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ペン先は今も尚走る
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夕暮れの町を眺めると思う事がある。店には明かりが入り、人々は家へと向かう。そんな有り触れた景色の中で、僕はどこへ向かうのか。
大学生とは不思議な時期だ。年齢的には大人であるにも関わらず、社会の完全なる一員とは言い難い。
多感な時期だからこそ、できる事も多いし、自分の道を決める人も多いのだろう。
でも僕は……何がしたいんだろう。
商店街の端にある店、夕日坂古物店は僕の有り触れた日常に彗星のごとく姿を表した。
ミステリアスな雰囲気の美女が営むその場所はいつの間にか、僕の定期的な居場所になっていた。
「いらっしゃい、朝川くん。今日も学校お疲れ様」
そう言うと、店の主人である夕日坂さんはコーヒーを差し出す。もはや喫茶店だ。
「ありがとうございます。頂きます」
出てくるコーヒーはブラック。山根さんの会社のブランドのものだ。どうやら、定期的に豆を譲ってくれるらしい。あの人も太っ腹だ。
「今日は何か売れましたか? それとも、何か新しいものは来ましたか?」
ほぼ常連となった僕は回転率こそないものの、大体の商品は見覚えのあるものになっていた。だからこうして夕日坂さんに聞くことがある。
それを聞いた彼女は、「そうねぇ」なんて言いながらカウンターの下を探し始めた。
彼女がこうやってカウンターを漁るときは大体何かある時だ。なので、ゆっくりコーヒーを飲みながら商品を眺めて待つ。
そんな時目に入ったのは、商品の間に埋もれた棒のような物だった。
夕日坂さんの方を見るとまだガサゴソとカウンター下を見ている。
声をかけて頭をぶつけてしまってはいけないので、ゆっくりと席を立ち商品の方へと向かう。
近くで見ると、それはペンだった。万年筆か何かだろうか。濃紺のシンプルなそれは鈍い光を放ち、異様な存在感を持っていた。
「そのペンが気になるのかしら?」
「うわぁ!?」
後ろから声をかけられ変な声が出てしまった。振り返ると少しニヤニヤした夕日坂さんの顔が視界に入った。わざとだな。
そんな感情は伝えず、僕は答える。
「……はい。何となく見えにくい所にあるのが気になったので」
「そう。それならそのペン、こっちに持ってきてもらえる? 軽く説明するから」
彼女はスッと普段の表情に戻り言う。僕は言われたとおり彼女の元へペンを運んだ。
「これはね、ボールペンなのよ。外側がしっかりしてるから万年筆ってよく思われるんだけどね」
まさしく僕がそれだ。やっぱり古物はよく分からないなと思っていると、そのまま彼女は続けて言う。
「キャップを取れば分かるんだけど……ほら、何か不思議でしょう?」
「ペン先が無い……と言うより芯が無いですね」
「そうなの。お客様ももう使えないからって持ってきたんだけれど、朝川くんはどう思う?」
どう思うと言われましても、使えないものは使えないのではと思うけれど、違うのだろうか。
「見た感じ少し前の物ですし、替え芯とかが無かったら使えないかもしれないですね」
「そうね。でも、不思議。こういう物って惹かれ合うのね」
そう言って夕日坂さんは、カウンターの下から細い棒状のものを出す。
「たまたま別のお客様が持ってきたもので、丁度このペンに合う芯があるのよ」
そんな事が果たしてあるのだろうか、まあこのお店に夕日坂さんだ。ありえない話でもないのだろう。
「もはや奇跡ですね」
「そう、奇跡。もちろん、思い出話もね」
そう言って彼女はボールペンにまつわる話を始める。
そのペンはある女性の胸ポケットにいた。彼女はキャリアウーマンで、何を書くにもそのペンを使う。
今日も文房具店への営業に来ていて、会話内容をツラツラとノートへ綴っていく。
筆跡は途切れる事なく、ただ鮮明にその場を記す。ひたすらに純朴に。
しかし、ある時インクが切れてしまった。真正面から彼女の熱意を受け止め続けたペンは、そこで一度勤めを終える。
