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ファインダー越しの風景
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人生、どんな出会いがあるかなんて誰にもわからない。意思を持って出会う人、偶然落としたハンカチを拾って出会う人、本当に色んな出会いの形がある。
それは唐突で自分たちに準備する時間をくれない。だから、人はその時々を大切にするのだと思う。
僕にもそう言う瞬間が来たからよく分かる。ある意味では運命的な出会いと言うのかもしれない。
僕が夕日坂古物店に足を運ぶようになってから、それなりの時間が経っていた。
店中に並べられた商品達の奥、いつものカウンターに彼女はいる。
艷やかな漆黒の髪を耳にかけ、本を読む彼女こそ、ここの店主である夕日坂さんだ。
「こんにちは、夕日坂さん」
僕が声をかけると彼女はそっと本を閉じる。細く長い指の動きはしなやかで、迷いを知らない。
「いらっしゃいませ、朝川くん。今日は早いのね」
「はい、今日は講義が無い日なんです。忙しかったですか?」
「忙しそうにしてるところ、見せたことあったかしら?」
言われてみればない。朝の10時から夜6時までの間、いろんな時間に来るけれどお店の中で自分以外のお客さんを見たことがないのがいい例だ。
まるで、自分がここに来る事を知っているかのように、彼女の話を聞くときは決まって人が居ないのだ。
「偶然ですかね、僕が来た時はいつも本読んでますし。忙しそうにしているのは見たことがないです」
「こんなお店だからね、お客さん自体は多くないわ」
そう言って彼女はコーヒーを淹れる。ブラックは苦手なのかミルクと砂糖を少々混ぜ、彼女はカップを口に運んだ。
何故か僕の分も用意してくれるので、好意に甘えコーヒーを頂く事が当たり前になっていた。
「でも、商品自体は変わっていきますよね。ほら、確か向こうにあった古いカメラ。あれもなくなってますし」
僕は店先に置いてあったフィルム式カメラの事を彼女に伝える。もちろん古物店なので、物を売っているのだけど、その価格はまちまちだ。
「よく覚えてるね、朝川くんが来る前に買っていった人がいたのよ。懐かしいからって」
そう言って彼女はカウンターを立つ。彼女が座っているその後ろには、まだ商品として並んでいない物が置かれており、時折カウンターを立って商品を並べているのを僕は知っている。
「確かに懐かしいかもしれません。父さんがフィルム式カメラを使ってましたから」
「あら、そうなの。現像までの工程に手間がかかるのにすごいね」
「この方が味が出るんだ、とか言ってた気がします。フィルムが買えなくなってからは使ってませんでしたけどね」
時代の流れというのはこう言った会話でも感じる。手間だった写真撮影も今ではスマホ1台でできる時代だ。フィルム式のカメラを未だに使っている人は何人いるのだろうか。
「そうね。確かに今となっては撮影には使えないかもしれない。けれど、ファインダー越しに見える風景は楽しめるかもね」
そう言いながら、夕日坂さんはカメラが置かれていた棚の掃除を始める。普段からホコリ一つないキレイなお店だけど、彼女の細かな努力の賜物なんだと思う。
「ファインダー越しの風景ですか」
僕が見たことあるファインダー越しの風景とは、インスタントカメラが良いとこで、フィルム式はもちろん、一眼レフカメラですら触ったことがない。何か違うのだろうか。
「ファインダーから見える景色って、一瞬だけど永遠なのよ。それが好きな人もいるかも知れないじゃない」
哲学だろうか。永遠の一瞬、僕にはよく分からない。
ただ、彼女の口調はいつもの物にまつわる思い出話が始まる時のものへ変わっていく。
「売れちゃったから物はないけれど、あのカメラの話聞く?」
「はい」
二つ返事で答えると、彼女はカウンターに戻り口を開いた。
30年ほど前、そのカメラはとある写真家の手元にあった。
手に馴染むサイズのそれは黒と銀。重すぎず、それでいて安っぽくはない。
