上 下
39 / 39

39

しおりを挟む
「別の方角にも見張りはついているな?」

「勿論です、兄貴。四つの見張り台にそれぞれ二人と、中間地点にも二人ずつの計十四人が見張りについてます」

「ゲン爺とフミ婆、それにお子様達は既に、砦内の一番安全なシェルターにいるッスよ」

「残りの百八十六名~、全員揃ってるよ~」


  よしよし。訓練通りに上手くいってるな。非常時にしっかりやれるのは、きちんと身に付いている証拠だ。


「発見したのは偵察に出ていたタクだな?詳しい報告を頼む」

「はい、師匠。魔物の群はゴブリンとコボルトの混合で、争い合うことなく一心にこちらに向かって来ています。数は……ちょっと分かりません。
  どうやら追われているのか、ここまで迫ってくる勢いがありました。第三勢力の姿は確認できていませんが、追撃しにここまでくる可能性が十分にあります」

「そうか……まぁどれだけ数がいても、訓練通りやればいい。弓を射ち確実に数を減らし、魔法は足止めや嫌がらせ主体に、敵の前方に広範囲でな。ただ今回は皆にも説明したが、簡単だが広範囲に仕込んだ仕掛けを使う。狙うのはそれで殺せなかった個体だけだ。」


  見渡すが皆落ち着いているし、表情が凛々しい。異世界にきて何もない状態から、日々を必死に生き抜き、この砦と防壁を造り、ついには街をつくりだそうとしている。
  もう肉体・精神共に非力な現代人ではない。一から自分達の居場所をこの異世界につくろうとしているのだ。
  いや、もう異世界という言い方は止めよう……俺達はもうこの世界の住人なんだから。


「師匠、森の切れ目から魔物達が現れました!」

「よし、弓隊は火矢、魔法隊は風魔法の準備をしろ。奴等が仕込みの範囲に収まったら合図を出す。それまで待機だ」


  木々を切り倒し、綺麗に更地になった土地の更にその先、約一キロの距離にある森の切れ目から、ここから見るとまだまだ豆の様に小さく見える、ゴブリンとコボルトの軍勢が姿を現した。
  やはり遁走して来たのか、無秩序に種族入り乱れて向かって来ている。続々と数が増していくが、それが途切れる様子はまだない。それと増えていく軍勢の中に、今まで見たことの無い、大きめの個体が散見されるようになった。ちょっと鑑定で見てみよう。



【ゴブリンジェネラル:魔物】

【ゴブリンカーネル:魔物】

【ゴブリンキャプテン:魔物】

【ゴブリンチーフ:魔物】



  こんな感じの、軍隊の階級の名称がついた個体が、ゴブリン・コボルト共に複数体存在している。

  所謂上位種というやつだろう。階級が高い個体程、体も大きくなっていくようで、通常のゴブリンやコボルトが、小学校高学年の子ども位の身長なのに対し、キャプテンで大人の平均程の身長だ。ジェネラルに至っては、二メートルを超えているか?俺が一メートル九十センチと少しくらいだから、俺よりは少し身長が高そうなので、その位と判断した。目算だが。

  それと、コボルト種の方は爪が伸びて、そのまま武器になるので無手だが、ゴブリンのジェネラルやカーネルは、木の棍棒の様な物を持っているようだ。
  一瞬、遺骸を調べた時に見つけた、武器による打撃痕はコイツらによるものかと考えたが、同じゴブリンにもついていたし、なにより今コイツらも共に逃げている。やはり第三勢力の存在があるのだろう。

  そしてやっと森から奴等が出てき終わったようだ……正直、思っていた以上に数が多い。恐らく最低でも千は超えている。ギリギリ仕込みの範囲に収まるか?
  奴等もこちらの砦と防壁に気付き始めた様で、徐々に走る速度を上げ始めた。ここを襲う気なのは明らかだ。

  『ゴゴゴゴゴッ』と、数に比例された大地を踏み鳴らす音が、地響きの様に聞こえる。軍勢の前線が近付いて来たことで、奴等の興奮した鳴き声も聞こえてきた。しかも奴等は手負いだ……生憎とゴブリンやコボルトの表情に詳しくはないが、それでも必死さは伝わってくる。

  こちらの周りを見渡すが、皆の額には汗が滲み、生唾を飲み込む音まで聞こえてくる。四メートルの高さの防壁の上から見ている分、奴等の数による迫力を、余すところなく見て、感じているのだ。
  だが、それでも皆の目には不退転の決意の炎が灯っている。


