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祭りと火照り 3/3
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8月というのは昔から季節として夏である。祭りは様々な理由で行われていたけれど、現在で言えば疲れ切った社会人の憩いであったり、子ども達が楽しめるイベントと言えるだろう。
僕もお祭りは好きだ。小さい頃からそれは変わらない。何が好きかというと「雰囲気」と答えるだろう。
熱気を帯びた風景、老若男女問わず笑顔になる瞬間、屋台から香る食べ物の誘い。
本当に色んなものが集まって、それが1つの景色として成り立つ。そんな祭りが本当に好きだ。
しかし、大学生になって大人の事情をしり、当たるかどうかも分からないくじ引きに熱を込めたり、倒れにくい射的に全財産を投げ捨てる事もなくなった。
僕は、お祭りを心から楽しんでいるのだろうか。少なくとも、目の前で金魚すくいに熱中している女性よりは楽しんでいないかもしれない。
「おじさん! もう一回! はい、お金!」
夕日坂さんだ。既に10回ほどポイを無にしている。器の中にはデメキンやら、キンギョやら大量にいるけれど、彼女の狙いは違った。
「このランチュウ……なかなか手強いわ。私に本気を出させるなんてね」
まあ、本気と書いて資金力と言わんばかりにお金を出している訳だ。正直、これが本当に夕日坂さんなのかさっぱり分からない。
もちろん、普段店にいる彼女が全てではないだろう。とはいえ、変わりすぎな気もしてくる。
1人、そんな思考を繰り返していると不意に店のおじさんから声をかけられた。
「おう、若いの。こんなべっぴんさんにばかりやらせてないでアンタも1回どうだい?」
「いえ、僕はただの付き添いと言いますか……」
反論し終える前に、おじさんは続ける。
「なーに照れてんだよ。アンタのガールフレンドなんだろ? 男気見せなきゃなぁ」
ケラケラと茶化すように言ってくるが、とんだ勘違いである。
夕日坂さんはそんなの聞こえてませんと言わんばかりに、優雅にヒレを動かすランチュウを見ていた。
まあ、たまには童心に帰って遊ぶのもいいか。浴衣の袖が濡れそうな彼女を見てそう思った。
「夕日坂さん、貸してください」
「えっ、朝川君……?」
「いいですから、お金は後で渡します」
半ば強引にポイを彼女から受け取り、キンギョに目を向ける。
ランチュウは大型のキンギョだ。普通にやっても祭りのポイじゃ掬えない。
まず、紙が張ってある方を上向きにしポイ全体を水の中に入れて濡らす。そして、目当てのキンギョの下まで平行に動かす。
そして……
「斜めにゆっくり掬い上げれば……ほら、取れましたよ」
キンギョがたくさん入った器にランチュウが仲間入りだ。というか、この数どうするんだ。
「はぁ~たまげたもんだ。若いの中々やるじゃないか」
おじさんもしてやられてたと言わんばかりに頭をかいている。
「朝川君、すごいね……」
夕日坂さんも口元に手を当てて、目を丸くしている。気付けば周りにいた人達からも拍手が送られていた。
「っ……次に行きましょう! 夕日坂さん!」
袋に入れられたキンギョを受け取り、彼女の手を引く。目立つのは苦手なんだ。
しばらく歩いて、ついたのは花火大会をする河川敷。メインである祭りは商店街で行うけれど、花火は川の近くでやるからだ。
まだ、少し時間があるけれど混むから先に席を取っておいた方がいい。
「朝川君……ごめんなさいね、私ついはしゃいでしまって」
「良いんですよ、気にしてませんから」
そう……と彼女が小さく答える。
気まずい。理由は色々あるけれど、無理やり楽しんでいた彼女を引っ張ってきたことが一番だろう。
実際、全く悪くない夕日坂さんに謝らせてしまう始末だ。ほんと、自分が嫌になる。
そんなふうに考えていると、無機質な音と共に男性の声が響いた。
「間もなく、◯◯川花火大会を開始致します。◯◯川花火大会を開始致します。会場の方、大変混み合いますので、ご注意下さい」
随分と簡単なアナウンスだけれど、規模的には十分なのだろう。それからすぐに会場は人で一杯になった。
無言が続く。夕日坂さんはさっきから何も喋らないし、僕も何を話せばいいか分からない。ガヤガヤと喧騒の中、時間が流れていく。
夏草と水の匂い、そして夜の風が二人の間をただひたすらに通り過ぎていく。
そして、花火が上がった。
横目で夕日坂さんを見ると、彼女もまた空を見上げていた。
星の見えない空に咲く花火は様々なバリエーションで見る人を楽しませる。
キレイだ。こんなにもしっかり花火を見るのもいつ以来だろう。
ただ、それより綺麗なものもあった。
横にいる女性、ただ何も言わず花火を見上げるその瞳は、何ものをも吸い込みそうなほど黒く、美しい。
反射して映る花火はより一層、綺麗に見える。
鼓動が早くなる。理由は……分かってるんだろう、本当は。
響く音、観客の声に隠れるように呟いた。
「貴女が、好きです」
その後は顔も見れなかった。まだ打ち上がる花火へと目を逸らし、自分の中で満足させる。
これから季節は一気に秋へと向かうだろう。そして、またいつもの日々が始まる。
儚さは花火と同じ、上がって花開き、そして散る。