彼はまだ駆け出しの写真家だった。撮るのは付き合い始めた彼女と、旅行先の風景。
その日は長野県にある上高地に来ていた。
渓流と自然に溢れ、爽やかな風が身体に触れて流れていく。初夏のここは人気の観光地でもあった。
彼はしきりにカメラを構え、鮮やかな風景をフィルムに写していく。
カチカチ、カシャリ。カメラが出す無機質な音も、まるで喜びの声を上げているかのように聞こえてくる。
切り取られた風景はフィルムに張り付き、色を出す。現像された写真からはその場の音が、空気が漏れ出すようで心地良い。
しかし、山の気候は変わりやすく、その風景も雨風が強くなれば美しさより、自然の雄大さを引き出していく。
寸前の写真を撮ろうと構えていた彼も、相棒が壊れてしまってはとカバンに手を伸ばす。
ケースと革製のカバンに守られた写真家の相棒は眠りにつくのであった。
時は流れ、彼は有名な写真家となっていた。付き合っていた彼女とも結婚し、子宝にも恵まれた。
そんな彼の道も相棒は必ずそばにいて、風景を切り取り続けた。
彼は長年の相棒も引退のときが近づいている事を悟った。そして、彼を丁寧に手入れし、写し続けた軌跡と共に部屋へ飾った。
夕日坂さんの話はそこで終わった。カメラの物語は写真を撮らなくなった時に終わったのだ。
「あのカメラも色々見てきたんですね」
僕は言う。思ったことをそのままに、ありふれた言葉で伝える。
夕日坂さんは掃除し終えた棚を見て一息つき、カウンターへ戻ってきた。
「あの子の目はファインダーから覗かれた写真家の人と同じだったのよ。今も昔も変わらない、本当に良い相棒だったのね」
彼女の飾らない言葉が、彼女が見た景色をより鮮明なものにする。
カメラはもう無いのに、まるで整理された棚の上にまだ存在しているような錯覚をしてしまう。
「あのカメラ、またいろんな風景と出会っていくんですかね」
「そうかもしれないね」
商品が売れたあとの夕日坂さんはどこか寂しそうで、過去に何かあったのではないかと言う気持ちが生まれる。
だけど、それは余計な詮索で。彼女が自身の口から語るまで聞いてはならないものだと思う。
そんな彼女の店だからこそ、僕は今こうして、共にコーヒーを飲む時間が、会話の時間が大切になっているんだと思う。
Fin.
それは唐突で自分たちに準備する時間をくれない。だから、人はその時々を大切にするのだと思う。
僕にもそう言う瞬間が来たからよく分かる。ある意味では運命的な出会いと言うのかもしれない。
僕が夕日坂古物店に足を運ぶようになってから、それなりの時間が経っていた。
店中に並べられた商品達の奥、いつものカウンターに彼女はいる。
艷やかな漆黒の髪を耳にかけ、本を読む彼女こそ、ここの店主である夕日坂さんだ。
「こんにちは、夕日坂さん」
僕が声をかけると彼女はそっと本を閉じる。細く長い指の動きはしなやかで、迷いを知らない。
「いらっしゃいませ、朝川くん。今日は早いのね」
「はい、今日は講義が無い日なんです。忙しかったですか?」
「忙しそうにしてるところ、見せたことあったかしら?」
言われてみればない。朝の10時から夜6時までの間、いろんな時間に来るけれどお店の中で自分以外のお客さんを見たことがないのがいい例だ。
まるで、自分がここに来る事を知っているかのように、彼女の話を聞くときは決まって人が居ないのだ。
「偶然ですかね、僕が来た時はいつも本読んでますし。忙しそうにしているのは見たことがないです」
「こんなお店だからね、お客さん自体は多くないわ」
そう言って彼女はコーヒーを淹れる。ブラックは苦手なのかミルクと砂糖を少々混ぜ、彼女はカップを口に運んだ。
何故か僕の分も用意してくれるので、好意に甘えコーヒーを頂く事が当たり前になっていた。
「でも、商品自体は変わっていきますよね。ほら、確か向こうにあった古いカメラ。あれもなくなってますし」
僕は店先に置いてあったフィルム式カメラの事を彼女に伝える。もちろん古物店なので、物を売っているのだけど、その価格はまちまちだ。
「よく覚えてるね、朝川くんが来る前に買っていった人がいたのよ。懐かしいからって」