「必死なのはこっちの方だっての」


  ここは、俺達の新しい故郷と呼べる場所になるんだ。ここが、俺達の家なんだ。家族もいる。奴等に踏み荒らされてたまるか。

  ここを守る為なら向かってくる奴全て殺してやる。


「火矢、構え!作戦通り、なるべく広く、違う場所を狙うように!」


  奴等が黒く染まった地面の範囲に収まったのを確認した。


「射てッ!!」


  一斉に放たれた火矢が、弧を描き飛んでいく。狙いは魔物ではなく地面。スライムコアの粉末と木炭の粉末を、二対八で混ぜた物を広範囲に敷き詰め、黒く染まった地面。これに火矢が当たればどうなるのかは明らかだ。これの為に、ここを切り開いた時に出た木々は、全て木炭に変え、俺がスライム素材の大量確保に動いていたのだ。
  スライムは角兎より沸きが早く、数が多いので素材を集めるのに余り苦労しなかったが……それはともかく。

  俺達の決意の炎を味わえ。

  何本かの火矢は奴等に刺さったようだが、殆どの火矢は上手く地面に突き刺さった。
  瞬間、黒い炎が奴等を埋め尽くした。



  上手くいったな?地球ではこんな仕掛けはありふれたモノだが、魔物には流石に気付かれることはなかったな。
  おっと、炎が消えない内に、ダメ押ししておかないと。


「魔法隊、新鮮な空気を送ってやれ!」


  指示を出すと、待機させていた風魔法が炎に送られ始め、火力が勢いを増した。そしてゴブリンもコボルトも、次々と灰へと変わっていく。
  そんな中、ゴブリンとコボルトの中でもジェネラルに至った個体達は、それでも倒れる事なく咆哮を上げ、こちらへと向かってくる。体力が高いのか属性耐性が高いのか、流石は上位種と呼ぶべきか……だが、それでどうこうなる訳ではない。


「弓隊、火矢から黒曜石の矢へ変更。構え……射てッ!」


  体が大きい分、的なんだよなぁ。鋭く貫通力の高い矢に射貫かれ、着実にその数を減らされていったジェネラル達は、ついにその全てが絶命した。もう動く個体はいないようで、高火力の黒炎で全てが灰に変わっていく。

  しかし、あれだなぁ……。


「黒い炎で大量虐殺とかぁ、あの子達が見たらどう思うかしらねぇ?あ・な・た」

「う゛ッ!?」


  麗華が俺の思っていた事を言い当ててきた。クスクスと笑っているし、からかってるな?
  まぁ手段がどうのこうのとか、今更だ。それは皆も同じだろう。家族の為ならどんな悪辣な手も使おう。守るための戦いで手段を選び、そのせいで守りたいモノが守れなかったなど、あってたまるか。
  俺達はせめて、残った素材を大事に使う事で、供養に代えるだけだ。自己満足だけどな。


「炎が消えたら灰を回収するぞ」


  追っていた奴等が来るかもしれないし、手早くな?



  あらかた灰を回収したころ、気配感知に反応があった。どうやら今度は更に上位の奴がいるようだ。気配の強さは……巨大狼と同じ位か?


「回収は中断!砦に撤退だ!」


  どんな相手だろうが、ここに攻めてくる以上は死んでもらうがな。
しおりを挟む

この作品の感想を投稿する

みんなの感想(149件)

ベッコベコ飴

更新待ってます
体気をつけて下さい。

解除
リリスモン
2020.08.13 リリスモン

大丈夫ですか。お元気でしょうか。
わたしがアルファポリスの中で初めの時の
思い出深い作品です。
リア充でネットの世界におられ無いなら良いなと思います。

ちょっとだけ書き直して一巻分にして賞とか出して見ませんか。

何にせよ。このご時世の中無病息災であられますように。

解除
UK
2019.04.22 UK

これから面白くなる所じゃないですか~更新お待ちしてます。

解除
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

追放冒険者、才能開花のススメ

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:21pt お気に入り:153

恋心を利用されている夫をそろそろ返してもらいます

恋愛 / 完結 24h.ポイント:71,581pt お気に入り:1,282

王子様から逃げられない!

BL / 完結 24h.ポイント:9,483pt お気に入り:311

幼馴染の彼女と妹が寝取られて、死刑になる話

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:21pt お気に入り:283

底辺回復術士Lv999 勇者に追放されたのでざまぁした

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:14pt お気に入り:2,222

ヘタレαにつかまりまして

BL / 連載中 24h.ポイント:106pt お気に入り:1,745

異世界でおまけの兄さん自立を目指す

BL / 連載中 24h.ポイント:16,125pt お気に入り:12,475

私はあなたの母ではありませんよ

恋愛 / 完結 24h.ポイント:9,038pt お気に入り:3,601

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。