この想いもそうなるのだろうか。
ただ、僕は知らなかったんだ。
僕がつぶやいた刹那、
「私も」
と、答えた彼女の声に。
Fin……
僕もお祭りは好きだ。小さい頃からそれは変わらない。何が好きかというと「雰囲気」と答えるだろう。
熱気を帯びた風景、老若男女問わず笑顔になる瞬間、屋台から香る食べ物の誘い。
本当に色んなものが集まって、それが1つの景色として成り立つ。そんな祭りが本当に好きだ。
しかし、大学生になって大人の事情をしり、当たるかどうかも分からないくじ引きに熱を込めたり、倒れにくい射的に全財産を投げ捨てる事もなくなった。
僕は、お祭りを心から楽しんでいるのだろうか。少なくとも、目の前で金魚すくいに熱中している女性よりは楽しんでいないかもしれない。
「おじさん! もう一回! はい、お金!」
夕日坂さんだ。既に10回ほどポイを無にしている。器の中にはデメキンやら、キンギョやら大量にいるけれど、彼女の狙いは違った。
「このランチュウ……なかなか手強いわ。私に本気を出させるなんてね」
まあ、本気と書いて資金力と言わんばかりにお金を出している訳だ。正直、これが本当に夕日坂さんなのかさっぱり分からない。
もちろん、普段店にいる彼女が全てではないだろう。とはいえ、変わりすぎな気もしてくる。
1人、そんな思考を繰り返していると不意に店のおじさんから声をかけられた。
「おう、若いの。こんなべっぴんさんにばかりやらせてないでアンタも1回どうだい?」
「いえ、僕はただの付き添いと言いますか……」
反論し終える前に、おじさんは続ける。
「なーに照れてんだよ。アンタのガールフレンドなんだろ? 男気見せなきゃなぁ」
ケラケラと茶化すように言ってくるが、とんだ勘違いである。
夕日坂さんはそんなの聞こえてませんと言わんばかりに、優雅にヒレを動かすランチュウを見ていた。
まあ、たまには童心に帰って遊ぶのもいいか。浴衣の袖が濡れそうな彼女を見てそう思った。
「夕日坂さん、貸してください」
「えっ、朝川君……?」
「いいですから、お金は後で渡します」
半ば強引にポイを彼女から受け取り、キンギョに目を向ける。
ランチュウは大型のキンギョだ。普通にやっても祭りのポイじゃ掬えない。
まず、紙が張ってある方を上向きにしポイ全体を水の中に入れて濡らす。そして、目当てのキンギョの下まで平行に動かす。
そして……
「斜めにゆっくり掬い上げれば……ほら、取れましたよ」
キンギョがたくさん入った器にランチュウが仲間入りだ。というか、この数どうするんだ。
「はぁ~たまげたもんだ。若いの中々やるじゃないか」
おじさんもしてやられてたと言わんばかりに頭をかいている。
「朝川君、すごいね……」
夕日坂さんも口元に手を当てて、目を丸くしている。気付けば周りにいた人達からも拍手が送られていた。
「っ……次に行きましょう! 夕日坂さん!」
袋に入れられたキンギョを受け取り、彼女の手を引く。目立つのは苦手なんだ。
しばらく歩いて、ついたのは花火大会をする河川敷。メインである祭りは商店街で行うけれど、花火は川の近くでやるからだ。
まだ、少し時間があるけれど混むから先に席を取っておいた方がいい。
「朝川君……ごめんなさいね、私ついはしゃいでしまって」
「良いんですよ、気にしてませんから」
そう……と彼女が小さく答える。
気まずい。理由は色々あるけれど、無理やり楽しんでいた彼女を引っ張ってきたことが一番だろう。
実際、全く悪くない夕日坂さんに謝らせてしまう始末だ。ほんと、自分が嫌になる。
そんなふうに考えていると、無機質な音と共に男性の声が響いた。
「間もなく、◯◯川花火大会を開始致します。◯◯川花火大会を開始致します。会場の方、大変混み合いますので、ご注意下さい」
随分と簡単なアナウンスだけれど、規模的には十分なのだろう。それからすぐに会場は人で一杯になった。
無言が続く。夕日坂さんはさっきから何も喋らないし、僕も何を話せばいいか分からない。ガヤガヤと喧騒の中、時間が流れていく。
夏草と水の匂い、そして夜の風が二人の間をただひたすらに通り過ぎていく。
そして、花火が上がった。
横目で夕日坂さんを見ると、彼女もまた空を見上げていた。
星の見えない空に咲く花火は様々なバリエーションで見る人を楽しませる。
キレイだ。こんなにもしっかり花火を見るのもいつ以来だろう。
ただ、それより綺麗なものもあった。
横にいる女性、ただ何も言わず花火を見上げるその瞳は、何ものをも吸い込みそうなほど黒く、美しい。
反射して映る花火はより一層、綺麗に見える。
鼓動が早くなる。理由は……分かってるんだろう、本当は。
響く音、観客の声に隠れるように呟いた。
「貴女が、好きです」
その後は顔も見れなかった。まだ打ち上がる花火へと目を逸らし、自分の中で満足させる。
これから季節は一気に秋へと向かうだろう。そして、またいつもの日々が始まる。
儚さは花火と同じ、上がって花開き、そして散る。
この想いもそうなるのだろうか。
ただ、僕は知らなかったんだ。
僕がつぶやいた刹那、
「私も」
と、答えた彼女の声に。
Fin……
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