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第10話『祝福なき聖女、神界への旅路』
しおりを挟む夜が明けても、アメリアの背中に刻まれた“第三の聖印”は、消えることがなかった。
それは神託の証でもなく、呪いでもない。
ただそこに在る、“誰にも与えられたことのない印”。
祝福を超えた力――それは、“神と並ぶ存在”としての呼び声。
かつて神殿が最も恐れた、禁忌の領域。
「アメリア様……それは……」
神殿副司祭のルシアンは膝をついた。
崇拝ではない、畏れをもって。
「もう……あなたは、“聖女”ではありません。
あなたは、“神と契りし者”。我々が祈る側ではなく、祈られる側です……」
「それでも……私は人間よ。誰かの声を、痛みを、まだ覚えている。
この力が、私を神にしようとしても……私は“民の代弁者”であることを選ぶわ」
その言葉に、ルシアンは顔を伏せた。
神殿評議会は騒然としていた。
“第三の聖印”――それは神殿の記録にすら存在しない、未知の力。
それを背負った者が生きているということ。
そしてそれが、よりによって“民衆に最も慕われる聖女”であること。
「彼女はもはや、聖女の枠を逸脱している……」
「聖典では、第三の印は“神の領域”を渡る資格と記されている。
だが、そんな者が人間社会に留まれば、秩序が崩れるぞ……!」
「……どうされるおつもりですか?」
問われたアメリアは、静かに告げた。
「私が、この印の意味を知ります。
そのために、神界――《天文界(てんもんかい)》へ渡ります」
ざわめきが一層強くなった。
神界とは、古代において“神の祝福を授かった者たち”が最後に旅立つとされる、半伝説的な異空間。
それは信仰の源であり、同時に、戻ってきた者がいない“終わりの地”でもあった。
「……危険すぎる。そこは、生者が踏み入る場所じゃない」
カイルが珍しく、真顔で反対した。
「私はこの目で見たいの。わたしたちが祈ってきた“神”という存在が、何なのかを」
「それは……過去の神官たちが数千年探って届かなかった謎だ。
なのに、君がひとりで……」
「ひとりじゃないわ」
アメリアは背中の印にそっと手を触れた。
「これは“神が望んだ存在”じゃない。
きっと、誰かが“神の座を壊せる存在”を望んで、私に与えた力。
だから、私は行く。“神の正体”を暴き、奪われた王の魂を取り戻すために」
準備は最小限だった。
アメリア、カイル、サラ、そして神殿直属の霊術師ルシアン。
神界への門は、王都の地下深くに眠る《星降りの間(ホロス・エン)》にあると伝えられていた。
それは歴代聖女でさえ立ち入りを禁じられていた、封印された領域。
扉は石で封じられていたが、アメリアがその前に立つと、自動的に“印”が反応した。
第三の聖印が、光を放つ。
石の封印が音もなく砕け落ち、深淵への道が現れた。
《天文界》――そこは、形容しがたい世界だった。
空は存在し、だが星は逆さに瞬いていた。
地面はあれど、重力の定義は不明瞭。
音は、外からではなく“心の中”に響いていた。
「ここは……時間が、概念じゃない……」
ルシアンが呟く。
「我々の持つ認識が、空間そのものを作っている……神が“記憶”で出来ているなら、ここはその図書館だ」
アメリアは歩みを進めた。
彼女の足が触れた先に、文字が浮かび上がる。
それは、彼女のこれまでの言葉、願い、祈りだった。
「ここは……“記録の神界”……?」
そのときだった。
誰かの声がした。
《記録者に問う。お前は、神を否定するか》
「否定しない。ただ、“正す”。
この世界に“祈り”を与えた者を、正しく理解したいだけ」
《では見よ。我が名は――》
その瞬間、天界が裂けた。
そこに立っていたのは、“人の形を模した神”だった。
だがそれは、何百、何千もの顔を持ち、それぞれが別の祈りを口にしていた。
「これが……“神の正体”……?」
カイルが思わず剣を構えた。
「違う……これは、“信仰そのもの”だ。
人が祈る限り、この神は無限に形を変える。
そして、祈りが矛盾すればするほど、“神そのもの”が崩壊する……!」
アメリアは気づいた。
この神を倒すことはできない。
なぜならこの神は、“誰かが今この瞬間も祈っている存在”だから。
ならば――“上書き”するしかない。
アメリアは胸に手を当て、言った。
「私は祈る。“神”が人を裁くのではなく、“人が神を選ぶ”時代になるように。
信仰が、自由であるように」
その祈りに呼応するように、第三の聖印が全身に広がった。
白い光が神を包み、やがてその姿は霧散する。
アメリアは、神の玉座の前に立ち、そして背を向けた。
「神の座には、誰も座るべきじゃない。空白のまま、“人の選択”を残すべきよ」
彼女は、神を殺すのではなく――“退けた”。
――――――――――――――――――――
あとがき
この第10話では、聖女アメリアが“神界”に至り、“神の正体”と対面しました。
彼女は神を否定せず、“祈り”そのものに問いかけて、自らが“神を超えた意志”となることを選びました。
今後、彼女の選択が現世にどんな影響を及ぼすのか。
物語は《神殺し編》から《人の時代編》へと進みます。
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