彼女はペンの芯を抜き、一度丁寧に掃除をしてからまた胸ポケットに入れる。
芯の抜けたペンはただそこに居て、彼女の努力を見守り続けていた。
芯を変えたかったのは彼女の本心である。本心であるが故に出来なかった。
それは、今まで使ってきたペンが別のものに変わってしまう気がしたからだ。
さらに彼女の持つそれの替え芯は製造されておらず、無念の中でその生を全うすることになった。
「これが、このペンのお話。次は芯」
そう言って、彼女は続ける。
あるボールペンは非常に優秀なものであった。書き心地もいいが、売れなかった。
値段が高かったのだ。替え芯も製造されていたが、本体が高ければ芯も高い。
そのうちペンは店から姿を消した。自分の分身と共に。
メーカーに努めていた男は悲しんだ。最高傑作は結局人の手に多く渡ることがなかったからだ。
しかし、彼がたまたま納品先の店にいた時、一人の女性が彼の作ったペンを買っていくのを目にしたことがあった。
いずれ彼女の元に、生み出した我が子のようなペンに会えるように、彼は替え芯を数本買って、大切にとっておいた。
今回はペンと芯の話。結局、持ち主の二人は会うことは無かったけれど、ペンはなんの因果か夕日坂古物店を通して出会う事ができた。
もしかしたら、全く関係ない人同士かもしれない。けれど、彼女の話はそう思わせない。
話が上手いのか、それとも能力故か。
「このペンと芯は売りに出すんですか?」
商品棚に置かれたものは必ず値札が付いているが、このペンには無かった。
「もし良かったら、持っていってもいいよ?」
「いや、それは何か申し訳ないです」
彼女はいつもと変わらない様子でそんな事を言うので、僕は対応に困ってしまう。
「気にしないで。この子達も使ってあげた方が良いと思うし、いまの時代なら色々やれば芯が切れても使えると思うから」
なんて言いながら、無理やり僕の手を取り、ペンを優しく乗せた。
重みがある。前の持ち主の思いや、ペンを作った人の思いが詰まってる気がした。
「では、預かっておきます。もし、他にこの子を愛してくれる人が来たときの為に」
そう言うと、彼女は何も言わず笑った。
Fin.
大学生とは不思議な時期だ。年齢的には大人であるにも関わらず、社会の完全なる一員とは言い難い。
多感な時期だからこそ、できる事も多いし、自分の道を決める人も多いのだろう。
でも僕は……何がしたいんだろう。
商店街の端にある店、夕日坂古物店は僕の有り触れた日常に彗星のごとく姿を表した。
ミステリアスな雰囲気の美女が営むその場所はいつの間にか、僕の定期的な居場所になっていた。
「いらっしゃい、朝川くん。今日も学校お疲れ様」
そう言うと、店の主人である夕日坂さんはコーヒーを差し出す。もはや喫茶店だ。
「ありがとうございます。頂きます」
出てくるコーヒーはブラック。山根さんの会社のブランドのものだ。どうやら、定期的に豆を譲ってくれるらしい。あの人も太っ腹だ。
「今日は何か売れましたか? それとも、何か新しいものは来ましたか?」
ほぼ常連となった僕は回転率こそないものの、大体の商品は見覚えのあるものになっていた。だからこうして夕日坂さんに聞くことがある。
それを聞いた彼女は、「そうねぇ」なんて言いながらカウンターの下を探し始めた。
彼女がこうやってカウンターを漁るときは大体何かある時だ。なので、ゆっくりコーヒーを飲みながら商品を眺めて待つ。
そんな時目に入ったのは、商品の間に埋もれた棒のような物だった。
夕日坂さんの方を見るとまだガサゴソとカウンター下を見ている。
声をかけて頭をぶつけてしまってはいけないので、ゆっくりと席を立ち商品の方へと向かう。
近くで見ると、それはペンだった。万年筆か何かだろうか。濃紺のシンプルなそれは鈍い光を放ち、異様な存在感を持っていた。
「そのペンが気になるのかしら?」
「うわぁ!?」
後ろから声をかけられ変な声が出てしまった。振り返ると少しニヤニヤした夕日坂さんの顔が視界に入った。わざとだな。
そんな感情は伝えず、僕は答える。
