り捨て難い心情になる。


(願いを叶えたものは、何か一つ大切な記憶を失う……)

(これ、例えば記憶を思い出せるようにメモを残して、願いを叶えた後に読んだ場合はどうなるのかしら。また願いを叶える捧げ物として機能したりして。)

(……そもそも、人は何かを忘れた時、どうやって“忘れている状態”を認知できるの?)

(僕みたいに大部分を忘れているならともかく、一つの事柄を忘れたところで生活に支障がなければ“忘れていること”そのものを認識できないんじゃ……

だから、後ちょっとだけ、もう一つだけ、ってずるずる願いを叶え続けて、消えちゃうのかしら。)


 後回しにしていた自室を埋め尽くす書籍に目を向ける。中身を見る気力はないので、とりあえずタイトルと筆者を確認しては足の踏み場を広げるために端によけていく。
 
 一冊、目を惹いたのがキャラクターの描かれた児童書だ。『まほろばの夢を見る』というタイトルで、これは内容を知っている。

 


 (まほろば、はあまり一般的には使われない名詞だし、もしかしたらこの店の名前はこの本から取られていたりして)


 まほろばとは、「素晴らしい場所」「住みやすい場所」という意味の日本の古語。「まほらば」「まほらま」「まほら」ともいう。楽園。理想郷——————


「Wikipedia読み上げは、よくない」


 記憶力がとてもいい、というのは間違いではないようだ。一般教養に当たる知識がすいと溢れてくる。

 とにかく、この本のあらすじは楽園からやってきた一人の獣人を巡って世界の謎に迫る冒険ファンタジー』というものだと認識している。

 そして確か、この本は初版後刷られていないようなマイナーな作品であることも“認識”していた。
 




 結局部屋にも、めぼしい物はなさそうだということしか分からなかったが、このまま寝るのも達成感がない。

 と、ここまで調べて自分が抱えていた鞄の存在に意識を向けた。シャワーを浴びた際に無造作に床に置かれたそれの中身を確認し損ねている。

(倒れた時からずっと持ってたのなら、一番手がかりが残ってる可能性があったのか……)


 ずしりと重い茶色のそれを持ち上げ、改めてまじまじと観察した。





(ブランドは……書いてなさそう。結構使われてるのかな?)

 
 革製のしっかりとした鞄だ、小物を入れるポケットが何個も付いており、内側も広々としている。それなりに重さを感じていたが、鞄自体がそこそこ重いのか、大した中身は入っていなかった。今後出かけるのなら折りたたみ傘くらいは入れておきたい。
 
 しかし気になるものもあった。




 
 まずはスマホだ。

 相当前の型落ちのようで、今時珍しくホームボタンがある。カバーもされていない、剥き身で無骨なものだった。液晶は指紋でべっとり汚れている。
 記憶の手がかりの為中身を見たかったが、そもそも充電が切れていた。

 なんだか懐かしい気持ちになる。


(……家に充電コードは無かったような。そもそもパスワードが分からないけれども。)


 次に気になったのがピカピカの銀色の懐中時計である。

 ストラップの要領でカバンに付けられており、持ってみると見た目に反してそれなりに重く、高級そうに見える。カバンと同じくブランドの刻印などは見つからない。スマホに比べかなり綺麗だ。

 蓋の内側なんてまるで磨かれた鏡のように見える。



(星のマーク?五芒星、かな。ブランドロゴではなさそうだけど。)


 そして最後に気になったのは、少し古びたノートだった。


 
 モノクロの遊園地のような表紙で、後は罫線すら書かれていないシンプルなものだ。試しに何枚か捲ってみるが、古びているだけで特に何も書かれていない。捲られたりよれたりしているのにページは真っ白だ。
 
 持ってみれば、調理器具と同様妙に手に馴染む。これも妙に懐かしさを感じた。


「せっかくなら、日記でも書いてみようかしら」


 それは何気ない思い付きであり、『お前はどうしたいか?』という潮の言葉の引っかかりに、答えを出したかった自分なりの行動だった。
 
 二度あることは三度ある、という言葉もある通り、もしかすると再び記憶を失い誰かに面倒をかけるかもしれない。であれば、ある程度“記録”を手元に残しておくのは悪い事ではないだろう。少なくとも今の状況をすぐに把握できる。