そう言って彼女はカウンターを立つ。彼女が座っているその後ろには、まだ商品として並んでいない物が置かれており、時折カウンターを立って商品を並べているのを僕は知っている。
「確かに懐かしいかもしれません。父さんがフィルム式カメラを使ってましたから」
「あら、そうなの。現像までの工程に手間がかかるのにすごいね」
「この方が味が出るんだ、とか言ってた気がします。フィルムが買えなくなってからは使ってませんでしたけどね」
時代の流れというのはこう言った会話でも感じる。手間だった写真撮影も今ではスマホ1台でできる時代だ。フィルム式のカメラを未だに使っている人は何人いるのだろうか。
「そうね。確かに今となっては撮影には使えないかもしれない。けれど、ファインダー越しに見える風景は楽しめるかもね」
そう言いながら、夕日坂さんはカメラが置かれていた棚の掃除を始める。普段からホコリ一つないキレイなお店だけど、彼女の細かな努力の賜物なんだと思う。
「ファインダー越しの風景ですか」
僕が見たことあるファインダー越しの風景とは、インスタントカメラが良いとこで、フィルム式はもちろん、一眼レフカメラですら触ったことがない。何か違うのだろうか。
「ファインダーから見える景色って、一瞬だけど永遠なのよ。それが好きな人もいるかも知れないじゃない」
哲学だろうか。永遠の一瞬、僕にはよく分からない。
ただ、彼女の口調はいつもの物にまつわる思い出話が始まる時のものへ変わっていく。
「売れちゃったから物はないけれど、あのカメラの話聞く?」
「はい」
二つ返事で答えると、彼女はカウンターに戻り口を開いた。
30年ほど前、そのカメラはとある写真家の手元にあった。
手に馴染むサイズのそれは黒と銀。重すぎず、それでいて安っぽくはない。
彼はまだ駆け出しの写真家だった。撮るのは付き合い始めた彼女と、旅行先の風景。
その日は長野県にある上高地に来ていた。
渓流と自然に溢れ、爽やかな風が身体に触れて流れていく。初夏のここは人気の観光地でもあった。
彼はしきりにカメラを構え、鮮やかな風景をフィルムに写していく。
カチカチ、カシャリ。カメラが出す無機質な音も、まるで喜びの声を上げているかのように聞こえてくる。
切り取られた風景はフィルムに張り付き、色を出す。現像された写真からはその場の音が、空気が漏れ出すようで心地良い。
しかし、山の気候は変わりやすく、その風景も雨風が強くなれば美しさより、自然の雄大さを引き出していく。
寸前の写真を撮ろうと構えていた彼も、相棒が壊れてしまってはとカバンに手を伸ばす。
ケースと革製のカバンに守られた写真家の相棒は眠りにつくのであった。
時は流れ、彼は有名な写真家となっていた。付き合っていた彼女とも結婚し、子宝にも恵まれた。
そんな彼の道も相棒は必ずそばにいて、風景を切り取り続けた。
彼は長年の相棒も引退のときが近づいている事を悟った。そして、彼を丁寧に手入れし、写し続けた軌跡と共に部屋へ飾った。
夕日坂さんの話はそこで終わった。カメラの物語は写真を撮らなくなった時に終わったのだ。
「あのカメラも色々見てきたんですね」
僕は言う。思ったことをそのままに、ありふれた言葉で伝える。
夕日坂さんは掃除し終えた棚を見て一息つき、カウンターへ戻ってきた。
「あの子の目はファインダーから覗かれた写真家の人と同じだったのよ。今も昔も変わらない、本当に良い相棒だったのね」
彼女の飾らない言葉が、彼女が見た景色をより鮮明なものにする。
カメラはもう無いのに、まるで整理された棚の上にまだ存在しているような錯覚をしてしまう。
「あのカメラ、またいろんな風景と出会っていくんですかね」
「そうかもしれないね」
商品が売れたあとの夕日坂さんはどこか寂しそうで、過去に何かあったのではないかと言う気持ちが生まれる。
だけど、それは余計な詮索で。彼女が自身の口から語るまで聞いてはならないものだと思う。
そんな彼女の店だからこそ、僕は今こうして、共にコーヒーを飲む時間が、会話の時間が大切になっているんだと思う。
Fin.
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