「……はい。何となく見えにくい所にあるのが気になったので」
「そう。それならそのペン、こっちに持ってきてもらえる? 軽く説明するから」
彼女はスッと普段の表情に戻り言う。僕は言われたとおり彼女の元へペンを運んだ。
「これはね、ボールペンなのよ。外側がしっかりしてるから万年筆ってよく思われるんだけどね」
まさしく僕がそれだ。やっぱり古物はよく分からないなと思っていると、そのまま彼女は続けて言う。
「キャップを取れば分かるんだけど……ほら、何か不思議でしょう?」
「ペン先が無い……と言うより芯が無いですね」
「そうなの。お客様ももう使えないからって持ってきたんだけれど、朝川くんはどう思う?」
どう思うと言われましても、使えないものは使えないのではと思うけれど、違うのだろうか。
「見た感じ少し前の物ですし、替え芯とかが無かったら使えないかもしれないですね」
「そうね。でも、不思議。こういう物って惹かれ合うのね」
そう言って夕日坂さんは、カウンターの下から細い棒状のものを出す。
「たまたま別のお客様が持ってきたもので、丁度このペンに合う芯があるのよ」
そんな事が果たしてあるのだろうか、まあこのお店に夕日坂さんだ。ありえない話でもないのだろう。
「もはや奇跡ですね」
「そう、奇跡。もちろん、思い出話もね」
そう言って彼女はボールペンにまつわる話を始める。
そのペンはある女性の胸ポケットにいた。彼女はキャリアウーマンで、何を書くにもそのペンを使う。
今日も文房具店への営業に来ていて、会話内容をツラツラとノートへ綴っていく。
筆跡は途切れる事なく、ただ鮮明にその場を記す。ひたすらに純朴に。
しかし、ある時インクが切れてしまった。真正面から彼女の熱意を受け止め続けたペンは、そこで一度勤めを終える。
彼女はペンの芯を抜き、一度丁寧に掃除をしてからまた胸ポケットに入れる。
芯の抜けたペンはただそこに居て、彼女の努力を見守り続けていた。
芯を変えたかったのは彼女の本心である。本心であるが故に出来なかった。
それは、今まで使ってきたペンが別のものに変わってしまう気がしたからだ。
さらに彼女の持つそれの替え芯は製造されておらず、無念の中でその生を全うすることになった。
「これが、このペンのお話。次は芯」
そう言って、彼女は続ける。
あるボールペンは非常に優秀なものであった。書き心地もいいが、売れなかった。
値段が高かったのだ。替え芯も製造されていたが、本体が高ければ芯も高い。
そのうちペンは店から姿を消した。自分の分身と共に。
メーカーに努めていた男は悲しんだ。最高傑作は結局人の手に多く渡ることがなかったからだ。
しかし、彼がたまたま納品先の店にいた時、一人の女性が彼の作ったペンを買っていくのを目にしたことがあった。
いずれ彼女の元に、生み出した我が子のようなペンに会えるように、彼は替え芯を数本買って、大切にとっておいた。
今回はペンと芯の話。結局、持ち主の二人は会うことは無かったけれど、ペンはなんの因果か夕日坂古物店を通して出会う事ができた。
もしかしたら、全く関係ない人同士かもしれない。けれど、彼女の話はそう思わせない。
話が上手いのか、それとも能力故か。
「このペンと芯は売りに出すんですか?」
商品棚に置かれたものは必ず値札が付いているが、このペンには無かった。
「もし良かったら、持っていってもいいよ?」
「いや、それは何か申し訳ないです」
彼女はいつもと変わらない様子でそんな事を言うので、僕は対応に困ってしまう。
「気にしないで。この子達も使ってあげた方が良いと思うし、いまの時代なら色々やれば芯が切れても使えると思うから」
なんて言いながら、無理やり僕の手を取り、ペンを優しく乗せた。
重みがある。前の持ち主の思いや、ペンを作った人の思いが詰まってる気がした。
「では、預かっておきます。もし、他にこの子を愛してくれる人が来たときの為に」
そう言うと、彼女は何も言わず笑った。
Fin.
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