 最初のページを捲って、名前を書く。
 

 そうしたら、後は今までに起こったことをなるべく綿密に書き記してみた。

 
 『柔らかく肌にまとわりつく雨の音、生暖かい風。ぐったりと疲れていて思うように動かない体』


____それが僕が鮮明に覚えている最初の記憶だ。
 

 書き出すとなかなか止まらない。出来事を簡潔にまとめるべきだと思いもするが、それ以上に何が起こり何を感じ、どう思ったか、それらを新鮮な感覚のまま残しておきたいと強く思ったのだ。


(アフォガードを差し出した時、八つ当たりみたいな気持ちになっちゃったこと、書いた方がいいかな。あ、でもそんな細かいところまで書いてたらスペースがあっという間になくなっちゃう。)

 
 静寂潮をカフェに招き、コーヒーを淹れ、見送る、そして家の探索をした所までしっかり書き記して、ようやく頭が満足した。

 読み返してみると、私情と余計なコンテクストが入り混じり、情報伝達にはあまりに向かない文書になっている。日記と呼ぶにも長すぎるし、表現は少し冗長かつ心情により過ぎだ。

 

 『思い出を書き起こすのは難しい』と最後に結びの文章を載せた。

 
 息を吐く。本当にいい時間だ。体は睡眠を求めて水の中に沈んでいるかのように動きが緩慢になる。


「やるべきこと、やった方がいいことは、やった……はずだ。」


今度こそ本当に眠ろう。明日から普段通り営業をするのなら、夜更かしで疲労を溜めるなどあってはならない。


 ベッドに腰掛け、ぼんやりと何気なく部屋を見渡す。クローゼットに積まれた本、そして茶色い縁の鏡があるだけの簡素な部屋。

 人が住んでいてもおかしくはない痕跡たち。けれど決して自分が住んでいたという想起を起こさせない物たち。
 この家にはそんな物しかないように思える。

 ぼんやりと部屋の様子を眺めていた。が、妙な胸騒ぎがする。見えるはずのないものが見えた違和感。


(……何、か。)


 それを拭うためにじっと目を凝らして部屋を眺めて直す。
 茶色い縁の鏡が、違和感の正体だった。嫌な予感が猛烈にして、僕はそこから視線が外せない。
 
 パリン!と鏡にヒビが入った。




「ひっ!」


 突然ガラスの砕ける音に僕は恐れ固まった。怪奇現象はそれだけに止まらなかった。未だ視線を外せなかった鏡の向こうに、何かが映っている。

堪えきれない息が漏れた。





 ひび割れた鏡の向こうで、真っ黒な顔をした怪物がこちらを睥睨している。
 不定形の目玉が体にびっしりと覆われ、黒いマントがそれを覆っている、顔に当たる部分は一際大きな花がへばりついている、かと思えば柱頭から瞼のように目が開いた。
 
 



 
 周囲が暗くなる、目の前に薄い膜が貼られたかのように現実味がなくなる。どのくらいそうしていたんだろう。


 ぱっと、周囲が明るくなった。鏡はヒビ一つなく、照明はいつも通り煌々と夜の部屋を照らしている。

 ……鏡には冷や汗をかいた自分の顔が映っているだけだった。


「な……なに……」

 
 何事もなかったかのように振る舞う現実に気味の悪さを感じ、そしてカラカラに渇いた喉に小さくえずいた。


 怖い、気持ち悪い、恐ろしい。見たくない。アレは一体なんだ?


 ……何かを思い出しそうな気がしたが、その予感は疲れによって流されてしまう。
 その代わり思い出したのは、先ほどのノートに書かれていた“みたま様”のこと。

 鏡の中から現れて、願いを叶える代わりに人の記憶を食べる怪物。全てを忘れた人間は消えてしまう。


(冗談、でしょう……)


 今起こった不可思議な現象について深く考えたくなくて、そのままベッドに横になった。
 固く、目を瞑る。早く明るい朝を見たいと心からそう思った。

(……眠らないと、人間は睡眠を取らないとおかしなことになるものだから……)

 そして、ストン、と。

 まるで穴の中へ落ちていくかのように僕は眠ってしまったのだった。



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